第九十二話 なんとかまとまった、個性ある六人の作戦
馬車は街道を離れ、火の精霊スターサラマンダーの祠を目指し、順調に進んでいた。
馬車の中は、穏やかな空気に満たされていた。木製の壁越しに、蹄の音と車輪の軋む音がリズムよく響いている。
「ふぅむ……。馬車の旅というのも、悪くないものじゃな」
リデルが、窓の外を眺めながら、伸びをした。
「シドーがおらぬと、少し静かすぎる気もするがのぅ」
「同感だ。……あいつがいると、大抵何か騒がしいことになるからな」
アレクシアが、小さく笑った。
「懐かしいものだ。……初めて出会った頃は、あんな細い体で、よくもまぁこの世界を救おうなどと言い出したものだと思ったが」
「今も細いままじゃぞ」
「体力面では、正直、私たちには遠く及ばない」
「うむ。だが、それを補って余りある何かを、あやつは持っておる」
その様子を、少し離れた席から眺めていたサンダーが、ふと口を開いた。
「お前たちは、随分と、あの小僧に懐いておるのだな」
「懐く……というのとは、少し違う気がします」
ルティナが、答えた。
「頼りない部分もありますが……。それ以上に、私たちが気づかないうちに、支えられている部分が、多い気がします」
「……ふむ。分からんでもない」
サンダーは腕を組んだまま、窓の外に目をやった。少しの間、蹄の音だけが続いた。
「わしがしごいてやったときを思い出す。かなり本気でしごいてやったのだが……逃げずに真っ向から受けていたな。あの気概は評価できる」
「やはり私の予測通り、拳で叩き起こし続けていたのですね」
ストームが、抑揚のない声でそう指摘した。
「悪い先輩に連れ去られた後輩みたいになっておったから、心配しておったら……」
「結果、少しはマシになったのだ。それでいいだろう」
「サンダーに本気の力でぶつかってこられたら、我でも吹っ飛ぶぞ。シドーよ、よく生きておったな……」
「少しは手加減してやったからこそ、生きているんだ。ブリザードに、氷漬けの芸術作品にされるより良かっただろう」
「ストームの言う通り、お主らにはその二択しかないのじゃな……」
その掛け合いに、微かな笑いが起きた。
しばらくの沈黙のあと、ストームが切り出した。
「そろそろ、サラマンダー戦について、話し合っておきたいのですが」
「うむ、そうじゃな。……今度は、どう戦う」
リデルが、身を乗り出した。
「まぁ、小細工などいらん。正面からぶつかり合えば、それで良かろう」
サンダーが、あっさりとそう言った。
「データ上、正面からの力比べは、被害が大きすぎます。……もう少し、緻密な作戦が必要です」
「なるほどのぅ。つまり、正面からぶつかるのは変わらぬのじゃな?」
「……いえ、リデル、そういう話ではありません」
「では、どういう話じゃ」
「……もう一度、最初から説明します」
ストームが、静かに息をついた。隣では、アレクシアがそっと目を伏せた。サンダーは、何か感じ入るものがあったのか、音もなく視線を窓の外へと逸らした。
「サラマンダーは、竹を割ったような性格です。……悩みを一人で抱え込まず、力で解決しようとする傾向がある、と分析しています。恐らく、真正面からの力比べを好むタイプでしょう」
「ふむ。それは、わしと似ているな」
「はい。……サンダー、あなたと同じ気質です。ですので、正面から挑めば、恐らく彼女も、真正面から応じてくるはずです」
「なら、正面からぶつかれば良いのではないか」
リデルが、再び首を傾げた。ストームの瞳がほんの一瞬、何かを堪えるように細くなった。
「……正面から、ただぶつかるのではありません。正面から挑んでいる隙に、別の方向から、崩します」
ストームはそこで一度、視線をアレクシアとブリザードに向けた。
「アレクシア、ブリザード。まずお二人には、正面からの攻撃を、受け止めていただきます」
「私の絶対防御か」
「はい。ですが、サラマンダーの炎属性は、これまでの敵の中でも、特に威力が高いと予想されます。……アレクシアの防御だけでは、恐らく持ちません」
「私がその防御を、強化しよう」
ブリザードが、口を開いた。
「氷の盾を、絶対防御の上から、さらに重ねる。……氷は本来、炎に弱いものだが、二重に重ねれば、話は変わるんじゃないかな」
「なるほどな。やってみないと分からないが、試す価値はありそうだ」
サンダーが、頷いた。
「そして、その防御で時間を稼いでいる間に、リデルとサンダー、あなた方二人で、左右から同時に攻撃を仕掛けてください」
「うむ。承知した」
「わしも構わん」
「サラマンダーは、恐らく一対一の力比べを好みます。……二方向からの同時攻撃には、対応が遅れる可能性が高いです」
「なるほどのぅ。相手の得意な戦い方を、逆手に取るということじゃな」
リデルが、感心したように頷いた。
「そして、最後に」
ストームは、隣に座るルティナへと、視線を向けた。
「ルティナと私で、仕上げを行います」
「今回は、水属性の十五階層の魔法を使おうと思います」
ルティナが、続けた。
「サラマンダーの炎そのものを、消し止めます。……ですが水だけでは、勢いを完全に抑えるまでに、時間がかかります。そこへ、ストームに風属性攻撃をしてもらい、水を一気に押し広げ、炎を包み込むように拡散させます」
「はい。……水の消火力と、風による拡散速度を組み合わせれば、サラマンダーの炎を、一瞬で鎮められるはずです」
「なるほど……。水と風の、暴風雨、というわけだね」
ブリザードが、興味深そうに目を細めた。
「はい。……そう呼んでいただいて、差し支えありません」
「……恐ろしい作戦じゃな」
リデルが若干、頬を引きつらせた。
「褒めていただき、光栄です」
ストームが、真顔でそう返した。
室内が、一瞬しんと静まった。
しばらくの沈黙のあと、アレクシアが口を開いた。
「……つまり、まとめると。私とブリザードで、二重の防御で受け止め、リデルとサンダーが左右から崩し、ルティナとストームが水と風の暴風雨で仕留める、ということか」
「はい。その通りです」
「……悪くない作戦だ」
アレクシアが、小さく頷いた。
「わしも、異存はない」
サンダーも、腕を組んだまま頷いた。
作戦会議が、静かに締めくくられた。馬車はそのまま、街道を進み続けた。窓の外に広がる景色が少しずつ緑豊かなものから、乾いた岩肌の目立つ景色へと変わっていく。
「して、あとどのくらいで着くのだ」
リデルの問いに、ストームが答えた。
「予定通りであれば、明日の昼過ぎには」
「そうか……。シドーの奴、ちゃんと、大人しくしておるじゃろうか」
「大丈夫だと思います。……多分」
その返事に、馬車の内に、また小さな笑いが起きた。
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