第九十話 行ってくる——それだけが、書かれていた
翌朝、城の一室に、六人は再び顔を揃えていた。石造りの部屋には、細長い窓から白い朝の光が差し込んでいる。一晩眠ったことで、四人の顔色にも幾分か赤みが戻っていたが、目の下の隈や、傷の痕は、まだそこにあった。
「して、これからどうする」
サンダーが、率直に尋ねた。腕を組み、正面を見据えたまま先を促す。
「シドーの回復を待ってから、次の敵を叩きに行くのでは、駄目なのか」
「……その気持ちは、私にもあります」
ストームが、答えた。
「ですが、四堂悠太がいつ戦えるようになるかは、誰にも分かりません。……先ほどの戦いで、魔法少女たちとの戦力差は、既に明らかになりました。あれほどの敵が、あと五人……。スターシルフも、退けただけで倒してはいませんから。四堂悠太の回復を待っている間にも、向こうが動かないとは限りません」
室内が、静かになった。サンダーの言葉を、全員がどこかで同じように考えていたのだろう。否定の声は、誰からも上がらなかった。
「つまり、待っているだけでは埒が明かない、ということじゃな」
リデルが、腕を組んだ。
「はい。……勝算が高いとは言えません。それでも、六人で立ち向かうしかないと思っています」
ストームの言葉に、しばらく誰も口を開かなかった。
「……分かった」
最初に頷いたのは、サンダーだった。
「勝算がどうこうより、やるしかない、ということだな。わしは、それで構わん」
「私も、異存はない」
アレクシアも、頷いた。
「では、次の目標についてですが」
ストームが、話を続けた。
「この城から一番近いのは、先ほど戦ったスターシルフの祠ですが……次に狙うのは、二番目に近い、火の精霊スターサラマンダーの祠にしようと思います」
その言葉に、ルティナが首を傾けた。
「待ってください。スターシルフは、確かに風の精霊の祠にいました。でも、スターサラマンダーも、火の精霊サラマンダーの祠にいるのですか? さきほどストームから聞いた魔法少女たちと、この世界の精霊は、別の存在ですよね?」
「いいところに気づきましたね、ルティナ」
ストームは、一瞬だけ表情を和らげてから、続けた。
「仰る通り、魔法少女たちとこの世界の精霊たちは、全く別の存在です。ですが、この世界を破壊した痕跡を調査していたときに、魔法少女たちの攻撃だと気づきました。魔法少女たちの姿は見えず、居場所につながる手掛かりもない。
では何を頼りにするかと考えたとき——目についたのが、名前でした。城のすぐそばに、風の精霊シルフの祠がある。スターシルフとは、別の存在だと分かってはいても、名を同じくするなら、何かしらの繋がりがあるかもしれない。そう考えて足を運んだところ、果たして——そこで、あなた方と出会いました」
室内に、小さなざわめきが走った。誰も声を上げなかったが、その読みの鋭さに、リデルが思わず唸った。
「ならばこの規則が正しければ、次に向かうべきは、火の精霊サラマンダーの名を持つ祠ということになります。理由は今もって分かりませんが、この世界の精霊たちのいる場所に、彼女たちはいる——そう考えています」
「それは理解したが……なぜだ。近い方から潰す方が、効率が良いのではないか」
サンダーの問いに、ストームは首を振った。
「先ほどの戦いで、私たちの連携は、既にスターシルフに知られてしまいました。……次に戦うときは警戒され、同じ手は通じないでしょう。あの連携は、いわば不意打ちのようなもの。まだ手の内を知らないスターサラマンダーを狙う方が、勝算は高いはずです」
「なるほどね……。さすが、ストーム。悪知恵が回るじゃないか」
ブリザードが、僅かに口の端を上げた。
「褒め言葉として、受け取っておきます」
「それで、その火の精霊の祠とやらは、ここからどれほどかかる」
「同じヴィンラント連合内とはいえ、スターシルフの祠とはかなり距離があります。……馬車を飛ばして、二日か三日ほどかと。……馬車は、この城のものをお借りできれば、と思っています」
「……それじゃと」
リデルが、眉を寄せた。
「片道二、三日ということは、往復で一週間近く、シドーを一人にすることになるのではないか?」
その言葉に、アレクシアも表情を曇らせた。
「確かに、目を覚ましたときに誰もそばにいなければ、不安に思うかもしれないな。役に立たないから、パーティから追放された、と思うかもしれん」
「それ、この間シドーが召喚した勇者ニックじゃな。ニックのことを思い出し、同じ目に遭ったと思うても不思議ではない。絶望から立ち直るどころか、もう二度と立ち直れんかもしれんぞ」
サンダーが、訝しげに眉を寄せた。
「追放……とはどういうことだ。仲間を置いていくのに、なぜそのような解釈が出てくる」
「シドーさんの元の世界の話です」
ルティナが、どこか遠い目をして答えた。
「役に立たないと思われて仲間から追い出された者が、実は最強でした——という物語が、向こうではよくあるらしいです。実際ニックさんも、パーティーから追放されたというのに、とんでもない強さでした」
「……なぜ、仲間から追い出された者が最強なのだ」
「それは分かりません」
ルティナは、考え込んだ。
「……強いて申し上げると、追い出すほうが、見る目がないのだと思います」
「なるほど。……つまり、追い出した側が馬鹿、ということか」
「乱暴にまとめると、そうなります」
「地球には、そんな物語があったのか。……知らんかった。まぁわしは読書をしないから、知る訳もないんだが」
サンダーは、どこか感心したように呟いた。ブリザードが、苦笑しながら口を挟んだ。
「地球では、間違えた側が損をする物語が好まれるんだね。……なかなか業が深い。私は読んだことがあるけど、そういう話は好みじゃなかったな。『美しき絶望の詩』の方が、ずっと心に響く」
「……それは、詩集か?」
「そう。地球で見つけた本でね。戦いの合間に読んでいたんだけど、サンダーには一生理解できないと思うよ」
「ふん。本など読まずとも、拳で全てが解決する」
「……だから、君とは話が合わないんだよね」
「その点でしたら、ご心配には及びません」
ストームが、話を引き取った。
「城の者に、四堂悠太の護衛と世話を頼んでおきます。……ここは、城主が信頼を置く城です。留守にする間、四堂悠太の身は、彼らに任せるのが最善かと」
「それなら、いい考えがあります」
ルティナが、手を挙げた。
「以前シドーさんが料理を作ってくれたことがありました。とてもお上手でした。シドーさんの性格上、誰かにお世話をされるだけだと、自分は何の役にも立たないと、悪い方向に考えがちです。厨房の方にお願いして、料理を一緒にやっていてもらうのはどうでしょう?」
「うむ……。それは良い考えじゃな。戦うばかりが、誰かの役に立つことではない」
アレクシアも、どこか安堵したように息を吐いた。
「……料理か。確かに、それはシドーらしい気晴らしになるかもしれない」
リデルは、それでもまだ何か言いたげな表情を浮かべていたが、やがて小さく頷いた。
「だがもし、魔法少女たちがこの城を襲撃してきたらどうする? 私たちの誰か一人でも残るか?」
アレクシアの問いに、ストームは首を振った。
「今回の敵は、スターシルフ以上に手強いかもしれません。……一人でも欠ければ、勝率はさらに下がります。心苦しいですが、六人全員で挑む必要があります。城に一人残った場合も同じです。たった一人で、魔法少女たちに勝てるとは思えません」
「では、この城を無防備にしたまま、行くしかないということか」
「いえ、対策があります」
ルティナが、口を開いた。懐から小さな石を取り出し、手のひらの上に乗せる。五人の視線が、それに集まった。
「以前、ヴィクター隊長から、私たち四人に、それぞれ魔道具を渡されたことがありました。……ピンチのとき、このくぼみを押せば、他の者が持つ石が、同時に光る仕組みです。今シドーさんも持っているはずです」
「なるほど……。それを、城に何かあったときの合図に使う、というわけじゃな」
「はい。ですが、光るだけでは、位置までは分かりません。……問題は、その後です」
「私たちの、拠点への転移……」
ストームが、はっとして呟いた。
「はい。ストームたちには、拠点へワープする力があります。それですぐこの城に帰ってくることができます。ちなみに……サラマンダーの祠に到着した時点で、そこを新たな拠点として登録することは可能ですか?」
その問いに、ストームとブリザードが顔を見合わせた。
「できます。今は全員が、拠点をこの城にしていますが、私たちの誰か一人が拠点を変えれば、サラマンダーの祠と、この城と、両方にすぐ転移可能です」
「つまり……」
アレクシアが、僅かに目を見張った。
「祠に着くまでの二、三日だけ、無防備になる、ということか」
「はい。……それ以降は、何かあればすぐに戻れます。戦闘が終わった後も、馬車での帰路は不要になります」
「うぅむ……。それは、随分と楽になったのぅ」
リデルが、感心したように頷いた。
「シドーの一人になる時間も、これまでよりずっと短くて済む」
「はい。……道中の二、三日さえ乗り切れば、あとは、いつでも戻れる態勢が整います」
ストームは、しばらく黙って考え込んでいた。やがて、静かに頷いた。
「……理にかなっています。では私が、祠に到着した時点で、拠点を登録します」
「なら、行きは馬車で行き、帰りはわしかブリザードの転移を使う、ということだな」
サンダーの言葉に、ルティナが頷いた。
「はい。それが、最も現実的な方法だと考えます」
「賛成だ」
アレクシアも、きっぱりと頷いた。
「二、三日という、限られた時間であれば……。それに賭ける方が、まだ現実的だ」
「……分かりました」
ストームが、頷いた。
「では、出発しましょう。……本当に、四堂悠太に何も知らせず、発っても良いのですか?」
その問いに、三人は顔を見合わせ、少し考えた。
「シドーも、分かってくれるはずじゃ。我らの間に、言葉は要らぬ。それくらいの信頼は、築いてきたつもりじゃ」
「あぁ、同感だ。厨房の料理人に、よくよくシドーのことを頼んでいこう」
「それでいいと、私も思います」
「でもまぁ言葉は要らぬ、とは言うたが……」
リデルはそう言いながら、卓上の一枚の紙に向かい、筆を取った。しばらく何を書くか考えるように紙の前で黙り込んでいたが、やがてゆっくりと、金釘流の拙い文字を書き始めた。
「……追記しても、よろしいですか」
横から覗き込んでいたストームが、静かに口を開いた。
「要らぬ。短い方が、シドーには伝わる」
「……そうですね」
ストームは、それ以上何も言わず引き下がった。
(あの文字で、全てが正確に伝わるかどうかは……また別の話ですが)
心の中だけで、そっと付け加えた。
机の上には、金釘流の拙い文字が残った。
「行ってくる。留守は頼んだ。万一、魔法少女たちが襲ってきたら、ヴィクターのくれた魔道具を押せ」
——それだけが、書かれていた。
六人は身支度を整えると、火の精霊スターサラマンダーの祠を目指し、城を発った。霧の残る朝の空気の中、一行の足音が城の廊下に静かに響いた。




