第九十九話 攻撃じゃない——救いの技だ
スターサラマンダーが姿を消した後、荒野には静寂だけが残った。
「……戻りましょう」
淡々としたストームの声には、いつもより疲労が滲んでいた。
「あぁ……。今はこれ以上、動く気力もない」
アレクシアが剣を杖代わりに、どうにか立ち上がった。全身に、無数の傷が刻まれている。
「我もじゃ。全力を出し切る戦いは好きじゃが、最近連発しておって、休む間もない……」
リデルも痛む体を引きずりながら、そう漏らした。
「行きます」
「馬車も、一緒に転移できますか?」
「問題ありません」
ストームが、馬車ごと黒い靄で包み込んだ。視界が、暗転する。
***
次に目を開けたときには、見慣れた北の城の広間だった。
「……着いた」
サンダーがそう呟くと、リデルがその場にどっと腰を下ろした。
「ふぅ……。何度使っても、この感覚には慣れぬ」
「私も同感だ」
アレクシアが壁に寄りかかりながら、深く息をついた。
「馬車は、使用人に返しておきました」
しばらくどこかへ行っていたストームが、帰ってきてそう言った。
広間には、静寂だけが漂っていた。誰も、まだ口を開かなかった。それぞれが、たった今体験した、あの圧倒的な力の差を、まだ噛み砕けずにいるようだった。どこかで、城の中の誰かの足音がする。その遠い生活音だけが、ここが戦場ではないということを、かろうじて思い起こさせてくれた。
「……シドーさんは」
ルティナが、ふと呟いた。
「厨房か、あるいは、部屋にいるでしょう」
ストームが、答えた。
「今すぐ、会いに行きますか」
「……いや」
アレクシアが、首を振った。
「こんな満身創痍の姿のままでは、心配をかけるだけだ。……まずは傷を癒し、身なりを整えてからにしよう」
「同感じゃ。それに……」
リデルが、視線を落とした。
「今の我らの顔で会ったら、何かあったとすぐに気づかれてしまうじゃろう。……シドーには、まだ伝えるべきかどうか、決めておらぬからな」
「伝えるべきかどうかって?」
ブリザードが、首を傾げた。
「スターシルフに続き、スターサラマンダーにも勝ちきれなんだこと……。我らでは、あの魔法少女たちに届かなかったという、事実についてじゃ」
リデルの言葉に、その場の全員が、しばらく黙り込んだ。
「……隠すべきではないと思います」
ルティナが、はっきりと口を開いた。
「シドーさんには、知る権利があります。……私たちだけで、この事実を抱え込むのは、違うと思うので。ただ確かに、こんなぼろぼろの姿を見たら、シドーさんは心配するでしょう。アレクシアさんの言う通り、傷を癒し、身なりを整えてからにしましょうか」
「それがいいだろう」
アレクシアも、頷いた。
「あいつは、いつも私たちを信じてくれている。……なら私たちも、あいつを信じて、正直に話すべきだ。少し身なりを整えた後に」
その言葉に、リデルもゆっくりと頷いた。
「……そうじゃな。我らしくもない、隠し事など」
三人の会話を聞いていたストームが、静かに切り出した。
「私たちが多少傷ついていても、三幹部の回復力を知っているシドーさんなら、そこまで心配はしないでしょう。……先に、少し話をしてきても良いでしょうか。スターサラマンダー戦の結果については、触れませんので」
「わしらにしか伝えられんことも、あると思う」
サンダーが続けた。ストームとサンダーの言葉を聞いて、三人は顔を見合わせ、しばらく考えてから頷いた。
「我らの身なりが整うには、時間がかかる。じゃが無事帰ってきたと、早くシドーを安心させたい。……サンダー、頼めるか」
「うむ、任せておけ」
サンダーが快諾したのを見て、三人は大きく息をつくと、その場にへたりこんだ。ブリザードは特に何も言わず、二人の後に続いた。
***
四堂悠太の部屋がノックされたと思ったら、ほぼ同時に扉が開き、三幹部がぞろぞろと入ってきた。三幹部が常識外の行動を取っても、今更驚きも不満もない。
「……それ、ノックの意味ないよね」
「戦いから帰ってきて、開口一番それか。労いの言葉くらいあっても良いと思うけどね」
ブリザードが、涼しい顔でそう返した。
「次回から、扉を開けた後にノックする、という方法もあります」
ストームが、真顔で補足した。
(……それは本当の意味でノックの意味がないな)
「あ、あぁ……お疲れ様。みんな、無事に帰ってこれた……よね?」
「何とか、無事には帰ってこられた。お前の方はどうだ。力は取り戻せたか?」
サンダーに問われて、四堂悠太は力なく首を振った。
「まぁ、そうだと思ったよ。……別に口止めされた訳でもないから、本当のことを教えてあげよう」
ブリザードが、静かに告げた。
「彼女たちは全員満身創痍で、今は動ける状態じゃない。こんな姿を見せたら心配をかけると思って、身なりを整えてから来るって言っていた」
分かってはいたことだった。それでもブリザードが告げた事実に、四堂悠太の胸の奥に、ショックが広がった。
「このまま戦い続けたら、君の望まないことが起こるかもしれないね」
「……分かってる。リデルやアレクシアやルティナに何かあったら、そう思ったら、何とかしなきゃいけないって思った。でも……」
「スターエレメントとは、戦えない……と」
ストームが、静かに続けた。
「ですが、状況は差し迫っています。迷っている時間は、あまりありません。どちらかを選ばないと、取り返しのつかないことになるかもしれません」
ストームの言葉を聞いて、四堂悠太は、これまで何度も脳内でシミュレートしてきた場面を、もう一度思い描いてみた。召喚したキャラクターが、スターエレメントに攻撃をする。そこまで考えると、どうしても全身が拒否反応を起こした。エレメントが傷つき倒れるところなんて、見たくない。どうにかしてエレメントを説得して、戦いを避けられないだろうか。
「やっぱり何度考えても、スターエレメントがこの世界を壊そうとするなんて、おかしいんだ。何か理由があると思う。それをちゃんと聞いて、やめてもらうように説得したい」
「言いたいことは分かるよ。……あの魔法少女たちの正義心は、筋金入りだ。自分たちとは無関係な世界だったとしても、理不尽に壊されるのを見たら、体を張って助ける。一体何度、夢見るドキドキハートを奪うのを邪魔されたことか……」
ブリザードはそこで、大げさに両腕を広げて、ため息をついた。
「そんな彼女たちが、自ら世界を壊そうとしている。ただ事じゃないね。……でも、彼女たちだって、人間だ。信念を曲げざるを得ないような、大きな闇に心が覆い尽くされることも、あるんじゃないかな」
「『世界を闇に染めろ』と言い続けてきた人たちが言うと、妙な説得力があるね。……エレメントたちも、闇に飲み込まれてしまったかもしれない、ということ?」
「人間だからね。誰しも、その可能性はあると思うよ。……もしそうだとしたら、説得は一筋縄じゃいかない。ああいう一途で頑固な性分の人が、そうなってしまったら厄介だ。闇に向かって、脇目も振らず突き進むだろう。そうなると、戦いは避けられないかもしれないね」
四堂悠太は、何も言えなかった。エレメントだって、一人の女の子だ。何か事情があって、追い詰められてしまうことも、あるだろう。そんなエレメントと戦うなんて、余計にできない気がした。
「なぁお前、スターエレメントと戦うというのを、スターエレメントを倒すことだと思っていないか?」
ふと、サンダーが口を挟んだ。言っていることの意味が、すぐには理解できなかった。
「それ……同じことじゃないの?」
「やはりか。……わしもな、お前の魔法を受けるまでは、攻撃された、倒されたとばかり思っていたんだが」
サンダーは、一度言葉を切った。
「お前のあの技は……攻撃じゃない。むしろ、救いの技だ」
「そうですね」
ストームが、続けた。
「四堂悠太の召喚したキャラクターの技を受けたとき、私は痛くも苦しくもありませんでした。サンダーの言う通り、むしろ心が軽くなるような感覚を覚えました。クライナーも同じです。暴れているときより、浄化技を受けて、ピンク色のハートをまき散らしながら消えていくときの方が……幸せそうに見えます」
「認めたくはないけど……確かに、そうだね」
ブリザードも珍しく、素直な口調でそう言った。
「攻撃しているんじゃない、救っているんだ。……だとすると、召喚キャラクターが浄化技を放つことは、スターエレメントを救うことになるのかもしれない」
スターエレメントを、救う。
その言葉に四堂悠太は、はっとして顔を上げた。
「大きな闇に飲み込まれてしまった彼女を救える可能性があるとしたら、あの浄化技だけだろう。……世界を闇に染めるために動いてきた私たちが、こんな提案をするのもどうかとは思うけどね」
ブリザードが、苦笑するように言った。
「あの浄化技を受けた後は……どうにも、自分が自分じゃなくなったみたいだった。何か、ずっと縛り付けられていたものが、解けていくような感覚だったよ」
ブリザードの言葉に、サンダーも、ストームも、静かに何度も頷いていた。身に覚えがあり過ぎるようだった。
「……教えてくれてありがとう、ブリザード、サンダー、ストーム。それから、スターエレメントたちに襲われたときも、僕たちを助けてくれてありがとう」




