第八十四話 武闘派少女の正体と、ルティナの予言
辺りに、静寂が戻った。
風の精霊シルフの祠を囲む庭園は、既に半ば崩れ、苔むした石畳のあちこちに、亀裂が走っている。切り立った岩肌がすぐ側まで迫る、険しい山道の途中だった。吹き抜ける風だけが、やけに冷たかった。
リデルがその場に、崩れ落ちるように座り込んだ。
「……勝った、のか」
「いいえ」
ルティナが荒い息を整えながら、静かに首を振った。
「退けた、というのが正しいです。……それでも、十分な成果です」
「うむ……。それにしても」
アレクシアが傷だらけの体で、それでも僅かに笑みを浮かべた。
「三人ではなく、四人での連携か。……悪くなかった」
「えぇ」
ストームはそう答えながら、ほんの少し目を伏せた。
(信頼、というものは……。こういうことだったのですね。データだけでは、なかった。……この者たちが私を、信じてくれたからこそ)
「ストーム、大丈夫か」
アレクシアが心配そうに、声をかけてきた。
「……問題ありません」
「珍しいのぅ。お主が、ぼーっとしておるとは」
「少々、考え事をしていただけです。……データにはない類の、考え事を」
ストームはそう言うと、いつもの抑揚のない声に戻った。だがその内心では、まだ小さな戸惑いが、渦を巻き続けていた。
「さあ、シドーさんたちのところへ、向かいましょう」
ルティナの声に二人はそれぞれ、痛む体をなんとか動かし始めた。
「……この状態では、これ以上の戦闘は不可能だろう。一度、退くべきだな」
アレクシアが剣を杖代わりに、どうにか立ちながらそう告げた。
「ストーム、あなたの拠点への転移、まだ使えますか」
「使えます。……本来、あなた方を連れて行く理由はありませんが」
「シドーさんが、そちらにいるのでしょう」
その一言に、ストームは少しだけ沈黙した。
「……えぇ。ブリザードとサンダーが、彼を連れて先に転移しました」
「なら、話は早いです。私たちも、そちらへ」
「ですが、今は使えません。スターシルフ戦で、全ての力を使い果たしました。……普段の私なら、あり得ない判断です。常に敗退する場合を想定し、転移の余力だけは残すように戦うのですが」
「全力でぶっ放したのじゃな。それは良い判断じゃ。我もいつもそうしておる。力を温存する戦い方は、我には合わぬ。エコだとか時短だとかで、手を抜くのは理解に苦しむ」
「リデルさん、それ、私のことを言っていますよね?」
「む……べ、別にルティナの戦い方を批判した訳ではないぞ! ただ……後先など考えず全力でぶっ放すのが、最高に気持ちいいという話をしたまでじゃ……」
焦って言い訳をするリデルを見て、ルティナは笑った。
「ストームが、リデルさんのように、全力で力を使い切る日が来るなんて。……本当に面白いです。私も、珍しく余力がありません。ここで、一度休みましょう」
崩れかけた石段の一つに、四人はそれぞれ腰を下ろした。切り立った岩場の向こうに、夕暮れの空が広がっている。
「同感だ。スターシルフの全力に五秒耐えただけで、私も全てを使い切った」
アレクシアはそう言うと、小さく息を吐いた。
「……だが、ただの休息にしてしまっては、時間がもったいない。スターシルフだけじゃなく、他の魔法少女たちのことも、知っているんだろう、ストーム。彼女たちのことを、教えてくれないだろうか」
アレクシアの問いに、ストームはしばらく無言のまま目を閉じた。
(好都合です。……先日の会議で、次に会ったときは情報を交換すると、決めていました。こちらから切り出す手間が、省けました)
そんな打算が、頭の片隅をよぎる。だがそれ以上に、素直にこの状況を喜んでいる自分がいることに、ストームは僅かな戸惑いを覚えた。
それから静かに瞼を開ける。
「そうですね。あなた方も知っておいた方が良いでしょう、彼女たちのことを。いずれまた戦うことになるのですから」
「スターシルフ、スターサラマンダー、スターウンディーネ、スターノーム。……そして、スターエレメント。彼女たちについて、私が把握している情報をお伝えします」
三人はそれぞれ、痛む体を休めながら耳を傾けた。
「まず、スターサラマンダー。……炎の力を操る、赤みがかったピンク色の髪の少女です。竹を割ったような性格で、悩みを一人で抱え込まず、力で解決しようとする傾向にあります」
「あぁ、確かに……。あの迷いのない攻撃、そういう性分か」
アレクシアが、思い返すように頷いた。
「はい。ですが、決して思慮がないわけではありません。仲間思いで、情に厚い。……先ほどの戦いでも、味方を庇うような動きが、何度か見られました」
「ふむ……。次は?」
リデルが興味深そうに、身を乗り出した。
「スターウンディーネ。……水の力を操る、水色の髪の少女です。優雅で、知的な佇まいをしていますが、内心では人一倍プレッシャーに弱い、完璧主義者です」
「それは、意外じゃな。あの落ち着いた様子から、そんな弱さがあるとは」
「表に出さないだけです。……感情を見せるのが、苦手なのでしょう」
ストームはそこで、僅かに間を置いた。
「そして、スターシルフ。……先ほど戦った、風の力を操る薄紫の髪の少女です。クールで実務的、正義感が強く、曲がったことを嫌います。物事を、論理的に判断する一方で、一度決めたことは、頑固に貫く芯の強さがあります」
「……あの、私の絶対防御を、正面から打ち破ってきた、あの子だな」
アレクシアが、さきほどの戦いを思いおこしながら目を細めた。
「そういえば……」
リデルがふと、思い出したように口を開いた。
「北の城の使用人が言うておったな。岩から岩へ飛び移る、怪しい少女がおる、と。あのとき我は、武闘派の少女に違いないと踏んでおったが……。案外、当たっていたではないか。スターシルフは、かなりの武闘派少女じゃった。先輩の我が、教えることもないくらいの」
「……その『踏んでおった』の出どころ、私なんですが」
ルティナが、真顔でそう言った。
「な……⁉」
「あのとき私が『武者修行に来た少女では』と、半分冗談で言っただけです。リデルさんはそれを真に受けて、一人で盛り上がっていただけで」
「そ、それは……。だが、あの時点で我は既に、心のどこかで武闘派だと確信しておってな……」
「本当ですか?」
「……いや、今思えば、確信していたかどうかは、我にも分からぬ」
あっさり前言を撤回するリデルに、ルティナは呆れたようにため息をついた。
「ですが、皮肉なことに当たってしまいましたね。……これはこの先、嫌なことが起こりそうな、不吉な予感がします」
「な……⁉ どういう意味じゃ‼ 我の予想……いや、ルティナの予想が当たると、なぜ不吉なのじゃ」
アレクシアが、笑いを堪えながら口を挟んだ。
「それは……リデルの妄想が、他人の冗談ごと現実になったなんて、今までになかったからな。世界が終わっても不思議ではない、ということだろう、ルティナ?」
「えぇまぁ、世界が終わる——。そこまで盛大に不吉な予感は感じていませんけど……そういう気持ちです」
その様子を見て、ストームは僅かに口の端を緩めた。それから、続きを語り始めた。
「彼女は恐らく、今回の件についても、迷いを抱えているはずです。私たちに『悪く思わないでね。……これが正しい選択だって、私は判断したんだ』と告げていました。……あれは、感情を殺した言葉ではなく、感情を、無理に押し殺した言葉です。最後に、スターノームです。……土の力を操る、茶色の髪の少女です。気弱で人見知り、自己肯定感が低い。争いごとが、苦手なはずです。ですが、いざという時には、誰よりも強い想いを見せる、内に秘めた芯の強さがある、と分析しています」
「……ノームだけは、まだ、直接戦っていませんね」
ルティナが、不思議そうに言った。
「はい。……ですが恐らく、彼女が一番この戦いに、迷いを抱えているでしょう」
「なぜ、そう思うのじゃ?」
「彼女たち四人には、共通する過去があります。……エレメントを除く四人は、それぞれ夢を追い、挫折を経験した過去です」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
以前、「近いうちにいくつかの答え合わせができるでしょう」という話がありましたが、84話以降、少しずつその答えが見えてきます。この作品はラストまで決めた上で書いていますので、これまで張り巡らせてきた伏線は、必ず回収します。どうぞ安心して、読み進めていただけると嬉しいです。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。




