第五話 ワナビ、世界を救い隊本部に到着する——隊長が熊だった件
「宿屋の一室を借りて、本拠地にしているだけよ。安心して」
(一室だけ‼ この建物全部でもないの⁉)
全然安心できなかった。
コレットが「本拠地」と言ったのは、街角にある二階建て木造宿屋だった。
看板がみすぼらしい。建物がくたびれている。
世界を救うため、魔王と戦っている組織の拠点にしては、あまりにも貧相だ。さっき行った四階建ての冒険者ギルドの方が、よほど立派だった。
(大丈夫なのか、本当に……)
不安を抱えたまま、コレットの後について二階へ上がる。
奥の部屋の前で、コレットがノックした。
「入りな」
野太い声がした。
コレットと共に扉を開けた瞬間、四堂悠太は固まった。
部屋の中央の椅子に、熊が座っていた。大きな熊が。
「コレットか。さっき出てったのに、もう帰りか?」
——熊が喋った。
しかも、ゆっくり立ち上がった。
四堂悠太の身長の二倍近くある。
(……動物園で、こんなでかい熊を見たことがある気がする……)
子どもの頃の記憶を必死に掘り返す。檻の看板には確か——。
「ヒグマだ‼」
叫んでから、後悔した。
「ヒグマじゃない、ツキノワグマだ‼ 首の白い毛が三日月型してんだろ、見えないのか‼」
(ど、どっちでもよくない……?)
「大体な、ヒグマは見境なく何でも襲う野蛮で凶暴な熊だ。だが俺はそんなことしねぇ。紳士的なツキノワグマなんだよ」
ヒグマと間違われたことが、よほど腹に障ったらしい。
巨大な熊が鋭い爪を振り回しながら力説している。
紳士的という言葉の説得力が、まるでなかった。
「そもそも喋っているのに熊を名乗っていいんですか? 人語をあやつる時点でもう熊じゃ……」
「はぁ⁉ 俺は人間でも熊でもない、獣人だ! そんなことも知らんとは、どこの田舎者だ‼」
「落ち着いてください、二人とも」
コレットが素早く、二人の間に入った。
「シドウユウタ。隊長はツキノワグマの獣人よ。獣人は、人間と獣の両方の特徴を持つ、この世界の種族なの」
「あ……そういえばさっき、そんな話を……」
「隊長も、落ち着いてください。彼は異世界から来たばかりで、この世界のことを何も知らないんです。それに——もしかしたら、貴重な戦力になるかもしれません」
「——異世界から来た、だと?」
その瞬間、熊の目つきが変わった。怒りが消え、真剣な光が宿る。
「なんだ、それを早く言え。俺の名前はヴィクター。元冒険者で、今は世界を救い隊の隊長をやっている」
「世界を救い……隊?」
「コレット、話してなかったのか?」
「その名前、恥ずかしくて名乗りたくないので……」
コレットが珍しく、頬を赤くした。
なるほど。冒険者ギルドで「副隊長」と呼ばれていたのは、「世界を救い隊の副隊長」という意味だったらしい。
気持ちは分かる。
「一体どこが恥ずかしいんだ? 俺たちは世界を救うためなら、何だってする覚悟で集まった。その気概をストレートに表した名前だ。我ながら良い名前だと思うが」
(ネーミングセンス、皆無だ……)
ヴィクターには悪いが、確信した。
「組織の名前については、また後日話し合いましょう。今はそれより——」
コレットが冒険者ギルドでの出来事を説明すると、ヴィクターは難しい顔で黙り込んだ。
「こりゃあ一大事だ。五大精霊の加護なしに魔法を使える奴が、異世界から来たか……。今、その魔法は使えないのか?」
(……五大精霊? あれ、ファンタジーの精霊システムって、大体四大精霊のはずじゃ……。火・水・風・土の四つで完結してる作品、結構読んできたけど……。まぁ、異世界なんだから、この世界独自の設定なんだろうな)
「はい。生まれてから一度も魔法を使ったことがありません」
「だったら、使い方を覚えりゃいい。コレット、お前が教えてやれ」
「無理です。私は風属性が四階層、光属性が六階層までしか使えません。教わるなら、もっと上位の魔法使いに頼むべきです」
「階層?」
「魔法の強さだ。一階層から十五階層まであって、上に行くほど強力になる。十一階層以上ともなれば、精霊との契約が必要になる上位魔法だ」
「精霊との契約……」
封印していたワナビ脳が、ピクッと反応した。
(精霊と契約するって、どんな儀式なんだ。ちょっと見てみたい……)
「まあ、上位の魔法使いを探すしかねぇな」
「あの、一つ気になることが」
「何だ?」
「僕が使えるかもしれないのは、五大精霊のどれにも属さない無属性魔法なんですよね? 精霊魔法の使い方を教わって、意味があるんですか?」
「それはまぁ……魔法は魔法だろ。使い方は似てるんじゃないか?」
(大雑把すぎる‼)
「じゃあ、無属性魔法を使える人に教わるとか……」
「大体なぁ」とヴィクターは続けた。
「無属性の魔法が使える奴なんて、この世界には魔王しかいねぇよ。つまり魔王を呼んで教わるしかないということか? くっ、くっ、くっ、面白れぇ考えだ。……って、世界を滅ぼそうとしてる奴が、親切に教えてくれるわけないだろうが‼」
変な笑い方をしてから、本気でキレた。
でも、言ってることはもっともだ。詰んでいた。
魔法については、すぐにどうこうできそうにない。
それより四堂悠太には、気になっていることがあった。
「ヴィクターさんは、戦闘ではどうやって戦っているんですか?」
「見ての通り、戦士だ」
改めてヴィクターを観察すると、巨大な背中に小さな斧を一本背負っていた。いや、よく見ると体が大きすぎて、普通サイズの斧が小さく見えるだけだった。
(斧……要らなくない?)
あの爪と牙だけで十分すぎるほど凶器に見えるが、今度は口に出さなかった。
「強そうですもんね」
「まぁ……そうでもねぇよ」
ヴィクターの声が、少し低くなった。
「恥ずかしい話だが、俺は一度だけ魔王の幹部とでくわしたことがある」
「魔王軍の幹部……」
「ああ。ロゼット村ってところでな。戦ったとも言えねぇ。——たった一人の幹部に、あっという間に村人全員やられて……俺は怖くなって、逃げた」
さっきまでとは別人のようだった。
ヴィクターは俯き、大きな拳を握っている。
「その幹部が、一人で村を襲ったのですか?」
「いや、その辺にいた魔物を使役したように見えた。魔物が突然変異したみたいに巨大化して、村を壊しまくったんだ。あんなもの、見たことがなかった」
(魔物を操る力……。魔王軍には、そんな能力まであるのか)
「隊長は獣人です。本能に逆らうことはできません。生きて逃げ延びただけでも、十分すごいことです」
コレットが静かに言った。
「獣人だから、なんて言い訳にはならんがな。俺たちの王女様は、今も最前線で戦っているんだ」
「王女様?」
「リデライン様だ。獣人族の国、アルブリー王国の第二王女だ」
ヴィクターは顔を上げた。
「魔王軍は強い。隊長の俺でさえ、幹部一人にまるで歯が立たなかった」
ヴィクターは、そこで一度言葉を切った。
「俺たち獣人族、人間、エルフは、長い間ずっと争っていた。五年前にようやく和平協定を結んで、戦争が終わったんだ」
「じゃあ、やっと平和になったんですね」
「ああ。だが、平和になって間もなく魔王軍が現れた」
「せっかく平和になったのに⁉」
「最悪だろ? だが、皮肉なことに、ついこの間まで戦争してたせいで、この世界には実戦経験のある奴が大勢いた。俺はそいつらを集めて、世界を救い隊を作った」
「それでも、幹部には勝てないんですか?」
「ああ。並の冒険者が何百人集まったところで勝てやしねぇ。——だが」
ヴィクターが、にやりと笑った。
「こっちにも切り札がいる。三つの種族に一人ずつ、桁違いに強い奴がな」
その言葉に、四堂悠太のワナビ脳が反応した。
「まず獣人族。第二王女リデライン様。王族にのみ生まれるライオン型の獣人で、歴代王族の中でも飛び抜けた戦闘力を持っている。彼女が戦った後には、文字通り何も残らねぇ。だからついた二つ名が——破壊神リデライン」
「破壊神って、王女様につける二つ名じゃないですよね……?」
「実力に見合った名だ。次は人間。十五歳で騎士団長になったアレクシア。敵の攻撃をすべて自分に引きつけ、後ろにいる仲間には一撃たりとも通さない。絶対防御のアレクシアだ」
ゲームでいえば、ヘイト百パーセント固定の上に無敵スキルまで持っているようなものだ。
「絶対防御……完全タンクじゃないですか」
「最後はエルフの魔法使い、ルティナ。十五階層までのすべての魔法を使える上に、どれだけ大魔法を連発しても魔力が尽きない。底なし魔力のルティナと呼ばれている」
(……全員チートじゃん‼)
思わず心の中で叫んでいた。
攻撃特化の破壊神。
絶対防御のタンク。
魔力無限の全魔法使い。
パーティとしてのバランスまで完璧だ。
かなり、二つ名が痛々しいけど。
そして四堂悠太は、もう一つ重要な事実に気づいた。
リデライン。
アレクシア。
ルティナ。
——全員、女性の名前だ。
(つまり、全員女の子ということ?)
そうなると、ワナビ脳が勝手に計算を始める。
チートスペック持ち×最前線で戦っている×女の子。
答えは一つ。
(絶対に可愛い)
ワナビ脳が、一瞬で結論を出した。容姿については、聞くまでもない。
(会ってみたいなぁ……)
四堂悠太の脳内は、まだ会ったこともない三人の女の子で埋め尽くされた。
「……シドウユウタ、聞いているか?」
「……聞いてます!」
「今、全然違うことを考えていたな?」
「考えてません!」
ヴィクターは三秒ほど、じっとこちらを見つめた。
(バレてた)




