第七話 ワナビ、世界を救う決意をする
「ご飯や寝るところまで用意してくださって、ありがとうございます。冒険者ギルドでうまくお金を稼げなかったら、今頃野宿の準備をして、その辺に生えている草を、むしって食べてたかもしれない」
冗談じゃなく、そうなる可能性も十分あった。異世界で衣食住をどうするかは、ノープランだったし。 ヴィクターが世話してくれるのは、本当にありがたい。
ヴィクターは、少し照れて笑った。
「なに、そんなかしこまることはねぇさ。もう俺らは同志なんだから、もっと気さくに話してくれ」
ヴィクターは席を立ち、ドアを開けて一階に降りていった。その後を、急いで追った。階段を降りて、一階の廊下の突き当りのドアを開けると、大きな部屋があって、そこで何人かが食事をしていた。
「おやじ、いつものを二名分」
食堂で接客中のおじさんに、ヴィクターは声をかけた。
「あいよ、ヴィクター、新入りかね?」
「そうだ。期待の新人さ」
「そりゃあ頼もしい。サービスしとくから世界を頼むよ」
おじさんはこちらを見て笑い、すぐに奥に引っ込んでいった。世界を救い隊の本部にしているだけあって、これだけの会話で注文が成立するらしい。しかもサービスしてくれると聞いて、わくわくしながら料理の到着を待つことにした。
***
「ところで——」
料理を待っている間、ヴィクターが真剣な面持ちで切り出した。
「ヒグマと言ったのは、本当に悪意はなかったんだな?」
「な、ないです」
「そうか」
一拍置いて。
「もう一度だけ確認する。ヒグマと俺、どっちが強そうだ?」
(……どう答えても地雷だ)
答えに窮していると、ヴィクターは笑った。
「冗談はさておき——」
冗談には聞こえなかった。でも冗談ってことにしてくれたんだろう。ほっとした。
「お前さんの世界には、魔法の使える奴はいないと言ってたが……魔王とは面識ないよな? 同じ世界の出身、という訳でもなく」
コレットにも、同じことを聞かれた。
冒険者ギルドでは、魔王軍の幹部と間違われて、殺されかけた。魔王も異世界から来たというから、疑われるのは仕方ない。
「僕のいた世界に、魔法で世界を滅ぼせる人間はいなかった。魔王はたぶん、また別の世界から来たんだと思う」
ヴィクターが「俺たちは同志だ」と言ってくれたので、さっきより少しフランクな言葉遣いにしてみた。
「そうか。同じ世界の知り合いなら、何か攻略のヒントでも——と思ったんだが。……異世界といっても、俺が知らないだけで、世界はいくつもあるのかもしれんな」
「別の世界がいくつも……」
その言葉に、四堂悠太は少し考えた。別々の世界が何らかの形で繋がっていて、人が世界を超えて移動してくる。転生、という形で。それが自分だけじゃなく、魔王も同じだとしたら。世界がいくつもあるなら、他にも転生者がいるかもしれない。
自分以外にも転生者がいるのも、異世界転生の定石であり、最大の見せ場と言っても過言ではないだろう。なのに、異世界に転生して来た初日に、自分以外の転生者が判明した。そもそもその前に、転生者ってこと自体すぐバレた。
(ことごとく見せ場が潰された、この残念な感じ……)
元ワナビとしては、痛恨の極みだ。
(いやいや、見せ場がなくなったとかそんなことより……今のところ、よりによって同じ境遇なのが、魔王……)
「なに、攻略法なんざ分からなくたって、レインボーランドを救う手立てはきっとある」
考え込んでいたら、ヴィクターに励まされて、苦笑いした。
レインボーランド——その名前を聞くたびに、ずっと気になっていたことがある。
「あのさ、ヴィクター。ねこニャンって知ってるか?」
レインボーランドの住人といえば、ねこニャンだ。
「ねこニャン? そいつは猫型の獣人か?」
「いや……、大きさは猫くらいなんだけど、二足歩行して人語を喋る。妖精みたいな感じで——」
「ねこニャンという名の妖精……、思い当たる奴はいないな。お前さんのいた世界の奴か?」
「いや、僕の世界にいた訳じゃなくて……」
アニメの中にいたキャラクターとは言えない。言ったとして通じないし、説明もできない。どうしたものかと思っていると、タイミング良く料理が運ばれてきた。
テーブルに並んだのは、パンと肉料理とスープ。どれも良い匂いがして、見るからに美味しそうだ。
(すごい——これが異世界飯か……!)
ただ、何かがおかしい。よく見ると、全ての料理の上に、べとべとした薄黄色の液体が、これでもかというほど大量にかかっている。
「ヴィクター、この料理の上にかかってる液体……? ソース? 何だろう?」
「ん? ハチミツを知らんのか? 甘くて美味いぞ。しかも今日は、いつもの三倍はかかってるな! 亭主め、粋なサービスをしやがる!」
ヴィクターは、これまで見たこともない最高の笑顔で、料理にかぶりついた。
(……異世界でも、熊はハチミツが好きなのか)
それは良いんだけど、全部の料理に、こんなにも大量にかけなくてもよくないか。ハチミツって、パンにちょっとつけて食べるものじゃないのか。
ナイフで肉を切り分けると、断面からもハチミツが溢れ出してきて、少し怖かった。
でも——一人だったら、こんな量も種類もしっかりある料理にはありつけなかった。そう思えば、ありがたい。
意を決して、一口食べた。
(……あ、意外と美味しい)
見た目のインパクトに反して、味はかなり良かった。ただ、これが毎食続くのは嫌だ。明日には別の街に移動すると聞いていたので、少しだけほっとしている自分がいた。
***
夜ご飯を食べ終えると、ヴィクターが今夜の部屋を確保してくれた。
「世界を救い隊本部の隣の部屋が空いていた。今日はゆっくり休んでくれ。明朝、夜明けとともに出発する。寝坊するなよ」
そう言い残して、ヴィクターは本部の部屋に戻っていった。コレットはまだ帰っていない。きっと今も、一緒に最前線にいける仲間を探し回っているのだろう。
(コレット、ありがとう。コレットがいなかったら、僕は今頃冒険者ギルドで死んでいた)
隣の部屋に入ると、本部より少し狭いが、ベッドと椅子とテーブルが揃っていた。一晩過ごすには十分すぎる。
ベッドに腰かけてみると、ギギーっと木がきしむ音がした。少し古いが、座り心地はふかふかで悪くない。
(あ——、疲れた————!)
思い切り横になった。
ふかふかの布団が体を包んで、じわじわと疲れが解けていく。
考えてみれば今日——、お昼過ぎに散歩に出て、気づいたらこの世界にいた。冒険者ギルドで依頼をこなそうとしたら、魔王軍の幹部と間違われ、殺されかけて、コレットに助けてもらって、世界を救い隊の本部に連れてこられた。
そしていつの間にか、世界を救う側にいた。
(……何で僕は、こんなことになったんだろう)
お昼に一次選考結果発表を見た。自分のペンネームはなかった。また落ちた。絶望して、外をふらふら歩いていたら、——スターエレメントに会った。
あの場所は、まだ現実世界だったはずだ。なのにどうしてエレメントがいたんだろう。幻覚でも見ていたんだろうか。
目を閉じて、あの時のエレメントを思い出そうとした。怒っているような、悲しいような表情だった。こっちをまっすぐ見て、魔法少女に変身して、——近づいてきたから、逃げてしまった。
ワナビをやめると決めたことは、後悔していない。
でも——エレメントのことを思い出すと、胸が苦しくなる。
十一歳のときにした約束を、破ってしまったから。ずっと支えてくれた人を、裏切ってしまったから。
(それでも——僕はまだ、エレメントのことが好きだ)
だから今日、世界を救う側に立つことを選んだ。
エレメントのような生き方が、まだできる人間でいたかった。
そう心の中でつぶやいたとき、まぶたがずしりと重くなった。
今日一日分の疲れと、ふかふかのベッドが、四堂悠太を急速に眠りに引き込んでいった。




