第八十一話 魔法少女の拳と、崩れる世界
荒れ果てた庭園の奥に、苔むした石造りの祠が、ひっそりと佇んでいる。周囲の空気は、他の場所と比べて明らかに澄んでいた。
「これが……」
「はい。……風の精霊シルフと、魔法の契約をした祠です」
ルティナはしばらく、その祠を見つめていた。
「石化された方が見たという、一人の少女……。この場所で、何をしていたのか。……手掛かりはこれしかありません。私がまず、様子を見てきます」
「ルティナ、一人で大丈夫か」
アレクシアが、心配そうに声をかけた。
「えぇ。……この祠には私自身、少なからず縁がありますから」
ルティナはそう言うと、静かに祠の前へと足を踏み出した。その時だった。
空が突如として、暗く染まった。
「な……⁉」
頭上に、五つの光が次々と姿を現す。金色の長い髪、赤みがかったピンクの髪、水色の髪、薄紫の髪、茶色の髪——それぞれの色彩を纏った、魔法少女たちだった。金色の髪の少女の肩のうえに、橙色の毛並みをした小さな影がちょこんと乗っているのが見えた。
「さぁみんな、スターナイツに変身するニャ!」
妖精ねこニャンが、いつものように魔法少女たちに変身を促す。金色の髪の少女が、小さく頷いた。
「うん、分かった。いこう。——スターナイツ、スピリットチェンジ!」
聞き慣れたはずの、あの掛け声が響いた。光が弾け、五人の少女たちが、それぞれの衣装を纏っていく。
(何度も夢中で見てきた、あの変身シーンだ……)
四堂悠太は目の前の光景に、既視感と、それに反する寒気を同時に覚えた。
「未来を夢見る希望の光! スターエレメント!」
「燃え上がる灼熱の炎! スターサラマンダー!」
「英知にゆらめく癒しの水! スターウンディーネ!」
「勇気の翼で切り開く風! スターシルフ!」
「芽生えた命を守護する大地! スターノーム!」
いつもなら、心が躍るはずの名乗りだった。だが今、四堂悠太の耳には、それがまるで宣戦布告のように聞こえた。
「エレメント……⁉」
四堂悠太は思わず、息を呑んだ。
「四堂君……」
スターエレメントが、静かにこちらを見下ろしていた。その表情には、これまで四堂悠太が知っていた、いつもの明るさはどこにもなかった。
「久しぶり、だね」
「なんで……。なんで、エレメントが、ここに……」
「詳しい話は、後にしよう。……今は」
エレメントが視線を、四堂悠太の後ろへと向けた。
「ごめんね。……これは、私たちの、使命だから」
「私たち、なんて言ってるけど」
サラマンダーが、腕を組みながらふっと口を挟んだ。
「本当は、エレメント一人でやるつもりだったんでしょ? 水臭いこと、いつまでも考えてるから。……困ったときは、お互い様なのに」
「そうです。……エレメントだけに、背負わせるつもりはありません」
ウンディーネも、静かにそう続けた。エレメントは一瞬だけ、僅かに目を伏せた。それから小さく笑った。
「……ありがとう、みんな」
その肩の上でねこニャンが、呆れたようにため息をついた。
「まったく、辛気臭い顔してるニャ。……七年間、指を咥えて何もできなかったやつなんて、放っておけばいいのに、律儀なことニャ」
「ねこニャン、言い過ぎだよ」
「これでも、優しく言ってやってるニャ。……本音を言えば、こんな面倒な事情、抱え込んでるエレメントの方が、よっぽど心配ニャ」
ねこニャンはそう言うと、それ以上何も言わずぷいと顔を背けた。だがその瞳には、いつもの意地悪な光ではなく、どこか案じるような色が滲んでいた。
「行くよ」
エレメントが短くそう告げると、五人の魔法少女たちが一斉に地を蹴った。
「フェザーキック‼」
スターシルフの放った蹴りが、アレクシアの防御を真正面から打ち破った。
「くっ……‼」
「悪く思わないでね。……これが正しい選択だって、私は判断したんだ」
「シャイニングナックル‼」
スターエレメントの拳が、ルティナの結界を瞬時に打ち砕く。
(本物の、エレメントパンチ……‼)
四堂悠太は目の前に広がる、大きなクレーターを呆然と見つめた。
脳裏にあの日のことが蘇る。歩道橋の上で、エレメントが目前まで迫ってきて「エレメントパンチをお見舞いしてやるニャ」と、ねこニャンに言われた瞬間。あの時四堂悠太は、心底震え上がった。
——あんなの食らったら、目が覚めるどころか、永眠するって……‼
本気でそう思って、全力で逃げ出した。あれはまだ、この世界に来るほんの少し前のことだ。
(あの時は実際に、殴られはしなかった。……逃げたからなのか……それとも)
あの日エレメントが、何をしようとしていたのか。四堂悠太には、今も分からないままだった。ただ逃げ出した自分は、直撃を免れただけなのか。それとも他に、理由があったのか。
(分からない。……でも今、目の前にあるのは)
目の前に広がる、抉れた大地。あの日恐怖だけを感じていたものが、今、現実の光景として目の前にある。
「フレアタックル‼」
スターサラマンダーの体当たりが、リデルをハンマーごと大きく吹き飛ばした。
「が……ッ‼」
「悪いね! でも、エレメントのためだから、手加減はしないよ‼」
「四堂君とやら……あなたにも。アクアプレッシャー‼」
ウンディーネが優雅な仕草のまま、四堂悠太へと向き直る。手刀に纏わせた水の力を、まっすぐに突き出した。
「シドーさん、下がって……‼」
ルティナが咄嗟に結界を張り、身を挺して庇った。奔流のような衝撃が、四堂悠太のすぐ横を弾け飛んでいく。
「な……っ⁉」
目の前で、ルティナの体が大きく弾かれた。
頭が、真っ白になった。何が起きているのか、理解が追いつかない。ただ、目の前の光景だけが、次々と流れ込んでくる。仲間たちが殴られる。蹴られる。吹き飛ばされる。——攻撃してきているのは、あの、エレメントだ。あんなに温かい言葉を、何度もくれた、あのエレメントが。
(なんで……なんで、なんでなんでなんで……‼)
思考が、まとまらなかった。ただ目の前の光景を、拒絶したくて仕方なかった。
「な、なんで……。なんで、こんなことを‼」
四堂悠太は、叫んだ。エレメントはただ、悲しげな表情のまま答えなかった。
「これが……今の、私の使命だから」
「使命って……‼ レインボーランドを助けたいって、いつも言ってたじゃないか‼ なのになんで、壊そうとするんだ‼」
「……ごめんね」
それだけを、繰り返した。答えにならない答えに、四堂悠太の中で何かが、音を立てて崩れていくのが分かった。
(分からない……。全然、分からない)
「シドー……‼ 助太刀を‼」
アレクシアの声が、遠くから聞こえた。だが四堂悠太の体は、動かなかった。
(僕は……。何を、信じればいいんだ)
「シドー‼」
リデルの叫びも、届かなかった。四堂悠太はその場に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
(僕は、エレメントのように生きようとしたんだ)
落選を重ねた七年もの間、何度挑戦してもダメで挫けそうなとき、いつもエレメントの言葉を支えにしてやってきた。ヴィクターに頼まれたあの日、本当は断りたかった。もうへとへとだった。それでも「力になりたい」と言えたのは、エレメントの生き方を、自分の指針にしていたからだ。
『何ができるかじゃないよ。ただ、この世界の人たちの力になりたい。それだけだから』
好きでいるために、彼女のような人間でいたかった。だから、この世界の人たちを守ると決めた。エレメントは、四堂悠太にとって、ずっと女神のような存在だった。
(なのに——)
目の前で、その世界を壊しているのは、他でもないエレメント自身だった。
エレメントのために選んだ生き方が、エレメントによって意味を失っていく。
(守る理由も、戦う理由も、全部——彼女がくれたものだったのに)
支えにしてきた土台そのものが、音を立てて崩れていく感覚。四堂悠太は、立っていることさえ、難しくなっていた。
「……もう、僕は」
声が、震えた。
「もう、戦えない……」
その瞬間、体の奥に感じていた無属性魔法の気配が、完全に消え失せた。
(分からない。……もう、何を信じればいいのか、分からない)
四堂悠太は、その場に崩れ落ちるように、膝をついた。
ノームだけが、その光景を見て、僅かに手を止めていた。攻撃の構えを解いたわけではない。ただその拳は、微かに震えていた。
「……ごめんなさい」
誰に向けてでもなく、小さくそう呟いた声が、戦いの喧騒に紛れて消えていった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
「いつ魔法少女たちが出るんだろう?」と、やきもきしながら見守ってくださっていた方も、いらっしゃるかもしれません。ようやく、この場面を書くことができました。
もしこの展開に、何か感じていただけるものがあれば、ブクマ登録や、下の⭐評価をぽちっと押していただけると、とても嬉しいです。感想もいただけたら、励みになります。
この先の展開も、頑張って書いていきます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。




