第九十四話 視力の問題ではなく、認識力の問題です
翌朝、六人は再び馬車に乗り込み、街を後にした。
窓の外に広がる景色は、次第に緑を失い、赤茶けた岩肌が目立つようになっていく。空気も心なしか乾いて感じられ、馬車の中にも、どこか張り詰めたものが漂い始めていた。
「そろそろもう一度、確認しておきたいのですが」
ストームが、静かに切り出した。
「スターサラマンダーについて、改めてお伝えしておきます」
「うむ、頼む」
サンダーが、腕を組んだまま頷いた。
「スターサラマンダーは、竹を割ったような性格です。……悩みを一人で抱え込まず、力で解決しようとする傾向があります。物事を深く考えるより先に、体が動くタイプ、と言っても良いでしょう」
「サンダーそっくりじゃな」
リデルが、茶化すように言った。
「否定はせん……が、そういうお前とも似ているだろうが。我らは似た者同士よ」
サンダーがあっさりと認め、リデルを見た。
「……似た者同士か。まぁな……我にも自覚はある」
「ですが、決して思慮がないわけではありません。……仲間思いで、情に厚い。以前の戦いでも、味方を庇うような動きが、幾度か見られました。彼女にとって、迷いなく力を振るえる理由は、恐らくその情の深さにあります」
サンダーが腕を組んだまま、静かに窓の外へと視線を逸らした。
「なるほど……。強さの理由が、優しさというわけか」
アレクシアが、静かに呟いた。
「はい。……そして恐らく、今回もそうでしょう。エレメントのために迷いなく戦う、その姿勢は、他の誰よりも真っ直ぐなはずです」
「作戦の方は、昨日話し合った通りだな」
アレクシアが、確認するように言った。
「二重の防御で受け止め、リデルとサンダーが左右から崩し、最後にルティナとストームで仕留める」
「はい。……あとは、タイミングだけです。一つでもずれれば、成立しません」
その言葉に、馬車の中に、静かな緊張が満ちた。
しばらくの沈黙のあと、リデルがふと思い出したように、視線を巡らせた。
馬車の隅、荷物の間に、あの人形がちょこんと座っていた。肩かけ鞄をかけられたまま、ずっとそこに鎮座している。
「……なぁ、そういえば」
リデルが真剣な顔で、人形の方を向いた。
「シドーよ。我らはこれより、スターサラマンダーとの決戦に赴く」
誰も、それを止めなかった。
「我らの中で最も辛い役目を、お主に任せることになった。留守を頼むぞ」
「行ってくるからな」
アレクシアも真顔のまま、人形に向かって軽く頷き、肩に掛かっている鞄をかけなおした。
「無事に、戻ってくる。……武運を祈ってくれ」
「必ず、スターサラマンダーを倒してきます。どうか見守っていてくださいね」
人形は当然、何も答えなかった。三人は、揃ってどこか満足気な顔をした。
「……感情移入が、少々、行き過ぎているのでは」
ストームが、抑揚のない声でそう指摘した。
「四堂悠太の敵討ちに行くみたいになっているが、本人は生きているぞ。城で料理人をやっているだけで」
サンダーも呆れたように突っ込んだ。
「分かっておるわ! じゃがこの人形は、シドーの分身じゃぞ。礼を欠くわけにはいかぬ」
「その人形、四堂悠太に全然似ていないと思うんだけどね」
ブリザードが、はっきりと呟いた。
「何を言うか、ブリザード。お主の目は節穴か! どこからどう見てもシドーにしか見えぬ。我の目は、人間の五倍良いのじゃぞ」
「視力の問題ではなく、認識力の問題だと思うよ」
「……念のため申し上げますが、その二つは、別の能力です。ブリザードの言う通りです」
ストームが、静かに補足した。
「そ、そんな……! お主らまで……!」
その様子を見て、ブリザードが僅かに口の端を上げた。
「まぁ、君たちがそれでいいなら、良いんじゃないかな。……何も喋らない人形に真剣に語りかけているのは、奇妙ではあるが美しくもあるよ」
馬車の中に、束の間の和やかな空気が流れた。
しばらくして、ルティナが窓の外を見つめ言った。
「……この先で、決着をつけましょう。シドーさんが一日でも早く、みんなの顔を見られるように」
「うむ。……何としても、勝つ。それが、あやつを待たせぬための、唯一の方法じゃ」
リデルの言葉に、全員が力強く頷いた。馬車の内には、確かな覚悟が満ちていた。
(……この者たちは、いつも、誰かのために動いている)
ストームはその様子を、何も言わずに見つめていた。それが、データにはない類の、確かな強さなのだと、今なら分かる気がした。
(自分一人では、到底敵わない相手でも……この者らとなら、勝てるかもしれない)
そう本気で思っている自分に、ストームは密かに驚いていた。……だが、悪くない、とも思った。
「見えてきました」
ストームの声に、全員の視線が窓の外へと向いた。
乾いた岩山の向こうに、赤く染まった空と、そこに揺らめく陽炎のようなものが見えた。
火の精霊サラマンダーの祠が、目前に迫っていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。リアクションも、嬉しいです、ありがとうございます。
ブクマ登録を頂き、とても励みになります。
引き続きよろしくお願いいたします。




