第六話 エレメントなら、どうする?
「今、この三人が前線で戦っている。俺たちのような並みの冒険者が百人束になっても、あの三人の誰一人に勝てやしない。世界最強のパーティと言っても過言じゃない。俺たちは後方支援に徹して、あの三人が戦いに集中できるようにしていた」
「後方支援って、ここで何をしているんですか?」
「主に二つ仕事があってな。一つは地図作りだ。五年前まで種族同士が争っていたせいで、この世界にはまともな地図がない。魔王と戦うにも、地図がないと作戦が立てられない。もう一つは、金策だ。最前線の三人に戦いに専念してもらうため、俺たちが冒険者ギルドの依頼をこなしたり、商売したりして資金を稼いで届けている」
「そんなすごい三人がいるなら、魔王も倒せるんじゃないですか?」
冒険者の強さについて、ワナビ時代それなりに勉強してきたつもりだ。その三人は、ぶっ壊れ性能で間違いない。
「それが……、そう簡単にもいかんのだ」
急にヴィクターは、歯切れが悪くなって、ついに黙ってしまった。なんだ、と思っていると、コレットが代わりに口を開いた。
「隊長。包み隠さず言ってしまいましょう。さもないと後で困るのはこちらですから」
「……そうだな、言うしかない」
ヴィクターが観念したように続ける。
「あの三人は、間違いなく最強だ。だが——全員、性格と金銭感覚が終わっている」
「……金銭感覚が、どのくらいおかしいんですか?」
「半年分の生活費を届けても、三か月もったことが一度もない。リデライン様は大の動物好きでな、——王族として大変すばらしいことなのだが、動物モチーフの品を収集するコレクターでもある。値段を問わず、目についたら必ず買う」
(コレクター……、まぁ、分からなくはない)
自分も、「魔法少女スターナイツ」関連グッズは、相当集めていたから。
「アレクシアは正義感あふれる良い娘なんだが、——ギャンブル狂でな。しかも弱い。しょっちゅう身ぐるみ剥がされている」
(ギャンブラー……。うーん、かなりギリギリだけど、まだ共感の範疇か)
完璧なキャラより、欠点があるキャラの方が、親近感を持たれやすい。ワナビ時代、意識してキャラに欠点を設定していた。欠点は大事だ。程度にもよるけど。
「ルティナは、一番計画的に金を使えるから、金の管理を任せているんだが——」
ヴィクターは、遠くを見た。とても遠くを。
「——あいつが一番ヤバイかもしれん」
「どのくらいヤバイんですか?」
「今リューベックを治めてる領主は、評判の悪い人物でな。魔王が侵攻してきた時、本来の領主は、すぐに逃げ出してしまった。しばらく領主不在が続いた後、遠縁だと名乗り出た男が勝手に座に収まった。金目当てで来ただけで、リューベックの民を守る気などない。戦時の混乱に乗じて、私腹を肥やすことしか考えていない——最悪の領主だ」
「はぁ……それで、ルティナさんは?」
「そんな悪徳領主に、多額の政治献金をしているらしい」
「……何で⁉」
「俺にも全く分からん。聞いたことはあるが、何を言っているのか、要領を得なかった」
「えぇと……、つまりコレクションとギャンブルと政治献金で、生活費を使い果たしてるってことですか?」
親近感がわく欠点の想定を、彼女たちは軽く超えた。コレクター、ギャンブラーまでは、辛うじて理解できた。でも、政治献金は無理だった。
(チート能力持ちが揃いも揃って、お金の使い方が残念すぎる……)
「あいつら、戦って死ぬんじゃなくて、金がなくなって飢え死にするんじゃないかと、最近本気で思っている」
ヴィクターが、深い、とても深いため息をついた。
(世界の命運が、この人たちにかかっているのか……)
少し、不安になってきた。
「そこで、お前さんに相談がある」
ヴィクターは、こちらをまっすぐ見てきた。
「隊員を誰かリューベックに派遣して、あの三人の金の管理をやらせようと、前々から考えていた。だが——最前線で生き延びられるほど強い奴はいないし、弱い奴を連れて行けば、あいつらに追い返されるのが目に見えている。そこでだ」
「……はい」
「何かを死ぬほどコレクションしたいとか、死ぬほどギャンブルがしたいとか、死ぬほど政治献金がしたいとか——そういう欲望はあるかね?」
「何一つありません」
即答だった。
「そして、最前線の街に行くのは、絶対に嫌です」
こちらも即答だった。
「ま、まぁ最後まで聞いてくれ」
ヴィクターが、巨体を少し乗り出してきた。
「ルティナは、金銭感覚が終わっているが——魔法使いとしては、俺の知る限り最強だ。無属性魔法を習得するための師匠として、これ以上の人物はいない。魔法を習得しながら、金の管理もする。一石二鳥だと思わないか?」
「さすが隊長! 完璧なプランですね!」
コレットが目を輝かせて、こちらを見ている。
「全然完璧じゃないです! 第一、僕が最初に瞬殺されますよ? ヴィクターさんですら、魔王軍の幹部から逃げるのが精一杯だったのに、戦闘力ゼロの僕が最前線に行って、どう生き延びろと言うんですか‼」
「……世界最強の三人が、そばにいる」
「その三人が守ってくれるほど、僕に価値があるかどうかも分からないじゃないですか!」
ヴィクターは、しばらく黙った。
「——正直に言う」
低くなった声に、四堂悠太は、思わず黙って聞いた。
「このままじゃ、魔王に勝てない」
部屋に静寂が落ちた。
「世界最強のあの三人をもってしても、三年間守るのが精一杯で——奪われた領地を全く取り返せていない。持久戦になったら、俺たちに勝ち目はない。このまま戦い続ければ、この世界は——滅ぶ」
「……」
「世界をひっくり返すほどの打開策がなければ、魔王は倒せない。俺たちに残されているのは、お前さんの持つ無属性魔法しかないんだ」
(世界をひっくり返すほどの打開策か……)
自分もよく小説の中で、もうどうしようもないって状況を作って、そこに最強キャラを投入してきた。東雲柚月なら、何でも一刀両断してしまう。ヘレナなら、頭脳と魔法で敵を追い詰める。七年間書いてきた十一作分のキャラたちが、頭の中に浮かんだ。
(呼べたら——どれだけ良かっただろう)
でも、呼べない。呼び方も分からない。そもそも、本当に呼べるのかどうかも分からない。手のひらが光ったのは一度きりで、あれ以来何も起きていない。
(僕が七年かけて作ったキャラたちが、すぐそこにいる気がするのに)
その感覚だけが、妙にリアルだった。届かない、という感覚が。
「でも僕は、今まで一度も魔法を使えたことがない。このさき使えるようになる保証も、何もない」
「……分かっている」
ヴィクターは静かに立ち上がり、頭を下げた。
巨大なツキノワグマ獣人の、大きな体が、深々と折れた。
「この世界と全く関係のないお前さんを巻き込んで、本当に申し訳ない。だが——どうか、この世界のために力を貸してくれ」
四堂悠太は、黙ったまま、しばらく自分の手を見ていた。
沈黙が続いた。
——正直に言えば、断りたかった。
怖いとか痛いとか、そういう話以前に、もうへとへとだった。七年間小説を書き続けて、全部落ちて、現実世界で散々追い詰められた末に、よく分からないまま異世界に転生してきた。もうゆっくり休みたかった。スローライフがしたかった。誰かに頑張れとも、言われたくなかった。
だから、「ごめんなさい。無理です」と言えば、きっとそれで終わりだった。
——でも。
(……エレメントなら、どうする?)
今日の昼間のことを、思い出した。
一次選考の結果発表を見た後、外をふらふら歩いていたら、——スターエレメントに会った。
エレメントは、縁もゆかりもないレインボーランドの人たちを助けるために、命を懸けて戦っていた。圧倒的な力の差を見せつけられて、地面に這いつくばりながら、敵に「お前たちは無力だ」と罵られながら——こう答えていた。
『何ができるかじゃないよ。ただ、この世界の人たちの力になりたい。それだけだから』
もしエレメントがここにいたら、同じことを言っただろう。
(僕はワナビを辞めた。約束も破った。エレメントのことを裏切ってしまった)
でも——、それでも好きでいたかった。
好きでいるために、せめてエレメントのような生き方ができる人間でいたかった。
このまま困っている人たちから目を背けて逃げたら、——もうエレメントのことを好きでいる資格を、完全に失ってしまう気がした。
「……何もできないかもしれない」
沈黙が続いた。
黙ったまま、しばらく自分の手を見た。それから顔を上げて、ヴィクターを真っ直ぐ見た。
「それでも——僕が、この世界の人たちの力になりたい」
ヴィクターが顔を上げた。コレットも、目を見開いていた。
「そうか……! ありがとう!」
ヴィクターの声に、少し震えが混じっていた。
「じゃあ早速だが、明日の夜明けにリューベックへ出発する。
コレット、今すぐ冒険者ギルドを回って、一緒に行ける隊員を探してくれ。俺とお前だけじゃ心許ない。戦える奴を最低でも一人、できれば二人確保してくれ」
「了解しました、では——」
コレットは素早く立ち上がり、ドアに向かいかけて——振り返った。
「シドウユウタ」
コレットは、少し嬉しそうに笑った。
「ありがとう。あなたが来てくれて、良かった」
それだけ言って、ドアを開けて出て行った。
窓の外を見ると、街がオレンジ色に染まっていた。随分長い間、話していたらしい。
「腹が減ったな。下に食堂がある。一緒に行くか。異世界の飯は初めてだろう? ここの宿屋は中々美味いぞ」
「え、良いんですか?」
そう言えば転生してすぐ、お腹が減ったんだった。色々あって忘れていたけど、思い出したら急にお腹が減ってきた。
「当たり前だ。お前さんはもう、世界を救い隊の隊員——いや、俺たちの希望だ。生活の心配は一切しなくていい。不足の物があれば何でも言ってくれ。三人の生活サポートを、快く引き受けてくれたことに、何かお礼がしたい。……金貨でも物でも、何か欲しいものはないかね?」
「いやいや、ご飯を食べさせてもらって、寝るところまで用意してもらって十分です……けど、一つだけ良いですか?」
「何でも構わない……と言いたいところだが、俺たちのまかなえる範囲内でなら、遠慮なく言ってくれ」
ヴィクターが了承してくれたので、思い切って頼んでみることにした。
世界を救い隊の任務が、この世界の地図作りだと聞いたときから、実はうずうずしていた。
——異世界の地図か。
(どんな国があるんだろう。地形はどうなっているのか、国境は? 海岸線は?)
この世界の全てを凝縮した一枚だ。異世界好きの自分にとって、どんな宝の地図よりも、価値があるものに違いなかった。一日中だって、眺めていたい。
「さっきヴィクターさん、この世界の地図を作っているって、言ってましたよね? ……その地図ですけど、完成したら、是非欲しいのですが……」
「……ん? そんなもので良いのか?」
「それが良いんです‼ 頂けるんですか⁉」
怪訝そうな顔をしているヴィクターに、四堂悠太は身を乗り出して答えた。
「お、おう……、もちろん構わんが……。お前さんも変わり者だな……」
ヴィクターは、ちょっと引き気味だったが、快諾してくれた。
この世界に来てから、衣食住をどうするかずっと不安だった。冒険者ギルドで「依頼をこなして稼ぐしかない」と思っていたのに、その心配はなくなったうえに、世界地図までもらえることになった。
(——まぁ、その代わり、世界を救うことになった訳だけど……)
別の不安や心配は出てきたが、展開が早いのは嫌いじゃない。
こうして、ワナビ出身の異世界転生者・四堂悠太は、世界を救い隊——という恥ずかしい名前の組織に加わることになった。




