第七話 異世界でも熊はハチミツが好き
「おやじ、いつものを二名分」
一階の食堂へ降りると、ヴィクターが店主に声をかけた。
「あいよ、ヴィクター。新入りかね?」
「そうだ。期待の新人さ」
「そりゃあ頼もしい。サービスしとくから、世界を頼むよ」
(世界を頼まれてしまった……)
ついさっきまで、冒険者ギルドで金を稼ぐ方法すら分からなかったのに。
異世界転生初日の夕食としては、ずいぶん話が大きくなった。
「ところで——」
料理を待っていると、ヴィクターが真剣な顔でこちらを見た。
「ヒグマと言ったのは、本当に悪意はなかったんだな?」
「な、ないです」
「そうか」
一拍置いて。
「もう一度だけ確認する。ヒグマと俺、どっちが強そうだ?」
(……どう答えても地雷だ)
答えに窮していると、ヴィクターは笑った。
「冗談はさておき——もう俺らは同志なんだから、もっと気さくに話してくれ」
(絶対、冗談じゃなかった)
それはともかく、初めて会ったばかりなのに、ヴィクターとは妙に話しやすかった。
「お前さんの世界には、魔法を使える奴はいないと言ってたな。魔王とも面識はないのか?」
「ないよ。僕のいた世界に、魔法で世界を滅ぼせる人間はいなかった」
ヴィクターが「俺たちは同志だ」と言ってくれたので、さっきより少しフランクな言葉遣いにしてみた。
魔王も異世界から来たらしい。
ということは、自分とは別の世界から来たのだろう。
「異世界といっても、俺が知らないだけで、世界はいくつもあるのかもしれんな」
「別の世界が、いくつも……」
異世界から来た人間が、自分だけではない。
本来なら、物語の中盤くらいで判明してもおかしくない重大設定だ。
なのに転生初日で、こんなあっさり二人目が判明した。
(ことごとく見せ場が潰されていく……)
元ワナビとしては、痛恨の極みだった。
でも、それより気になることがある。
「あのさ、ヴィクター。ねこニャンって知ってるか?」
「ねこニャン? 猫型の獣人か?」
「いや、大きさは猫くらいなんだけど、二足歩行して人語を喋る。妖精みたいな感じで——」
「知らんな。お前さんのいた世界の奴か?」
「いや、僕の世界にいたわけじゃなくて……」
アニメのキャラクターだとは説明できない。
どうしたものかと考えていると、料理が運ばれてきた。
パンと肉料理とスープ。
どれも良い匂いがする。
(すごい——これが異世界飯か……!)
だが、何かがおかしい。
すべての料理に、べとべとした薄黄色の液体が大量にかかっていた。
「ヴィクター。この液体……何?」
「ん? ハチミツを知らんのか? 甘くて美味いぞ。しかも今日は、いつもの三倍はかかってるな! 亭主め、粋なサービスをしやがる!」
ヴィクターは、今日一番の笑顔で肉にかぶりついた。
(……異世界でも、熊はハチミツが好きなのか)
それはいい。全部の料理に、こんなにも大量にかけなくてもよくないか。ハチミツって、パンにちょっとつけて食べるものじゃないのか。
しかも、パンだけじゃない。
肉にも。
スープにも。
料理が全部ハチミツまみれだった。
肉を切ると、断面からまでハチミツが溢れてきた。
(ちょっと怖い……)
意を決して、一口食べる。
(……あ、意外と美味しい)
見た目のインパクトに反して、味はかなり良かった。
ただ、これが毎食続くのは嫌だ。一回食べれば十分。
明日には別の街へ出発すると聞いていたので、少しだけほっとした。
***
食事を終えると、ヴィクターが本部の隣に部屋を取ってくれた。
「今日はゆっくり休め。明朝、夜明けとともに出発する。寝坊するなよ」
「分かった。ありがとう」
部屋にはベッドと椅子、テーブルがある。
一晩過ごすには十分だった。
ベッドに倒れ込む。
(あ——疲れた————!)
今日の昼までは、まだ日本にいた。
十一作目の一次選考に落ちて。
スターエレメントに出会って。
逃げて、歩道橋から落ちて。
気づけば異世界。
魔王軍の幹部に間違われて殺されかけ、世界を救い隊に入った。
(……一日に詰め込むイベント量じゃないよな)
目を閉じると、昼間に見たエレメントの顔が浮かんだ。
どうして、あそこにいたんだろう。
幻覚だったのか。
それとも——。
考えようとしたが、もう限界だった。
ふかふかの布団に包まれ、意識が沈んでいく。
その夜、夢を見た。




