第四話 レインボーランド
「ありがとうございました、助かりました」
もうこの場から無事に抜け出すのは不可能だと覚悟を決めたのに、コレットに助けられてしまった。やっぱり話の分かるお姉さんで良かった。
コレットに促されるまま、冒険者ギルド入口近くに積んであった木箱に座る。
「いいえ、それより怪我はどう? 痛かったわよね、ごめんなさい、手加減できなくて……。今すぐ治すから待ってて」
コレットが杖をかざした瞬間、白い光が四堂悠太の全身を包んだ。
(もしかして……治癒魔法⁉)
ワナビ脳が歓喜しそうになって、慌ててブレーキをかけた。コレットとは会ったばかりで、まだ信頼を得ていない。あまり過剰に驚いたり怖がったりすると、相手の警戒心が戻ってしまうかもしれない。ここは感情を抑えて、お礼するだけにしておこう。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、コレットが少しだけ表情を緩めた。
あたたかい。じんわりと、内側から傷が塞がっていくのが分かる。さっきまで悲鳴を上げていた背中の痛みが、嘘みたいに消えていった。
(治癒魔法すご……)
感動というより、呆然とした。自分は今、本当に異世界にいるのだと——転生してから何度も実感しようとして、なかなかできなかったそれが、ようやく体の芯まで沁み込んできた気がした。
「あなたの疑いはとりあえず晴れたけど、まだ安全とは言えない。ここを離れましょう」
「は、はい」
四堂悠太はよろよろと立ち上がった。両足がちゃんと動く。痛みもゼロ。
この世界に来て初めて、生きてるって感じがした。
冒険者ギルドを出ながら、四堂悠太は何度か自分の手を開いたり閉じたりした。意味はない。ただそうしないと、この現実が夢じゃないと確かめる方法が思いつかなかった。
***
外の空気は、ギルドの緊張感とは無縁だった。
コレットと並んで石畳を歩きながら、四堂悠太はようやく周囲をちゃんと見渡せる気がした。転生直後は余裕がなかったし、ギルドでは命の心配をしていたし。
異世界の街並みを、落ち着いて観察するのはこれが初めてだ。
石造りの家々、馬車が立てる砂埃、露天に並ぶ見たことのない食べ物——。全部が全部、自分の書いてきた異世界そのものだった。
——そして。
見てしまった。
「あ……あれって……」
耳が尖がっている。髪が金、銀色に輝いている。肌が透き通るように白い。
「もしかして……エルフゥゥゥゥゥ⁉」
「えぇ、そうよ、エルフね。そんなに珍しい?」
「珍しいっていうか……、本物を見たの初めてで……‼」
コレットが目を丸くしたが、そんなことを気にしていられない。しかも一人じゃない。よく見ると、街のあちこちにエルフがいる。エルフだらけだ。
さらに視線を移すと、今度は獣の顔をした二足歩行の生き物が歩いているのが見えた。
「あれは‼ ケモノ? 獣人⁉ 迫力すっご‼」
「獣人族よ。でも、もう少し声を落として。目立ってるわ」
コレットにこっそり指摘されて、はっとした。
周囲の人々が引いた目で、こちらを見ている。何あいつ、という空気が漂っている。
(また、やってしまった……)
四堂悠太は慌てて目を伏せ、コレットとともに足早にその場を離れた。
「本当に異世界から来たのね。あなたのいた世界には、エルフも獣人族もいないの?」
「はい……。空想の中には、いくらでもいますけど」
思わず本音が出てしまって、口を押えた。コレットは特に追及せず、小さく息をついた。
「そう。じゃあ、この世界のことを少し話しておくわね」
少し間があった。
「この世界の名前は、レインボーランド」
「…………」
四堂悠太は、一瞬、足が止まりそうになった。
レインボーランド。
その名前は、四堂悠太が人生で一番愛したアニメ「魔法少女スターナイツ」に登場する世界の名前だ。妖精ねこニャンが暮らしていた、虹がかかる平和な異世界。
(まさか同じ世界……?)
四堂悠太は、慌てて周囲を見渡した。
アニメのレインボーランドには、地平線まで続く巨大な虹が、常にかかっている。お菓子でできた家がある。妖精たちが、いたることころに住んでいる。
しかし、どこを見渡しても、虹はない。お菓子の家もない。妖精もいない。
「レインボーランドがどうかしたの?」
コレットが怪訝そうに見ている。
「……いえ、なんでもないです」
(……偶然、名前が一致しただけだ。きっとそうだ)
でも、頭の隅にひっかかりが残った。偶然、という言葉が思ったより薄く感じた。—―なぜかは、うまく説明できなかった。
とりあえず、コレットの話を聞こうと思った。考えるのは、その後でいい。
「このレインボーランドには、人間・エルフ・獣人族の三種族が平和に暮らしていたの。でも三年前、異世界からやってきた侵略者が世界を壊し始めて……。世界の半分が奪われてしまった」
「その侵略者が、さっき言っていた魔王ですか?」
「えぇ。でも正体はほとんど分かっていなくて。大男だったという目撃情報もあれば、若い女の子だったという話もある。確かなのは、魔法攻撃をしてくるということだけ。目撃して、無事に帰ってきた人がほとんどいないから」
(目撃したら、無事に帰れないって……、魔王軍強すぎない⁉)
「そんな相手と戦って……、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないかもしれない、正直に言うと」
コレットは冷静に答えた。
「魔王になんて勝てないと諦めている人もたくさんいる。でも最近、一つ突破口が見えたの。魔王が使う魔法の正体が分かった。この世界に存在する五大精霊の眷属にない魔法——つまり、無属性の魔法なの。精霊の力を借りずに魔法を使える者は、この世界には誰もいない。でも魔王は使える。だから分かった。魔王は、どこか外界の世界から来た存在だって」
コレットはそこで、真っ直ぐ四堂悠太を見た。
「あなたも、同じでしょう?」
「え……」
「冒険者ギルドの魔法石が示した。あなたは、五大精霊の眷属にない魔法が使える。しかもその魔力は、石でも測れないほど膨大だと」
「ちょっと待ってください! 僕は生まれてから一度も魔法なんて使ったことがないんです!」
「今は使えないことは分かってる。でも魔法石の分析は絶対に正確なの。ということは、あなたは使い方を知らないだけで、無属性の魔法が使えるはずなのよ」
コレットの言葉が、頭の中でゆっくり展開していく。
無属性魔法が使える。魔力は測定不能なほど膨大。今使えないのは、使い方を知らないだけ。
(……これって、まさか)
【隠しスキル解放待ち状態】
察した。完全に察した。
異世界転生モノにおける最もオーソドックスなパターン、転生特典チート能力の覚醒待ちである。ここまでテンプレが揃うと、もはや清々しい。
「もしかしてコレットさんは、僕に魔王を倒して欲しいと思ってますか?」
コレットは少し意外そうに眉を上げた。それからゆっくりと、口の端がほころんだ。
「話が早くて助かるわ。……ちょうど着いたし、詳しい話は中でしましょう」
足を止めたコレットの前には、二階建ての木造建築があった。看板もなく、一見すると普通の民家にしか見えない。でも玄関の脇には、誰かが削り出したような小さな紋章が刻まれていた。
「ようこそ、私たちの本拠地へ」
コレットが扉に手をかけながら、四堂悠太を振り返った。
「シドウユウタ、あなたを仲間として歓迎するわ」
その言葉に、温度があった。
尋問のときの鋭さでも、治癒魔法のときの淡々とした謝罪でもない。もっと真っ直ぐな——本気の言葉だと、なぜか分かった。
四堂悠太は、小さく頷いた。
(……やっぱり、ここは物語じゃないな)
でも、それでいいかもしれない、と思い始めていた。




