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第三話 砕けた魔法石

 気を取り直して四堂悠太は、奥にある受付窓口を見た。

 屈強な、いかにも冒険者だという見た目の男が、受付嬢と話している。受付の女性は、きっちりと結い上げた栗色の髪に、ギルドの紋章が入った制服姿だった。


「なんかさ、簡単にできて報酬がいい依頼ない? できれば魔物討伐とかじゃなくて、薬草採取とか」


「簡単で報酬が良い依頼なんて、うちにはありませんよ。依頼は全て掲示板に張り出してありますので、そちらでお選びください」


 肩を落とした男が、掲示板へ向かう。


(会話も日本語だ。……大丈夫、言葉は通じる)


 意を決して受付へ進み出た。


「冒険者に向いてない人間でも、登録できますか?」

「……え? あ、はい、もちろんできますよ」


 受付嬢は少し驚いたようだったが、すぐに一枚の紙を差し出した。


「こちらに必要事項を記入してください」

(良かった……。無事に登録できそうだ!)


 これで仕事にありつければ、ご飯と宿の心配くらいは何とかなるかもしれない。

 ワナビとして何度も書いてきた展開が、今、現実になっている。


(——さあ、異世界転生ライフ、始めるか)


 名前、年齢、職業と、書けるところを埋めて受付嬢に渡す。

 受付嬢は紙に目を通して、


「シドウユウタさん。一八歳、ご職業は学生……。先ほど、冒険者ではないとおっしゃっていましたね?」

「はい。冒険も、戦闘もしたことないんです」


 お前何で来たんだ、と言われるかと思いきや、受付嬢はにっこり微笑んだ。


「大丈夫ですよ。こんなご時世ですから、冒険者になりたいという方の勇気を尊敬します」


(……こんなご時世?)


 その一言が引っ掛かった。


 ここまで歩いてきた限りでは平和そうな世界だった。ただ、さっき見た掲示板には、石にされた人を戻して欲しいという妙な依頼があった。

 平和そうに見えるこの世界に、何か不穏な事情があるのか。常に冒険者が人材不足で、素人でも大歓迎な理由は……。


(もしかして、めちゃくちゃブラックなんじゃ……?)


 現実世界のブラック企業が頭をよぎった。過酷過ぎてすぐ辞める、だから常に人手不足、だから未経験でも大歓迎——。


 ——冒険者、やばいかもしれない。


「あ……あの、冒険者ってそんなに危険なんですか? 僕なんかにできるかな……?」


「大丈夫ですよ。最初は簡単な依頼からお願いいたしますし、まずは依頼をこなすよりも適性検査を受けていただくことになります。魔法石に手をかざしてください。冒険者としての能力と、使用できる魔法を調べます」

「分かりました」


 少しして、受付嬢が奥から黒光りする大きな石を抱えて戻ってきた。


「では、こちらへ」


 四堂悠太は、ゆっくり深呼吸した。

 緊張した状態で測定すると、数値が下がる設定の作品があったと思い出したからだ。それから、恐る恐る手をかざした。


 魔法石が鈍い光を放つ。

 受付嬢は真剣な表情で分析しながら、やがて言いにくそうに口を開いた。


「体力、魔力、力、素早さ……どの項目も、平均以下です。これといった特徴も……なさそうですね」


(平均以下⁉ ボーナスどこ行った‼)


 異世界転生したら、チート能力が授与されるのが定石ではないのか。最弱スタートから無双するパターンだって、最初から意味深な「隠しスキル」くらいある。


(……まぁいい。普通なら絶望するところだけど、七年間落選通知を受け続けた僕に、この程度のダメージなんて効かないね)


 四堂悠太は、落ち着いていた。

 ——その時だった。

 鈍く光っていた魔法石が、突如として眩しいほどの光を放ち始めた。


「これは……っ、何かの魔法⁉ 五大精霊の眷属なら、必ずどれかの属性を示すはずなのに……。一体どういうこと⁉」


 受付嬢の顔に動揺が走る。

 次の瞬間——。

 ガシャアアアンッ‼

 凄まじい音と共に、魔法石が粉々に砕け散った。


「魔法石が砕けた⁉ なぜだ⁉」

「分析不能……だったのだと思われます」


 受付嬢の顔が青白くなっている。


「あなた……何者ですか⁉ 五大精霊のどの眷属にも属さない、無属性の魔法が使えるなんて……まさか、魔王軍の幹部⁉」


 その一言で、冒険者ギルドの空気が一変した。


「魔王軍の幹部だと⁉」

「あの弱そうな兄ちゃんが、一人でギルドを襲撃しにきたのか?」

「油断するな! 無属性の魔法が使えるんだぞ!」


(弱そうな兄ちゃん……)


 魔王軍の幹部扱いより、そっちの方がちょっとだけ傷ついた。

 見回すと、冒険者たちが遠巻きに自分を取り囲んでいる。

 彼らの表情には、恐怖と怒りが滲んでいて、いつ攻撃してきてもおかしくない空気が漂っている。


(え、ちょっと待って……。話が早すぎない?)


 冷や汗をかきながら、思った。転生して一時間も経ってないのに、魔王軍の幹部扱いをされているとは。異世界転生、出だしから波乱過ぎる。


(落ち着け、落ち着け……。まず弁明だ)


 そう思ったのに、耳に飛び込んできた言葉が気になった。


 精霊の眷属。魔王軍の幹部。無属性魔法。

 ——この世界、用語が最高すぎる。


(日常会話に、こういう単語が飛び交う世界……。なんて幸せな……)


 気付けば、口の端がにやついていた。


「おい、あいつ……笑ってるぞ」

「魔王軍なんだ! 俺たち人間を殺すことを喜んでるんだ‼」


(違います‼ そういう意味じゃない‼)


 ワナビ脳が、最悪のタイミングで発動してしまった。誤解が加速している。


「待ってください! 僕は魔王軍の幹部じゃありません‼」

「じゃあ何者なんだ!」

「えっと……冒険者になりたくて、今さっきステータスを測ってもらって……」

「冒険者でもない素人が、無属性魔法なんて使えるわけがない! そんな嘘に騙されると思うか‼」


 四堂悠太の釈明は、むしろ人々の怒りを増幅させた。


(あ……これ、終わったな)


 異世界詰んだ。

 転生一日目にして、詰んでしまった。

 脱出方法がない。チート能力の使い方も分からない。


(でも待てよ……。転生一日目で本当に詰んだら、話が終わる。ということは——)


 ここで誰かが助けに来る。物語なら、そういう展開のはずだ。

 そう考えだした時だった。


「みんな、少し下がって!」


 よく通る、落ち着いた女性の声が響いた。

 冒険者たちが、自然と後ずさる。

 人垣をかき分け、一人の女性が近づいてきた。眼鏡をかけ、茶色の髪を後ろで一つに束ねている。二十歳そこそこだろうか。仕事ができそうな、落ち着いた雰囲気の女性だった。


(ほら、やっぱり助けに来てくれた‼)


 彼女は眼鏡の奥から四堂悠太を凝視した。


「五大精霊のどの眷属にも属さずに、魔法を使える人は、この世界には存在しない。長い歴史を遡っても——異世界から来た魔王たちを除いては……ということは、あなたも異世界から来たの?」


(異世界から来たって、すぐバレたし‼)


 この世界に馴染むまでは、なるべく知られないようにと思っていたのに、即バレた。


 だが今は、そんなことを気にしている場合じゃない。

 出自を瞬間的に見抜いたってことは、賢い人ってことだ。


(……それなら、話が通じるかもしれない)


 四堂悠太は、正直に打ち明けることにした。


「僕には何も分からないので、正直に話します。前の世界で死んで、気付いたらこの世界にいました。でも魔王なんて知らないし、幹部だなんて、誤解です。魔法だって、生まれて一度も使ったことがありません!」

「そう、教えてくれてありがとう。でも、本当は使えるのに、この場を切り抜けるために嘘をついてるかもしれない。嘘をついてないって、証明できる?」

「えっ」


 言われてみれば、その通りだった。魔王軍の幹部なら、嘘くらい平気でつくだろう。


(どうすれば魔法を使えないことを証明できる?)


 必死に考えたが、何も思いつかない。

 彼女はしばらく待ってから、にっこり笑った。


「そう言えば、名前を聞いていなかったわね。私はコレット。よろしくね」


 笑顔なのに、目が真剣だった。


(……なんか、この人、妙だな)


 安心した様子がない。まだ何かを確かめようとしているような——。


「四堂悠太と言います。こちらこそよろし……」

「シドウユウタ、初めまして……。そして、さようなら」

「え?」


 ドゴッ‼

 頭上に出現した緑の光が、矢のように飛んできた。

 直撃した四堂悠太は、盛大に吹き飛ばされた。


「ぐっ……」


 背中を壁に強打する。


(な、何で……?)


 話が通じたと思ったのに、全然通じてなかった。

 さらに緑色の光が形を変え、壁に両手足を縫い付けるように拘束した。びくともしない。完全に身動きが取れない。


(こういう場面、小説で書いたことがある)


 主人公が敵の魔法使いに捕まり、壁に縫い付けられるシーン。あのとき主人公は、気合いで魔法を跳ね返して脱出した。


(……僕には無理だな)


 即座に諦めた。


 コレットは怖いほど落ち着いた歩みで近づいてくる。そして腰の短剣を抜いた。


(やばい、殺される……!)


 四堂悠太は目をつぶった。直後、硬いものに刃が突き刺さる音がした。

 ——痛くない。


 恐る恐る目を開ける。短剣は四堂悠太の顔からわずか数センチ横、壁に深々と突き刺さっていた。


「少なくとも、とっさに魔法を使えるわけではないようね」

「……僕は試されていたんですか?」

「ごめんなさい。でも、あなたが魔法を使いこなせないと分からなければ、みんなを納得させられなかったから」


 コレットが拘束を解く。四堂悠太は、ずるずると床に崩れ落ちた。

 背中は痛い。でも、生きている。それだけで、もう十分だった。


「ソフィ、この人の身柄を預からせてもらえる? 壊れた魔法石の代わりは、早急に手配してこちらへ送るから」

「はい、全てコレット副隊長にお任せします」


 周囲の冒険者たちも、コレットの言葉を聞いて散っていった。


(副隊長……。何かすごい肩書だ)


 四堂悠太は痛む背中をさすりながら、一つ気になっていたことを思い出した。


「あの、一つだけ聞いてもいいですか?」

「何?」

「さっき受付の人が、『こんなご時世』って言ってたんですけど……、何かこの世界で起きてるんですか?」


 コレットは少し足を止めた。


「……魔王軍が、各地の人々を石にしているの。今も元に戻せないままの人が、大勢いるわ」


 掲示板にあった依頼を思い出した。

 石化された人たちを元に戻してほしい、手段は問わない。——あれは、そういうことだったのか。


「詳しい話は、場所を変えてから。行きましょう、シドウユウタ。ここに長居しない方がいい。あなたに話があるの」


 コレットが手を差し出す。その手を握って、四堂悠太はよろよろと立ち上がった。


 転生一日目。

 無一文。

 チート能力の使い方は不明。

 おまけに、魔王軍の幹部に間違われかけた。

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