第九十一話 見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた
四堂悠太が目を覚ますと、まだ日も昇りきらない、薄暗い時間だった。もう一度寝ようかとも思ったが、妙に目が冴えていて眠れない。仕方なく起きてぼーっとしていたら、部屋のドアがノックされた。こんな朝早くに誰だろう、もしかしてリデルかなと思って、どうぞと返事すると、初老の男性が現れた。
「おはようございます、シドー様。……早いお目覚めですね」
「あ……はい。何となく、目が覚めちゃって」
この城の料理人だという男性は、穏やかに微笑んだ。
「皆様は、まもなく戦いへとご出発の予定でございます。出発前のお食事の支度を、少々お手伝いいただけますか。料理人の私が、シドー様のお世話をさせていただくよう、仰せつかっております」
一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかったので、脳内で彼の言った言葉を何度も反芻する。
——皆様は、まもなく戦いへとご出発の予定でございます。
(えっと……皆様というのは、リデル、アレクシア、ルティナのことかな。三人で一緒に戦いに出かけた? 僕一人を置いて?)
戦えないのだから、置いて行かれても仕方がない。仕方がないとは思うがまさか。脳裏に、嫌な予感がよぎった。
(『チート能力を失ったら、パーティから戦力外通告を受けて追放されたので、お城で料理人を始めました』……この流れ、完全にそれじゃないか……‼ いきなり、僕の新しい異世界生活が始まった‼)
異世界に来てすぐは、スローライフしたいな、なんて考えていた。しかし大切な仲間と楽しい冒険を始めた今、急にこの路線変更は悲しい。追放された勇者ニックの気持ちが、今更ながら分かった。悪いことをしてしまった。こうなると、辛ぇわ……としか言いようがない。
一人、勝手に絶望しかけたところで、卓上に一枚の紙が置かれていることに、ようやく気がついた。
「あの……それ、何でしょうか」
「あぁ、失礼いたしました。皆様が、出立前に残していかれたものです」
男性がそう言って、その紙を手渡してくれた。四堂悠太は震える手で受け取り、そっと開いた。
金釘流の、拙い文字が並んでいた。
『行ってくる。留守は頼んだ。万一、魔法少女たちが襲ってきたら、ヴィクターのくれた魔道具を押せ』
それだけだった。名前も、行き先も、詳しい理由も、何一つ書かれていない。それでも、その一言だけで十分だった。
(リデルの字だ……)
筆跡に、見覚えがあった。飾り気のない、力強い字。誰が書いたかなど、確認するまでもなかった。
(……そっか。ちゃんと、行ってきますって、言ってくれたんだ)
胸の奥に、じんわりと温かいものが広がっていく。無属性魔法が使えなくなったから、パーティを追放されたわけじゃなかった。
ふと、「魔道具を押せ」という一文が目に留まった。
(……魔道具、どこだっけ)
思わずズボンのポケットをまさぐってみると、小さな石が指先に触れた。あった。ひとまず安心した。
「シドー様?」
料理人の声に、四堂悠太は我に返った。
「あ……すみません。えっと、朝食のお手伝い、しますね」
「はい、よろしくお願いいたします。……今日は、皆様の分も含めて、少し多めに仕込んでおこうと思っておりましたが」
男性は、少し困ったように笑った。
「あぁ……。みんなしばらくいないから……」
「そうなのです。ですが、習慣というのは、なかなか抜けないもので。……では先に厨房に行っております。お支度が整い次第、厨房までお越しください。一階に降りて頂いて、突き当りの角を右に曲がり真っ直ぐ進んだ部屋が、厨房でございます」
丁寧にお辞儀をして、料理人の男性は部屋を出ていった。
(習慣、か……。……そうだよな、みんな、いつも当たり前にここにいたんだ)
***
着替えをして、身支度を整えた後、厨房に向かおうと廊下を歩いていたら、窓の外から話し声が聞こえた。
城の中庭に、六人が集まっている。
(あれ……。今から出発するのか……。ていうか、リデルとアレクシアとルティナだけじゃなくて、ブリザードとサンダーとストームまでいるし‼ 新しいパーティ編成みたいになってるけど、大丈夫かな……)
また不安になって、声をかけようか迷って、窓に手をかけ、その手が止まった。ルティナが何やら大きな布の塊を、大事そうに抱えていたからだ。
「これが、きのう一晩かけて作ったものです」
ルティナがそう言いながら、布の塊——いや人形を、馬車の座席にそっと座らせた。四堂悠太とほぼ同じ背丈の、等身大の人形だった。だがその出来栄えは、控えめに言っても、お世辞にも似ているとは言い難かった。顔の造形はどこかのっぺりとしていて、髪の色こそ似ているものの、輪郭は心なしかずんぐりしている。
「ほぅ……さすがルティナ。万一魔法少女たちに見つかっても、シドーも行動を共にしておるよう、カムフラージュを考えたのじゃな。これで、どこからどう見ても、シドーも馬車に乗っておるようにしか見えぬ」
リデルが、満足気に頷いた。
(エレメントたちへのカムフラージュか。……その気持ちは嬉しいんだけど、申し訳ないけど……どこからどう見ても、僕には見えないと思う……)
四堂悠太は、思わず窓に張り付いた。
「待て。……これでは、シドーに見えん」
アレクシアが、真剣な表情でそう指摘した。
(そうだよ、アレクシア……‼ 全然、僕に見えない……!)
四堂悠太は、密かに安堵した。だがその安堵は、長くは続かなかった。
アレクシアは、自分の持参していた革製の肩掛け鞄を、そっと人形にかけた。
「よし……これで、どこからどう見ても、シドーにしか見えん」
「うむ、そうじゃった。これで、完璧じゃな」
自信満々に頷き合う二人を前に、四堂悠太は、乾いた笑いしか出てこなかった。
(……僕のアイデンティティ、顔じゃなくて鞄だったのか……)
人形は結局、ルティナの裁縫の腕前を物語るように、完成度はいまいちだった。それでも、急ごしらえで作られたことが一目で分かるその不格好な出来映えに、四堂悠太は、なぜか胸の奥が温かくなるのを感じた。
(不器用なのに、こんなことまでしてくれるんだ……)
その光景を見届けたところで、六人を乗せた馬車は、静かに動き出した。四堂悠太は、声をかけることも、姿を見せることもしなかった。ただ、馬車が城門を抜けて、見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。
***
どのくらい、そうしていただろうか。気づけば、辺りはすっかり明るくなっていた。
厨房の方角から、微かに物音が聞こえてくる。四堂悠太は誘われるように、その音の方へと足を向けた。
今回も読んでくださり、ありがとうございます。
ブクマ登録と評価と感想を頂き、嬉しいです! ありがとうございます‼
スピンオフの「転生したらまた悪役令嬢でした」にも、ブクマ登録と評価をいただきました。こちらはすでに完結しておりますので、本編のあとがきにて、お礼を申し上げます。読んでくださった方、本当にありがとうございました。
最近、リアクションもいただくことがあり、とても励みになっています。ありがとうございます。
リアクションをいただけると、どの場面が読者の皆様に刺さったのかが分かり、次の話を書く際にとても参考になります。もしよろしければ、感想などもいただけると、さらに嬉しいです。
主人公が大切な能力を失うなど、しばらく辛い展開が続きますが……辛い……う~ん、本人は意外と元気にやっておりますが(笑)。
ラストまでしっかり決めて書いております。伏線は必ず全て回収しますので、もうしばらく温かく見守っていただけると幸いです。
引き続き、よろしくお願いいたします。




