第五話 ワナビ、世界を救い隊本部に到着する——隊長が熊だった件
「宿屋の一室を借りて、本拠地にしているだけよ。安心して」
(一室だけ‼ この建物全部でもないの⁉)
全然安心できなかった。
コレットが「本拠地」と言ったのは、街角にある二階建て木造宿屋だった。看板がみすぼらしい。建物がくたびれている。世界を救うため、魔王と戦っている組織の拠点にしては、あまりにも貧相だった。
さっき行った冒険者ギルドの方が、四階建てで全然立派だったのは揺るぎない事実だ。
(大丈夫なのか、本当に……)
不安を抱えたまま、コレットの後について中へ。二階の奥の部屋の前で、コレットがノックする。
「入りな」
野太い声がした。コレットと共に扉を開けた瞬間、四堂悠太は固まった。
部屋の中央の椅子に、熊が座っていた。大きな熊が。
「コレットか。さっき出てったのに、もう帰りか?」
——熊が喋った。
そしてゆっくり立ち上がった。立ち上がると、その大きさがさらにはっきりした。四堂悠太の身長の二倍、いやもしかしたら、三メートル近くあるかもしれない。
(……動物園で、こんなでかい熊を見たことがある気がする……)
子どもの頃の記憶を必死に掘り返す。檻の看板には確か……。
「ヒグマだ‼」
叫んでから、後悔した。
「ヒグマじゃない、ツキノワグマだ‼ 首の白い毛が三日月型してんだろ、見えないのか‼」
(ど、どっちでもよくない……?)
熊が、鋭い爪を振りながら、激怒した。三メートル近い巨体が怒り狂っている。
「大体な、ヒグマは見境なく何でも襲う野蛮で凶暴な熊だ。だが俺はそんなことしねぇ。紳士的なツキノワグマなんだよ」
ヒグマと間違われたことが、よほど腹に障ったらしい。
だが、三メートルもありそうな巨体で、大口を開け、鋭い爪を振りかざしながら、「紳士的なツキノワグマです」と言われても説得力のかけらもない。
「そもそも喋っているのに熊を名乗っていいんですか? 人語をあやつる時点でもう熊じゃ……」
考えたことが、口から出てしまっていた。
「はぁ⁉ 俺は人間でも熊でもない、獣人だ! そんなことも知らんとは、どこの田舎者だ‼」
熊の怒りが最高潮に達した。
コレットが素早く、二人の間に入る。
「落ち着いてください、二人とも。シドウユウタ、獣人というのは、この世界に存在する種族のことよ。現実世界にいる獣と人間の、中間のような容姿を持ち、元になる動物の見た目や特性を持ちながら、人語を話し、知性もある。隊長は、ツキノワグマの獣人よ」
「あ……そういえばさっき、そんな話を……」
「隊長も、落ち着いてください。彼は異世界から来たばかりで、この世界のことを何も知らないんです。それに——もしかしたら、貴重な戦力になるかもしれない」
「——異世界から来た、だと?」
その瞬間、熊の目つきが変わった。怒りの色が消えて、真剣な光が宿る。
「なんだ、それを早く言え。俺の名前はヴィクター。元冒険者で、今は世界を救い隊の隊長をやっている」
「世界を救い……隊?」
「コレット、話してなかったのか?」
「その名前、恥ずかしくて名乗りたくないので……」
コレットが珍しく、頬を赤くした。
なるほど。冒険者ギルドで「副隊長」と呼ばれていたが、「世界を救い隊の副隊長」だったわけか。それは確かに——気持ちは分かる。
「一体どこが恥ずかしいんだ? 俺たちは世界を救うためなら、何だってする覚悟で集まった。その気概をストレートに表した名前だ。我ながら良い名前だと思うが」
(ネーミングセンス、皆無だ……)
ヴィクターには悪いが、確信した。
「組織の名前については、また後日話し合いましょう。今はそれより——」
コレットがギルドでの一部始終をヴィクターに説明し終えると、ヴィクターはしばらく難しい顔で黙っていた。それからゆっくり四堂悠太に目を向けた。
「こりゃあ一大事だ。五大精霊の加護なしに魔法を使える奴が、異世界から来たとは……。まず聞くが、今その魔法は使えないのか?」
「四堂悠太です。魔法は……生まれてから一度も使ったことがありません。精霊の加護っていうのも、よく分かりません」
精霊の加護が分からないというのは、正確には嘘だった。ワナビだった七年間で、読み漁ってきた無数の異世界ものが、この世界の仕組みを知識として、すでに植え付けている。精霊魔法のシステムも、頭の中でするりと理解できてしまう。でも、それを知られたくない。異世界転生後まで、「ワナビ上がりです」と名乗るのは、恥ずかしすぎる。
「今は使えないのが本当なのは分かった。でもよ、こっちの世界に来た影響で、そのうち使えるようになるんじゃないか? コレット、魔法の使い方は教えたか?」
「教えていません。私は風属性が四階層、光属性が六階層まで使えるくらいです。教わるなら、もっと上位の魔法使いに頼むべきかと」
「階層というのは、何ですか?」
四堂悠太が質問すると、ヴィクターは指を降りながら説明してくれた。
【この世界の魔法階層システム】
・一~五階層:基礎魔法。一般人には使えない者も多い。冒険者なら、使える者がそこそこいる。
・六~十階層:中位魔法。一つでも使えれば「魔法使い」と名乗って良い。
・十一~十五階層:上位魔法。伝説クラスの魔法使いのみ。習得には精霊との契約が必要。
「精霊との契約……」
その言葉に、封印していたワナビ脳がピクッと反応した。精霊と契約するってどんな儀式なんだ。絶対に一度見てみたい。
「といういうわけで、上位の魔法使いを冒険者ギルドに探しに行くしかないんだが……」
「あの、一つ気になることがあって」
「何だ?」
「僕が使えるかもしれない魔法って、精霊の眷属にない無属性の魔法なんですよね? 精霊系の魔法の使い方を教わっても、僕には関係ないんじゃないですか?」
「それはまぁ、そうかもしれんが……。魔法は魔法だろう。使い方は似てるんじゃないか?」
(大雑把すぎる‼)
「大体なぁ」とヴィクターは続けた。
「無属性の魔法が使える奴なんて、この世界には魔王しかいないんだぞ。つまり魔王を呼んで教わるしかないということか? くっ、くっ、くっ、面白れぇ考えだ。……って、世界を滅ぼそうとしてる奴が、親切に教えてくれるわけないだろうが‼」
変な笑い方をしてから、本気でキレた。
でも、言ってることはもっともだ。詰んでいる。
そうこうしているうちに、ヴィクターとコレットが魔法使いを探しに行くという話になりかけた。四堂悠太は、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「ヴィクターさんは、戦闘でどうやって戦っているんですか?」
「そんなの見ての通り、戦士だ」
見ての通りと言われ、改めてヴィクターを観察すると、巨体の背中に小さな斧が一本あった。いや、よく見ると体が大きすぎて、普通サイズの斧が小さく見えるだけだった。
(斧……要らなくない?)
天然の爪と顎だけで、十分以上凶器になるのでは、と思ったが口には出さなかった。
「なるほど。強そうですもんね」
「まぁ……、そうでもねぇよ」
ヴィクターは、少し声のトーンを落とした。
「恥ずかしい話だが、俺は一度だけ魔王の幹部と戦ったことがある。いや、あれは戦ったとも言えない。気付いたら周りが全滅していた。まぁまぁ大きな村が、たった一人の幹部に一瞬で跡形もなく消えたのを見て……俺は逃げた」
「隊長は獣人です。本能に逆らうことはできません。生きて逃げ延びただけでも、十分すごいことです」
コレットがすかさずフォローした。ヴィクターは少し俯いた。
(幹部一人で村が消える……。魔王本体は一体……)
考えるだけで、逃げ出したくなってきた。
「獣人だから、なんて言い訳にはならんがな。俺たちの王女様は、今も最前線で戦っているんだ」
「リデライン様ですか。……あの方は規格外ですから。我々と比べること自体が間違っている気がします」
「リデライン様って誰ですか?」
知らない名前が出てきたので、慌てて質問した。話についていけない。
「獣人族の国、アルブリー王国の第一王女だ。……ちょっと待て、お前さんには、世界の事情も話しておかないといけないな」
ヴィクターは机をとんとん叩いて、この世界の構造を説明し始めた。
【レインボーランドの勢力図】
・アルブリー王国 獣人族 ヴィクターの出身国 王女リデラインが最前線で戦闘中
・サランセルゴ共和国 人間 コレットの出身国
・ヴィンラント連合 エルフ 正式な「国」ではなく、各領主が自自統治。現在の世界を救い隊本部の所在地
ヴィクターが見せてくれた表を、しっかり覚えておこうと思った。
「何で本部がエルフの国に?」
世界を救い隊の本部は、表によると、エルフの国にあるらしい。ヴィクターの出身国でも、コレットの出身国でもないのはなぜだろう。
「隣の街リューベックが、魔王軍との境界線だからだ。地形的にここが最前線に近くて都合がいい。ただ数年前だったら、こんな連携は無理だったろう」
ヴィクターは遠い目をして続けた。
「俺たち獣人族と人間とエルフ。この三種族は、ずっと長い間、この世界の覇権を巡って争い続けていた。だが長年の戦いで、三国ともに疲弊しきって、五年前に和平協定を結んだ。やっと平和になったと、みんな安堵していたんだが——」
「——そのたった二年後に、どこかの異世界から魔王がやってきて、この世界を蹂躙し始めた」
思わず声が出た。
「……最悪のタイミングじゃないですか」
「まったくな。だが皮肉なことに、長年争っていたお陰で、各種族の戦闘力は、底上げされていた。一般人でもそこそこ戦える奴が多い。平和になって職を失った元軍人の多くは冒険者になり、実践経験のある強い連中がこの世界にはごろごろいる。
不幸中の幸い——と呼ぶには、あまりにも複雑だがな」
それは確かに複雑すぎる幸運だ。
「だから俺は、そういう実力者を集めて、『世界を救い隊』を立ち上げた。だがさっきも言った通り、隊長の俺でさえ、魔王軍の幹部一人に、まったく歯が立たない」
ヴィクターは、深く息を吐いた。
「俺は冒険者の中じゃ、強い方だ。それが、幹部に瞬殺された。ということは、並みの冒険者が何百人集まっても、魔王には届かない。俺たちは絶望した」
だよなぁ、と思いながら聞いていると、ヴィクターは「だが」と続けた。
「こちら側にも切り札がいる。各種族に一人ずつ、桁違いに強い奴がな」
その言葉に、四堂悠太のワナビ脳が反応した。
「まず獣人族から。リデライン様——、獣人族の王の娘だ。王族にのみ生まれるライオン型の獣人で、百獣の王の名の通り、獣人の中で最強を誇る。だが彼女は、歴代王族の中でも飛び抜けた戦闘の才能を持っていた。リデライン様が戦った後には、文字通り何も残らない。痕跡すら消える。だから仲間たちは彼女のことを——破壊神リデラインと呼んでいる」
「破壊神って二つ名がだいぶ物騒ですね……」
「実力に見合った名だ。次は人間。三年前、サランセルゴ共和国の騎士団長の座に、歴代最年少の十五歳で就任した元騎士団長アレクシアだ。敵の攻撃を全部自分に引き付ける、特殊能力を持っている。彼女が盾として立ちはだかると、後衛に攻撃が届いたことは一度もないという。絶対防御のアレクシアと呼ばれているな」
「絶対防御……完全タンクじゃないですか」
これはすごい。ゲームで言えば、ヘイト百パーセント固定に加えて、無敵スキルを持っているようなものだ。
「最後はエルフの魔法使い。ルティナという。エルフは元々、魔法に秀でた種族だが、彼女はそんなエルフたちの中でも別格だ。十五階層に及ぶ全魔法を習得しているのはもちろん、どれだけ大魔法を連発しても、魔力が底をつかない。底なし魔力のルティナ、と呼ばれている」
(……全員チートじゃん‼)
思わず心の中で叫んでいた。
攻撃特化の破壊神に、防御無敵のタンク、魔力無限の全魔法使い——。パーティとしてのバランスが完璧すぎる。かなり、二つ名が痛々しいけど。
さらに、四堂悠太は気づいてしまった。
——リデライン、アレクシア、ルティナ。全員女性の名前だ。
(つまり、全員女の子ということ?)
そうなると、次の計算式が自動的に成立する。
チートスペック持ち×最前線で戦っている×女の子=絶対に可愛い。
ワナビ脳が、一瞬で結論を出した。容姿については、聞くまでもない。
(会ってみたいなぁ……)
四堂悠太の脳内は、まだ会ったこともない、可愛い女の子たちで埋め尽くされた。
「……シドウユウタ、聞いているか?」
「……聞いてます!」
「今、全然違うことを考えていたな?」
「考えてません!」
ヴィクターは三秒じっとこちらを見てから、話を続けた。
(バレてた)




