第三話 砕けた魔法石
気を取り直して四堂悠太は、奥にある受付窓口を見た。
屈強な、いかにも冒険者だという見た目の男が、受付嬢と話している。受付の女性は、きっちりと結い上げた栗色の髪に、ギルドの紋章が入った制服姿だった。笑顔に一分の隙もなく、「この笑顔、絶対に研修で叩き込まれてる」と思った。
「なんかさ、簡単にできて報酬がいい依頼ない? できれば魔物討伐とかじゃなくて、薬草採取とか」
「簡単で報酬が良い依頼なんて、うちにはありませんよ。依頼は全て掲示板に張り出してありますので、そちらでお選びください」
つれない受付嬢の返事に肩を落とした男が、掲示板に去るのを見届けて、受付に近づいた。
(会話も日本語だ。……大丈夫、言葉は通じる)
意を決して前に進み出た。
「冒険者に向いてない人間でも、登録できますか?」
受付嬢が研修でマニュアルを仕込まれているなら、マニュアル外の質問をすれば、本音が出るかもしれない。だからあえて、直球な聞き方をしてみた。
「……え? あ、はい、もちろんできますよ」
受付嬢は予期せぬ質問だったのか、うろたえている。周辺の書類を慌てて漁って、一枚の紙を見つけ手渡してきた。
「この紙に必要事項を記入してください」
(良かった……。無事に登録できそうだ!)
これできっと、何か仕事にありつけて、ご飯の心配も宿の心配もしなくてよくなるだろう。そこまで上手くいかなくたって、とにかく第一歩を踏み出せた。
ワナビとして書いてきた物語の展開が、今、現実になっている。
(——さあ、異世界転生ライフ、始めるか)
渡された紙を見た。名前、職業、年齢、ここまでは書ける。戦闘タイプ欄で、少し手が止まった。
(ここで「なし」と書いたら、どう扱われる?)
ワナビとして書いてきた冒険者ギルドものを、頭の中で高速検索する。戦闘タイプ「なし」で登録した場合、多くの作品では雑用か情報収集に回されていた。逆に、「魔法・近接どちらも可」と書いてしまうと、実力不相応な依頼を振られて死ぬ。
一方、「補助・支援系」と書いた場合は——、ランクの高い冒険者パーティに組み込まれ、後方支援として守ってもらいながら、経験を積むルートが開ける。これまでに読んだ作品の中に、まさにそのパターンを描いた話があった。
(……使えるかもしれない)
四堂悠太は、戦闘タイプ欄に、「補助・支援系希望」と書いた。嘘ではない。戦えないのは本当だし、強い人の後ろにいたいのも本心だ。
必要事項をその場で書いて渡すと、受付嬢が少し表情を変えた。
「補助・支援系希望、ですか。戦闘職の方が多いので、珍しいですね。でも実は今、ランクの高い冒険者が、後進の指導役を探していることが多くて……。そちらの枠で登録すると、最初から経験者に帯同できますよ」
(……読み通りだ)
内心でガッツポーズをした。声には出さなかった。大人になったものだと思った。
受付嬢は必要事項の続きを読んで、
「ところで、シドウユウタさん。一八歳、ご職業は学生ですか……。先ほど、冒険者ではないとおっしゃっていましたね?」
と質問してきた。
「はい。冒険も、戦闘もしたことないんです」
お前何で来たんだ、と言われるかと思いきや、受付嬢はにっこり微笑んだ。
「大丈夫ですよ。こんなご時世ですから、冒険者になりたいという方の勇気を尊敬します」
(……こんなご時世?)
その一言が引っ掛かった。
ここまで歩いて来る間、何の危険もなかった。魔物が暴れていたり、暴漢が街を襲ってたりなんてこともなく。強いて言えば、さっきちらっと見た、掲示板の内容が怖かったくらいで。
平和そうに見えるこの世界に、何か不穏な事情があるのか。常に冒険者が人材不足で、素人でも大歓迎な理由は……。
(もしかして、めちゃくちゃブラックなんじゃ……?)
現実世界のブラック企業が頭をよぎった。過酷過ぎてすぐ辞める、だから常に人手不足、だから未経験でも大歓迎——。
——冒険者、やばいかもしれない。
(冒険者の平均寿命、聞いてみようか……。いや、怖くて聞けない)
ラノベ研究のために読んだ、とある異世界ものの一節が脳裏によぎった。「冒険者は使い捨て」「Fランクの生存率は三割」——自分で書いたわけじゃないけど、そういう設定が存在することは知っている。
(なんで僕は、ここに自分から登録しようとしているんだ……?)
今からでも逃げられる。でも、お腹は減っている。やってみるしかない。
内心で盛大に震え上りながらも、聞いてみた。
「あ……あの、冒険者ってそんなに危険なんですか? 僕なんかにできるかな……?」
「大丈夫ですよ。最初は簡単な依頼からお願いいたしますし、慣れるまでランクの高い冒険者がフォローに回りますから。それに、まずは依頼をこなすよりも適性検査を受けていただくことになります」
「適性検査というのは、どういうものですか?」
「十項目の基本ステータスを、魔法石で測定します。検査結果をもとに、冒険者としての適性や役割を判定します」
【ステータス検査項目一覧】
・体力/魔力/力/素早さ/生命力/防御力/知力/器用さ/運/精神力
(まさに異世界RPGのステータスだ……)
「魔法石に手をかざすだけの簡単な検査で、数分で終わります。ただし、冒険者に向いていない場合は、戦闘ではなく、裏方として活動していただくこともあります」
受付嬢の説明を聞いて、四堂悠太は唸った。ステータスを知る手段は、ウィンドウでも天の声でもなく、受付嬢に測定してもらうパターンだった。
(パターンⒶとパターンⒷのことしか思い浮かばず、パターンⒸのことを完全に忘れるなんて、ワナビ失格じゃないか……)
「……どうかされましたか?」
「あ、い、いえっ。……なるほど、向いていない人が、強い魔物と戦わされることはないんですね。じゃあお願いします」
それなら安全だ、と思いながら、受付嬢が準備するのを待っていた。
少しして、受付嬢が奥から黒光りする大きな石を抱えて戻ってきた。魔法石だ。見た目はその辺に転がっていそうな石と大差ないが、受付嬢がとても大事そうに扱っているので、相当な貴重品なのだろう。
「では、手をかざしてください」
四堂悠太は、ゆっくり深呼吸した。緊張した状態で測定すると、数値が下がる設定の作品があったと思い出したからだ。それから、恐る恐る手をかざした。
魔法石が鈍い光を放つ。
受付嬢は、真剣な表情で分析しながら、やがて言いにくそうに口を開いた。
「体力、魔力、力、素早さ……、どの項目も、平均以下です。これといった特徴は……なさそうですね」
(平均以下⁉ ボーナスどこ行った‼)
異世界転生したら、チート能力が授与されるのが定石ではないのか。最弱スタートから無双するパターンでも、最初から意味深な「隠しスキル」くらいあるはずではないのか。
(……まぁいい。普通なら絶望するところだけど、七年間落選通知を受け続けた僕に、この程度のダメージなんて効かないね)
四堂悠太は、落ち着いていた。その様子を見て、受付嬢は驚き、感心すらしているようだった。
——その時だった。
鈍く光っていた魔法石が、突如として眩しいほどの光を放ち始めた。受付嬢の顔にも動揺が走った。
「これは……っ、何かの魔法⁉ どの精霊の眷属でもない魔法……。一体どういうこと⁉」
受付嬢が腕で目を覆いながら、必死に分析を続けている、その驚きようは尋常ではない。次の瞬間——。
ガシャアアアンッ‼
凄まじい音と共に、魔法石が粉々に砕け散った。
周囲の人々が、一斉に駆け寄ってくる。
「魔法石が砕けた⁉ なぜだ⁉」
「分析不能……だったのだと思われます」
受付嬢の顔が青白くなっている。
「あなた……何者ですか⁉ 五大精霊の眷属にない魔法……、無属性の魔法が使えるなんて……、まさか魔王軍の幹部⁉」
その一言で、冒険者ギルドの空気が一変した。
「魔王軍の幹部だと⁉」
「あの弱そうな兄ちゃんが、一人でギルドを襲撃しにきたのか?」
「油断するな! 無属性の魔法が使えるんだぞ!」
(弱そうな兄ちゃん……)
魔王軍の幹部扱いより、そっちの方がちょっとだけ傷ついた。
見回すと、数十人の冒険者たちが遠巻きに取り囲んでいる。全員、自分より体格がいい。自分より装備がいい。自分より目つきが怖い。
(これが現実の冒険者か……。小説で書いてた冒険者、みんなもっとフレンドリーだったんだけどな)
彼らの表情には、恐怖と怒りが滲んでいて、いつ攻撃してきてもおかしくない空気が漂っている。
(え、ちょっと待って……。話が早すぎない?)
冷や汗をかきながら、思った。転生して一時間も経ってないのに、魔王軍の幹部扱いをされているとは。異世界転生、出だしから波乱過ぎる。
(落ち着け、落ち着け……。まず弁明だ)
冷静に考えようとしたら、別のことが気になってしまった。
精霊の眷属。魔王軍の幹部。無属性魔法。
——この世界、用語が最高すぎる。
(日常会話に、こういう単語が飛び交う世界……。なんて幸せな……)
気付いたら、口の端がにやついていた。
「おい、あいつ、なんか笑ってるぞ……」
「魔王軍なんだ! 俺たち人間を殺すことを喜んでるんだ‼」
(違います‼ そういう意味じゃない‼)
ワナビ脳が、最悪のタイミングで発動してしまった。誤解が加速している。
「待ってください! 僕は魔王軍の幹部じゃありません‼」
「じゃあ何者なんだ!」
「えっと……冒険者になりたくて、今さっきステータスを測ってもらって……」
「冒険者でもない素人が、無属性魔法なんて使えるわけがない! そんな嘘に騙されると思うか‼」
四堂悠太の釈明は、人々の怒りをさらに増幅させるだけだった。
(あ……これ、終わったな)
異世界詰んだ。
転生一日目にして、詰んでしまった。解決策が何も思いつかない。脱出方法がない。チート能力の使い方も分からない。
(こんなあっけなく終わるのか、僕の異世界ライフ……)
走馬灯のように頭をよぎる、七年間の落選通知の山。あれだけ苦労して転生したのに、この世界にいられるのは、ほんの数時間だったとは。
(でも待てよ……。転生一日目で本当に詰んだら、話が終わる。ということは、ここで誰かかが助けにくる展開のはず……)
ワナビ脳で考えだしたその時だった。
「みんな、少し下がって!」
良く通る、落ち着いた女性の声が響いた。
冒険者たちが、自然と後ずさる。それほど威圧感のある声だった。
声の方を見ると、人垣をかき分けて一人の女性が近づいてくる。眼鏡をかけ、茶色の髪を後ろで一つに束ねている。二十歳そこそこだろうが、仕事ができそうな落ち着いた雰囲気のせいで、実年齢より大人びて見えた。
(あ、やっぱり助けに来てくれた‼)
彼女は真っ直ぐ近づきながら、眼鏡の奥から四堂悠太を凝視して言った。
「五大精霊の眷属じゃない魔法が使える人は、この世界には存在しない。世界の長い歴史を遡っても、一人も存在しない。異世界から来た魔王たちを除いては。……ということは、あなたも異世界から来たの?」
(いきなり異世界から来たってバレたし‼)
この世界に馴染むまでは、なるべく知られないようにと思っていたのに、即バレた。
(……ていうか本音を言うと、実は異世界から転生してきましたって打ち明けるのは、結構な見せ場なんだよ。もうちょっと隠していきたかったのに、こんなに早く身バレするってどうなの?)
内心激しく動揺した。だが、今心配すべきは、見せ場がどうのとかじゃない。自分の命だ。
出自を瞬間的に見抜いたってことは、賢い人ってことだ。
(……それなら、話が通じるかもしれない)
四堂悠太は、正直に打ち明ける決意をした。
「僕には何も分からないので、正直に話します。前の世界で死んで、気付いたらこの世界にいました。でも魔王なんて知らないし、幹部だなんて、誤解です。魔法だって、生まれて一度も使ったことがありません!」
「そう、教えてくれてありがとう。でも、本当は使えるのに、この場を切り抜けるために嘘をついてるかもしれない。嘘をついてないって、照明できる?」
眼鏡の女性に言われて、それもそうかと納得した。魔王軍の幹部だったら、嘘ぐらい平気でつくだろう。この場で自分が魔法を使えない証明をしないと……。必死で考えた。
焦っているせいで、特にいいアイデアも思いつかないまま、時間だけがすぎていく。
彼女はしばらく待って、にっこり笑った。
「そう言えば、名前を聞いていなかったわね。私はコレットと言うの。よろしくね」
笑顔だったけど、目が真剣だった。何か考えがあるようにもみえる。
(……なんか、この人、妙だな)
嬉しそうでも、安心した様子でもない。まるで、まだ何かを確かめようとしているみたいな——。
「四堂悠太と言います。こちらこそよろし……」
考えながら喋った瞬間だった。
「シドウユウタ、初めまして……。そしてさようなら」
ドゴッ‼
頭上に出現した緑の光が、矢のように飛んできた。
それに当たって、四堂悠太は吹き飛んだ。冒険者の壁まで、盛大に。
背中を強打して、全身に痛みが走る。
(な、何で……?)
話が通じたと思ったのに、全然通じてなかった。
さらに緑色の光が形を変え、壁に両手足を縫い付けるように拘束した。びくともしない。完全に身動きが取れない。
(こういう場面、小説で書いたことある)
主人公が敵の魔法使いに捕まって、壁に拘束されるシーン。あのとき主人公は、気合いで魔法を跳ね返して脱出した。
(……僕には無理だな)
即座に諦めた。
コレットは怖いほど落ち着いた歩みで近づいてきて、腰の短剣をゆっくり抜いた。
(やばい、殺される……!)
目をつぶった瞬間、硬いものに刃が突き刺さる音がした。
——痛くない。
恐る恐る目を開けると、短剣は四堂悠太の顔から三センチ横、壁に深々と突き刺さっていた。
「本当に魔法が使えないのね」
コレットが静かに言った。
「……僕は試されていたんですか?」
「ごめんなさい。でも、魔法が使えないと証明できなければ、みんなに信じてもらえないから」
コレットが拘束を解いてくれた。四堂悠太は、ずるずると床に崩れ落ちた。
背中はまだ痛い。でも、生きている。それだけで、もう十分だった。
コレットは受付嬢に向かって言った。
「ソフィ、この人の身柄を預からせてもらえる? 壊れた魔法石は、早急に新しいものを手配してこちらに送るから」
「はい、全てコレット副隊長にお任せします」
周囲の冒険者たちも、コレットの言葉を聞いて、「副隊長が言うなら仕方ない」という空気になって散っていった。
副隊長。何かすごい肩書だ。
「一つだけ聞いてもいいですか。さっき受付の人が、『こんなご時世』って言ってたんですけど……、何かこの世界で起きてるんですか?」
コレットは少し足を止めた。
「……魔王軍が、各地で人を石化させている。ここ数年で、数千人。冒険者の数が、追いつかなくなってきているの」
「数千人……」
掲示板の依頼を思い出した。石化された人たちを元に戻してほしい、手段は問わない。——あれは、そういうことだったのか。
「詳しい話は、場所を変えてから。行きましょう、シドウユウタ。ここに長居しない方がいい。あなたに話があるの」
コレットが差し出してくれた手を握って、四堂悠太はよろよろと立ち上がった。
転生一日目。無一文。チート能力の使い方は不明。魔王軍の幹部に間違われかけた。




