第八十八話 拳と剣に鍛えられて——それでも分からないまま
「早く構えろ。ぼうっとしている暇はないぞ」
「は、はい……‼」
サンダーが、拳を構える。四堂悠太は反射的に、木剣を握った。避ける間もなく、拳が迫る。
「……っ‼」
辛うじて木剣で受け止めたが、衝撃で体ごと吹き飛ばされた。
「なんで……こんなこと……」
「まだ、うだうだ考える余裕があるらしいな」
サンダーは、容赦なく、次の拳を放つ。四堂悠太はなんとか、それを受け止めることに、意識を集中させるしかなかった。
何度も何度も、殴られた。避けきれず、床に転がることもあった。それでも木剣を、手放さなかった。
ふと、気づく。
(……何も、考えてなかった)
痛みに耐えることだけに、意識が向いていた。エレメントのことも、仲間たちのことも、一瞬、頭から消えていた。
「……少しは、目の色が戻ってきたな」
サンダーが拳を止め、そう呟いた。
「ここらで、私の出番といこうかな」
少し離れた場所で見ていたブリザードが、静かに前へ出た。手には、一振りの剣を携えている。柄の意匠もちぐはぐな、お世辞にも上等とは言えない一振りだった。
(また、どこかで拾ってきたのか……)
四堂悠太の脳裏に、以前アレクシアとの決闘の時、ブリザードが「道すがら、丁度良いものが落ちていたので、拝借した」と、悪びれもせず言っていたことが過ぎった。今回も、恐らく同じ調達方法なのだろう。
「立ちなよ」
「……」
「聞こえなかったかな? 立て、と言ったんだけど」
その声には、有無を言わせぬ響きがあった。四堂悠太は震える足で、なんとか立ち上がる。
「型を教えてあげよう。……お前の魔法は、確かに強い。だがいつ、いかなる時でも使えるとは限らないからね。いざという時、自分の身を護る手段くらい、持っておくべきだ」
「僕に、剣なんて……」
「強くなれとは言っていない。……ただ、振れ」
ブリザードに促されるまま、四堂悠太は剣を構えた。
「構えろ。……そうだ、そのまま、振り下ろす」
剣が、空を切る。何度も、何度も振るううちに、ふと脳裏に、あの夜の光景が蘇った。
(もっと早く、こうやって剣を教わっていたら……。あの夜アレクシアを、あんなに危険な目に遭わせずに済んだかもしれない)
賊の短剣に、なす術もなく倒れた自分。アレクシアが、自分を守ろうとして、深い傷を負ったあの夜。もしあの時、剣の心得が少しでもあれば——結果は、違っていたかもしれない。
何も考えず、ただ言われた通りに、剣を振り続けた。振るたびに、頭の中に渦巻いていた感情が、少しずつ静かになっていくのを感じた。
「……無心で振っている間は、何も考えずに済むだろう」
ブリザードが、静かに言った。
「悩んでいても、何も変わらない。……それだけは、私も同意する」
四堂悠太は、剣を振る手を止めた。息が、僅かに整っていた。
(悩みは、メモリーから消去して、行動しろ、だっけ……)
不知火徹の言葉が、ふと脳裏をよぎった。……分かってはいる。それでも、今すぐ立ち上がって、エレメントに会いに行く勇気は、まだ湧いてこなかった。
「そう言えば、ストームが気になることを言っていたね。赤く巨大な消防車が、突如として空から出現し、それを駆る者が、瞬く間にクライナーを討ち果たしてみせた——って。消防車は、地球で戦っていたとき、何度か見たことがある。私たちの住む星でも、どっちのレインボーランドでも消防車なんて見たことない、地球にしか存在しない乗り物だ。それを召喚して戦った……ということは、君は地球人なのかな?」
ちょうど不知火徹のことを思い出していたときだったので、四堂悠太はどきりとした。
「うん……まぁ、そうだね。僕は地球人だよ」
自分は地球人です、なんて答えなきゃいけないのは、宇宙人に出自を聞かれたときだけだろう。まさかそんなときが来るとは、思ってもみなかった。
「てことは君も、地球からこのレインボーランドに来たってことだよね?」
「うん、そうだけど……」
「どうやって来たんだい?」
「どうやって……。地球で死んで、気づいたらこのレインボーランドに転生していたんだ。なんでこんなことになっているのかは、全然分からないけど」
「……なるほど。君もまた、よく分からないままに、このレインボーランドに連れてこられた訳だ」
「君もまた……ってことは、ブリザードとサンダー……ストームも?」
「そうなんだ。よく分からないまま、気づいたらこの世界にいたんだよね。地球にいた四人が、なぜかこの世界に連れてこられたってことか……。いや、四人じゃないか、あの魔法少女たち五人とねこニャン一匹もだね。一体……どういうことなんだろう?」
ブリザードも、どうして自分たちがこの世界に来てしまったのか分からないらしい。ということは、エレメントたちも理由も分からないまま、この世界に来てしまったのかもしれない。でも、そうだとしても。
(やっぱり、エレメントがこの世界を壊す理由にはならない……)
ふとしたことでまたエレメントのことを考えてしまっていたから、もう一度剣を振り始めた。何かしていないと、すぐ思考がぐるぐる回ってしまう。
「……もう少しだけ、こうしていていい?」
その言葉に、ブリザードとサンダーは顔を見合わせた。
「……好きにしろ」
サンダーはそれだけ言うと、窓際に寄りかかった。ブリザードも何も言わず、静かに剣を鞘へと戻した。
四堂悠太は木剣を握りしめたまま、窓の外を見つめていた。
(エレメントは……僕にだけ、攻撃してこなかった)
あの光景が、脳裏に焼き付いている。仲間たちを傷つけながら、自分にだけは、指一本、触れようとしなかった。何かしていても、結局エレメントのことを考えてしまう自分に苦笑しながら、それでも考えは止まらない。
(優しさなのか……。それとも、もっと別の理由があるのか)
分からない。考えれば考えるほど、分からなくなっていく。
(エレメントに聞けばいい、なんて……。簡単には、言えないよな)
七年間、ワナビだった自分は、いつだって結果を見るのが怖かった。分からないことは分からないままにして、目を逸らし続けてきた。今もその癖は、少しも変わっていない気がした。
木剣を握る手に、力がこもる。だが、それだけだった。答えはまだ、どこにも見えない。
窓の外、遠くの空に、何かの気配が近づいてくるのを感じた。四堂悠太は思わず、身を強張らせた。
「……来た」
小さく、そう呟いた。まだ何も、決められないままで。




