第八十七話 いない魔王と、使えない魔法と、違う異世界
ストームとリデルとアレクシアとルティナが、スターシルフと戦っていた頃。
黒い城の一室で、四堂悠太はただ、床にへたり込んでいた。
(エレメント……。なんで……)
何度も何度も同じ問いが、頭の中を巡っていた。それでも答えは、出なかった。
「……いつまで、そうしている」
サンダーの声が、上から降ってきた。四堂悠太は顔を上げる気力もなく、ただ床の一点を見つめ続けていた。
「お前たちが、ずっと知りたがっていたことを、教えてやる」
「……ずっと知りたがっていたこと?」
「あぁ。わしらも、つい先日辿り着いた結論だ。この世界には、ダークキング様はいらっしゃらない」
「え……どういうこと⁉ ダークキングは、宇宙のどこかの星にいるんじゃ……」
「お前……わしらのことを、よく知っておるなぁ」
サンダーは、僅かに片眉を上げた。
「そう、わしらは元々、遠い星に住んでいた。ある日ダークキング様は、レインボーランドという星を見つけてな。わしらに、侵略を命じたのだ。遠い宇宙から、水晶玉を通して、わしらに逐一命令をくださってな。
だがブリザードが、過去の記憶の一部を取り戻し、あることに気づいた。……このレインボーランドは、ダークキング様が侵略しようとしていたレインボーランドとは、違う世界だということにな。そのうえ水晶玉を通しての御命令も、このレインボーランドに来てから、一度もない。
よってわしらは、ダークキング様は、この世界とは違う、どこか別の世界にいらっしゃると結論付けた。そうなれば、わしらがこのレインボーランドを破壊する理由もない。今のわしらの目的は、ただ一つ。一刻も早く、ダークキング様の元へ帰還すること——それだけだ」
「どうして、それをわざわざ僕に……」
「一つ目の理由は、お前たちには、貸しがあったからだ。二つ目は、ストームが、ダークキング様の元へ帰る鍵は、四堂悠太——お前だと言う。あいつの考え方は、理解できんところが多いが、分析は大体合っているからな。
つまりこんなところで、腑抜けになっておっては困る」
サンダーはそこで一度、言葉を切った。
(サンダーは、嘘をついていない)
四堂悠太は、直感的にそう思った。元々サンダーは竹を割ったような性格で、回りくどい嘘をつくような男じゃない。それに、自分たちが知りたがっていたことを、わざわざ教える理由もサンダーにはないはずだ。
(だとしたら……。この世界を苦しめているのは、ダークキングじゃない。僕はこの世界を破壊している魔王が、ダークキングだと思っていた。でも、ダークキングじゃなかった。だとしたら魔王は一体誰なんだ……)
考えれば考えるほど、頭の中が、絡まっていくようだった。魔王軍と、エレメントたちと、そしてこの世界そのもの。それぞれの繋がりがどこにあるのか、まるで見えてこない。
「試しに、無属性魔法とやらを使ってみろ」
サンダーが、唐突にそう言った。
「……え?」
「本当に、使えなくなっているのか。確かめておいた方がいい」
言われて四堂悠太は、体の奥に意識を向けた。だが、そこにあるはずの感覚——無属性魔法を発動させる、あの独特な気配は、どこにも見当たらなかった。
「……何も、感じない」
声が、震えた。
「本当に、使えなくなってる……」
「そうか」
サンダーは、それだけ言うと、僅かに眉を寄せた。
「無理に立てとは言わん。だがな」
サンダーは、部屋の隅に転がっていた木剣を一本、無造作に拾い上げると、四堂悠太の前に放り投げた。
「立てんなら、まず、これを握れ」
「……なんで」
「理由なんぞいらん。ただ、殴られてみろ。何も考えられなくなるまで……な」
木剣が、鈍い音を立てて足元に転がった。
(……これ、なんか見たことある光景だ)
河原に呼び出された新入りに、強面の先輩が得物を投げて寄越し、「拾えよ」と凄む——そんな、現実世界で読み漁った数々のヤンキー漫画の一場面が、四堂悠太の脳裏をよぎった。
(待てよ。ここで拾わなかったら「舐めとんのか、コラ。罰として三十秒で焼きそばパン買ってこいや」って詰められるやつだ。かといって勢いよく拾いすぎても「威勢だけはいっちょ前だな」って、その場で舎弟にされるパターンもある……。ここは、あえて一呼吸置いてから、静かに拾い上げるのが正解か……⁉)
誰も求めていない考察に、脳内が勝手に白熱していく。想像の中の四堂悠太は、既に学ラン姿で、夕暮れの河川敷に立っていた。
「異世界に転生したと思ったら、まさかジャンルまで変わるとは……」
思わず漏れた呟きに、サンダーが片眉を上げた。
「何をブツブツ言ってるんだ」
「い、いえ……何でもないです、サンダー先輩」
(それに、こういうとき、僕がこれまで読んできた小説だと、絶望した主人公は、大体ヒロインに膝枕でもしてもらって、優しく慰められて立ち直るはずなんだけどな……)
木剣を拾い上げながら、四堂悠太は場違いな感想を抱いた。目の前にいるのは可憐なヒロインではなく、不良の先輩然としたサンダーと、その隣で成り行きを眺めているブリザード先輩だ。
(……あれ? 僕の異世界、なんか違う)




