第八十五話 くだらないはずの夢、そして繋がる過去
ストームは、そこで一瞬言葉を切った。
(夢などくだらないもの。……以前の私なら、そう言い切っていたはずです。データにない、不要な感情。ダークキング様の命で、私は、それを排除する側にいました)
「夢などくだらないものです。一体どうしてそんなものを持つのか……今も、正直よく分かりません。分からないのに、なぜか無視できない。それが、少し厄介です」
「くだらなくはないぞ」
リデルが、即座に言葉を返した。
「我の夢は、アルブリー王国の王になることじゃ。父王は『必ずしも次の王にならずとも良い、自分で道を選べ』と言うてくれたが、我は自分の意志で、王になりたいと思った。民を守り、民に慕われる王になり、アルブリー王国を、歴史にあったどの国よりも良い国にする。それが、我の望みじゃ」
「あぁ、分かるぞ」
アレクシアが頷いた。
「私も、世界を救い隊に入る前は、サランセルゴ共和国で騎士団長を務めていた。私の夢は、弱き者を守る立派な騎士になることだ。魔王を倒し、世界が平和になったら、サランセルゴ共和国に戻って、また騎士を続けたい。夢に向かって歩いているとき、私は一番、自分らしくいられる」
「その気持ちは……私には、分かりません」
ルティナが、静かに首を振った。
「夢というものを、持ったことがありませんので。魔法の研究や習得は好きですが、夢というより、暇つぶしに近いものでした。……強いて、今やりたいことを挙げるなら、こうして皆さんと一緒に、冒険を続けていくことです。これが、私の夢……なのでしょうか」
「それが今、一番やりたいことで、そこに充足を覚えているなら、それはもう立派な夢だと思う」
アレクシアが、優しく言った。
「そうじゃな。夢というのは、叶わぬときは辛いものじゃが、それでも追い続けておる間は、幸せなものでもある」
リデルも、頷きながら続けた。ルティナはその二人の言葉を、じっと噛みしめるように聞いていた。
「……そうですか。私にはまだ、よく分からないものです。いつか、その気持ちを理解したいですね」
その呟きはどこか、先ほどのストームの言葉と重なって聞こえた。ストームは、続けた。
「サラマンダーは、料理人になる夢を笑われて挫折しました。ウンディーネは、アーティスティックスイミングの大会で、惨敗しました。シルフはピアノのコンクールで、指が動かなくなりました。……そして、ノームは漫画家を目指し、新人賞に応募するも一次審査すら通らなかった」
「……それは」
アレクシアが、思わず息を呑んだ。
「その、四人とも……。シドーと、少し似ているな」
「どういうことですか?」
ストームが驚いて聞き返す。
「あぁ、シドーは、小説家になりたいという夢を持って、七年間、新人賞に応募し続けたが、惨敗したと以前話していたことがあったんだ。それと似ているな……と」
「そういう……ことでしたか。偶然にしては、あまりに共通点が多いと、私も思います。四堂悠太が七年間、新人賞に落ち続けた過去を持つように、あの魔法少女たちも、それぞれ夢を追い、挫折を経験している。……何か、繋がりがあるのかもしれません」
「そして彼女たちを、支え続けたのが……」
ルティナが、そっと言葉を継いだ。
「はい。……スターエレメントです。四人が、それぞれの絶望の中にいたとき、エレメントは何も言わず、ただ寄り添い続けました。そして、こう告げたそうです。『今はみんな辛そうだけど、夢を追っているときのみんなも、ずっと見てきて知ってる。……希望が大きいほど、絶望も大きいかもしれない。だったら、絶望に負けないように、みんなの夢が叶うように、私が応援する。それが——私の夢』」
その言葉に三人は、しばらく沈黙した。
「……なるほどのぅ」
リデルが、ぽつりと呟いた。
「あの子たちは、エレメントに、救われた過去があるということか。……だからこそ今、エレメントのために、こうして動いておるのじゃな」
「おそらく、そうだと思います」
ストームの言葉に頷きかけて、リデルは、はっとしたように顔を上げた。
「……待てよ。それなら、シドーも同じではないか。あれほど取り乱し、戦えなくなってしまったのも……。あの四人と同じように、エレメントに支えられて、ここまで来たからじゃな」
「はい。……そしてノームは、四堂悠太の過去と、最も近い挫折を経験しています。新人賞の一次審査すら通らなかった、という点で」
「だから、迷いが、一番強いだろうと?」
「はい。……恐らく彼女は、この戦いの中で、最も苦しむことになるでしょう」
ストームはそう言うと、目を伏せた。
「ですがそれは、彼女だけの話ではありません。……あの四人の誰もが、エレメントへの深い想いと、この戦いへの迷いの狭間で、揺れ動いているはずです」
「……知れば知るほど、複雑じゃな」
リデルが、小さく息を吐いた。
「敵……というだけでは、片付けられぬ」
「はい。……ですが、迷いながらも、戦う覚悟を決めている。……それもまた、事実です」




