第七十八話 届かなくなった御声——三幹部の結論
黒い城の一室で、三人の幹部は向かい合っていた。
窓の外には、月明かりも届かない深い闇が広がっている。この城が、本来どこの空の下に建っているのか、ストームはもう長らく意識したことがなかった。
「一つ、確認しておきたいことがあります」
ストームが、静かに切り出した。ブリザードとサンダーが、それぞれ視線を向ける。
「浄化の技を受けた際、何か、感じるものはありませんでしたか」
「……感じるもの、とは」
ブリザードが、僅かに眉を寄せた。ストームは、少しの間を置いてから続けた。
「ブリザードは、東雲柚月とやらに敗れた時のことを、思い出してください。……あの時貴方は、確か『美しくない』と言ってその場を去った」
「それが、何だと言うんだい?」
「あの敗北の時、貴方はまだ余裕を持っていた。ですが、二度目——ニックとやらに敗れた際は、違ったはずです。あの浄化の光を受けた後、貴方は何を見ましたか」
ブリザードは、しばらく答えなかった。やがてゆっくりと、口を開く。
「……古い記憶さ。ダークキング様の御命令で、初めてレインボーランドへ侵略に出た、あの日のことをね」
「記憶……?」
「あの世界には、妖精のような、小さき者たちが住んでいたよ。虹がかかって、お菓子でできた家が、あちこちに建っていてね。……美しくはあったけど、あまりに脆くて、私たちの一撃で、あっけなく崩れてしまった」
ブリザードは、そこで一度言葉を切った。
「だけど——今、私たちが侵略しているこのレインボーランドには、人間も、エルフも、獣人も住んでいる。妖精の姿なんて、一度も見ていないんだよねぇ」
「……それは」
「同じ名前を持つだけの、別の世界なんじゃないかって、今更ながら疑い始めているのさ」
ストームはその言葉を、静かに内側で反芻した。
(……やはり)
「サンダー。貴方は」
ストームが問いを向けると、サンダーは腕を組んだまま、しばらく唸った。
「わしは正直、そういう込み入った話は、得手ではない。だが……。もし、ブリザードの言う通りだとすれば、話は単純だ」
「単純……とは」
「今すぐ侵略などやめて、ダークキング様の本来の御命令に、従うべきだろう。違う世界を滅ぼしたところで、何の意味もない」
その言葉に、ストームは小さく頷いた。
「私も、同意見です。……そしてこれは、私自身の疑問とも繋がっています」
「疑問、だと」
「以前より水晶玉を通じ、ダークキング様の御声を伺うことが、できておりました。宇宙という、遥かな距離を隔ててなお、御声は確かに届いていた」
ストームは懐から、小さな水晶玉を取り出した。表面は曇ったまま、何の光も宿していない。
「ですが今は、何も聞こえません。……距離の問題ではないはずです。宇宙という隔たりがあってなお届いていた御声が、なぜ今になって完全に途絶えたのか」
「……まさか」
「はい。恐らく——私たちは、ダークキング様の本来おられる世界から、切り離されているのです。何らかの原因で、私たち三人だけが、このレインボーランドへ迷い込んでしまった。ダークキング様は今も、本来の世界におられるはずです」
沈黙が、部屋を満たした。
「それであれば、辻褄が合います。……ブリザードの記憶にあるレインボーランドと、今、私たちがいるこのレインボーランドが、まるで異なる世界であること。そして、御声が届かなくなったこと。……全てが、同じ一つの答えを示しています」
ストームはそこまで言うと、ふと自分の中で、長らく凝っていた違和感が静かに溶けていくのを感じた。
(……そうか)
「道理で」
ストームは独り言のように、言葉を続けた。
「このレインボーランドを、積極的に侵略する気になれなかった理由も、これで説明がつきます。途中から、自ら出撃することもなく、呼び出したクライナー任せにしてしまっていました。……ダークキング様の御命令ではなかったからです」
「なるほどね」
ブリザードが、頷いた。
「私も何故か、このレインボーランドを侵略する気になれなかったんだよねぇ。……そういうことか」
「わしもだ」
その二人のやり取りを聞いて、ストームは僅かに口を開いた。
「——一つ、申し上げておきますが」
「何だ」
「あなた方は、前々からダークキング様の御命令より、ご自身のやりたいことを優先しておられました。……私の意見に乗じて、これまでの行いを正当化なさらないでいただきたいのですが」
「……」
「……」
ブリザードもサンダーも、決まり悪そうな沈黙を返した。その後サンダーが、腕を組んだまま続けた。
「まぁ、そんなことはともかくだ。実を言うとな、わしは、もう薄々気づいておった。ストームの言う通り、水晶玉からの命令は、とんと届いておらんし……。それに、あの四堂悠太から聞いた話だが、ストームもダークキング様の居場所を答えられずに、何も言わず消えていったそうだな」
「……‼ なぜ、それを黙っていたのですか」
ストームが、普段より少し声のトーンを上げた。
「黙っておったわけではない。……ただ、確信が持てんかっただけだ。ブリザードの話と、ストーム……お前の話と……。バラバラに聞いておった時は、ただの偶然かとも思っておった。だが、こうして三人分揃えて聞くと……。もう、疑いようがないな」
ストームは、話を切り替えるように続けた。
「これから私たちのすべきことは、決まりました。一刻も早く、ダークキング様のおられる世界へ戻ること。……そのためには、あの四堂悠太という者が鍵になりそうです」
「鍵……というのは」
「初めて出会った、冒険者ギルドでのあの時から、あの者には何かがあると感じていました。……その後私自身、二度、彼と戦うことになりました。一度は、赤く巨大な消防車が、突如として空から出現し、それを駆る者が、瞬く間にクライナーを討ち果たしてみせました。そしてもう一度は、十二天将を操る、退魔の巫女を名乗る者と対峙しました。あれほど精緻な連携戦術は、私自身、未だかつて見たことがありません。……これらの現象は決して、この世界の常識では説明がつきません」
ストームは、静かに拳を握った。
「四堂悠太が最初に召喚した、光速の剣を操る少女——東雲柚月、という名でした。あの日、彼女がクライナーを一撃で消滅させたのを、私は遠目に見ていました。……あの太刀筋、そして消滅の速さは、明らかにこの世界の理から外れていました。貴方が戦った勇者の剣もまた、同じ異質さを持っていたはずです。全ての事象が、同じ一つの答えを示しています」
「……そう、だね」
ブリザードが、遠い記憶を辿るように目を細めた。
「意味は分からなくても、あの者たちの説明のつかない強さ……あれも、この世界の異質さを示す、手がかりの一つだったのかもね」
「そしてサンダー。貴方が語った、ドレス姿の少女が、不可解な力でクライナーを瞬く間に浄化してみせたという話。どれもこの世界の理から、明らかに外れています。それらの事象に加えて、先ほどのサンダーの話を聞いて、確信に変わりました。私たちがこの世界に来た経緯にも、あの者が、何らかの形で関わっている可能性があります」
三人の間に、束の間の沈黙が落ちた。
窓の外では、月明かりの届かない闇が、変わらず城を覆っている。だがストームの目には、その闇の奥に、微かな光の在り処が見えている気がした。
「近いうちに彼らはこの城を探し当て、やって来るでしょう。……その時に、情報交換を持ちかけます。こちらの持つ情報を全て差し出し、四堂悠太の知っていること全てを聞き出すつもりです。そうすれば、いくつかは答え合わせができるはずです」
「答え合わせ、か。……悪くはないけど、随分と受け身な話だね」
ブリザードは、窓の外に視線を移した。
「向こうが来るのをただ待つだけというのは、美しくない。せめてこちらからも、差し出せるものを増やしておくべきじゃないかな。そうすれば情報交換で優位に立てるし、相手からの情報も引き出しやすくなると思うけど?」
「同感だ」
サンダーが組んでいた腕をほどき、机に片手をついた。
「待っているだけというのは、性に合わん。何か、こちらにできることはないのか」
「それなら、お二人とも調査に協力していただけますか。……ちょうど、確かめておきたいことがあるのです」
「調査ねぇ……華もなくて地味な仕事だ。こそこそ裏で動き回るのも美しくないけど……。まぁ、自分で言い出したことだし、仕方ないね」
「うむ、何を調べればいいのだ?」
「この世界には、私たちが呼び出したクライナーが、力任せに暴れて壊したのではない、破壊の痕があります」
「何だと?」
サンダーが、片眉を上げた。
「少し調べてみたところ、何らかの魔法攻撃の痕とみられました。それを、もう少し詳しく調べてみたいのです。……もしかすると、私が見つけたもの以外にも、あるかもしれません。手分けをして探し出し、何者が、どうやって壊したのか。それを、調査したいのです」




