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小説家志望、異世界に転生する ~僕の黒歴史キャラが異世界を救う~  作者: 赤いたぬき
第二章 隠していた弱さが、恋になるまで
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第八十話 頼ることを覚えた夜——それでも、譲れないもの

 夜更け、城の一室。ルティナは眠れないまま、廊下の窓辺に佇んでいた。


「……ルティナ? こんな時間に、どうしたの」


 声をかけられて、振り返る。水を飲みに部屋を出てきたのだろう、四堂悠太がこちらを見ていた。


「あ……。シドーさん」


 ルティナは、いつもの微笑みを浮かべた。だが、うまく取り繕えているだろうか。自分でも、僅かな疲れが、顔に滲んでいるのが分かった。


「眠れなくて。……珍しいことです、こんなの」

「明日のこと、考えてる?」

「えぇ、まぁ……。それも、あるのですが」


 ルティナは窓の外、月のない深い闇を見つめた。城の周囲には、これといった明かりもなく、ただ遠くの山々の稜線だけが、ぼんやりと浮かび上がっている。


「明日いよいよ、あの祠に向かいます。……そこに、どんな手掛かりがあるのか。あるいは、何も見つからないのか。何事も慎重に進めれば、大きな問題はないはずなのですが」


 そこまで言って、言葉を止めた。


「……なぜでしょう。頭ではそう分かっているのに、胸の奥がざわざわして、落ち着かないんです」


 四堂悠太は窓辺の長椅子に、そっと腰を下ろした。ルティナは、その傍らに立ったまま、しばらく何も言わなかった。夜風が窓の隙間から、僅かに吹き込んでくる。


「僕も、緊張してるよ。リデルが昼間言ってたように、武闘派の女の子が武者修行に来ていたんだったら面白いけど……そんな訳ないだろうし。明日何が待ってるか、分からないから」

「シドーさんも……?」

「うん。でも」


 ルティナは言葉を探すように、少し間を置いた。


「あの……。実はシドーさんに、頼ってみようと……思いまして」


 ルティナは、自分でそう切り出しておきながら、少し驚いていた。


「え?」

「以前、仰ってくださいましたよね。……一人で背負わなくていい、いつでも聞くから、と」


 四堂悠太が、驚いたように目を見開いた。


「あぁ……。うん、覚えてるよ」

「ですので、その……。頼ってみようと、思ったのですが」


 言葉が、そこで止まった。両手を膝の上で、所在なさげに組み直す。


「……いざ、頼ろうとすると、何を話せばいいのか、分からなくなってしまいまして」

「……」

「ずっと長い間一人で決めることに、慣れすぎたのかもしれません。……誰かに委ねる、という感覚が、うまく思い出せないんです」


 自分でも少し、可笑しくなった。あれほど緻密に、街の運営や財政のことを、計算し尽くしてきたはずなのに。こんな単純なことが、うまくできない。

 その言葉に、四堂悠太は少し笑った。


「別に、何か話さなきゃいけないわけじゃないよ。……ただ、隣にいるだけでも、いいんじゃない?」

「隣に……」

「うん。頼るって……別に、全部話すことだけじゃないと思う。……今みたいに、一人じゃなくて、誰かがそばにいる、って感覚だけでも、十分だと思うから」


 ルティナはしばらくの間、その言葉を噛みしめるように、黙り込んでいた。


(……そうか。私は、頼ることの意味を、誤解していたのかもしれません。何かを、差し出さなければならないと。……役に立つ情報や、有益な会話を、しなければならないと。そうやってこれまでずっと、対価を払うようにして、人と関わってきました。でも、そうじゃない。……ただ、ここに、いてくれるだけで)


 ルティナはそっと、四堂悠太の隣に腰を下ろした。何も話さないまま、しばらくの間二人は、静かに夜の闇を見つめていた。

 窓の外、遠くの山の稜線が、ほんの僅かに白みを帯び始めている。夜明けはまだ遠い。それでも確かに、時間は進んでいた。


(……不思議です。頼るということがこんなにも、心地よいものだったなんて)


 自分の胸の奥に生まれた、この温かさが一体何なのか、うまく言葉にできずにいた。長年培ってきた分析力を持ってしても、この感覚だけはどうしても、うまく整理できなかった。


(これまでの経験にはない感覚です。……これは、一体)


 隣に座る四堂悠太の呼吸の音が、静かに耳に届く。それだけのことが、なぜかこんなにも安心する。


(この人は、いつもこうです。……何も大それたことを、してくれる訳ではないのに。ただ隣に、いてくれる。それだけで十分だと、言ってくれる)


 ルティナはそっと、自分の手を見つめた。かつて「人の生死を、この手が握っているシチュエーションが最高にたぎるのです」と、おどけたように語っていたことがあった。本心を悟られないように、そうやって、いつも軽い言葉で包んでいた。今その同じ手が、こんなにも頼りなく震えていることに、自分自身驚いていた。


 ——ただ一つだけ、確かなことがあった。


(この人の隣は……。おかしいくらい、居心地がいい)


 そう思った、次の瞬間だった。


(……あぁ、でもだめですね)


 脳裏に以前、自分自身が口にした言葉が静かに蘇った。


『あの二人について分かりあえる同志が、こんな身近にできたなんて……』

『もしシドーさんでも、あの二人を傷つけるようなことをしたら——私、許しませんよ?』


 あのとき、半分は冗談のつもりで、けれど半分は本気だった。リデルもアレクシアも、四堂悠太に少しずつ心を寄せ始めている。それを、誰よりも近くで見てきたはずだった。


(あの二人は、私が、なりたくてもなれなかった自分そのものです。……真っ直ぐで、優しくて、誰かのために迷いなく動ける。だからこそ私は、あの二人を守ると決めたのです。領主になったのも、街を整えたのも、全部あの二人が、あの二人のままでいられるように——それを、分かっていながら……。私まで、こんな気持ちを抱いてしまったら)


 どんな形であれ、あの二人を傷つけることだけは、絶対にあってはならない。それだけは、譲れなかった。


「ごめんなさい、シドーさん。私、眠くなってきました。お休みなさい」


 ルティナはそう言って急に立ち上がり、そっけなくその場を去った。

 自室へと続く廊下を歩きながらルティナは、自分の胸の内から、まだ温もりが消えていないことに気づいていた。


(あんな風に、去るべきではなかったかもしれません)


 四堂悠太はきっと、戸惑っているだろう。分かっていながら、あの場に留まることがどうしてもできなかった。


(これ以上、隣にいたら……。きっと、抑えきれなくなっていました)


 自室の扉を、静かに閉める。一人になった途端、張り詰めていたものが、僅かに緩んだ気がした。


(眠れなくて、部屋を出たはずなのに。……余計に、眠れなくなってしまいましたね)


 ルティナは寝台に腰を下ろし、そっと自分の胸に手を当てた。まだ、そこにさっきの温もりが、確かに残っている。


(これは、いけません。……あの二人のためにも、私自身のためにも)


 窓の外、白み始めた空を見つめながら、ルティナは静かに目を閉じた。



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― 新着の感想 ―
Xから来ました! ルティナちゃん可愛いですね。なろうを読み始めたのは最近で、少しだけ読むつもりが、お話が面白くすっかりここまで読み込んでしまいました(*^-^*) ニチアサアニメ私も大好きなので、続き…
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