第七十七話 サンダーが見た空、ダークキングの正体
二人が街へと戻った頃には、既に日が暮れかけていた。宿の一室では、ルティナとリデルが、二人の帰りを待っていた。
「お帰りなさい、シドーさん、アレクシアさん」
「二人とも、無事で何よりじゃ」
ルティナとリデルが、ほっとしたように迎える。
「そっちは、どうだった?」
四堂悠太が尋ねると、ルティナは少し申し訳なさそうに、首を振った。
「正直なところ、あまり有益な情報は得られませんでした。……皆さん、あの城について、口を閉ざしてしまわれるので」
「一日中歩き回ったのじゃがなぁ。結局、あの中年男性が話してくれた以上のことは、何一つ分からなんだ」
リデルが、疲れたように肩を落とした。
「そっちは、どうだったのじゃ? Ⓐルートは」
「問題なく使える。道中、崩れかけた箇所は何箇所かあったが、迂回すれば十分に通れる。魔物にも遭遇したが……」
アレクシアはそこで、ちらりと四堂悠太を見た。
「問題なく、片付けた」
「アレクシア、すごかったんだよ。三体のボアタスクを一人で、しかも無傷で……」
四堂悠太が興奮気味にそう言うと、リデルは特に驚く様子もなくただ頷いた。
「うむ。三体のボアタスクなら、我らにとって造作もない相手じゃ」
リデルはそう言いながら、ふと、アレクシアの顔を見つめた。
「……じゃが、アレクシア。その顔つき、いつもと少し違うのぅ」
「……気のせいだ」
アレクシアは、そっぽを向いた。リデルはそれ以上、深くは追及しなかった。ただ、その口元に浮かんだ笑みは、どこか、居心地悪そうな色も混じっているように見えた。
(リデル、何か気づいてる……? でも、あんまり突っ込む感じでもないな)
四堂悠太には、リデルが何を察したのか、よく分からなかった。ただ二人の間に、自分には分からない、何か特別な空気が流れているような気がして、少しだけ落ち着かない気持ちになった。
ふと見るとルティナも、二人のやり取りを黙って眺めていた。いつもの穏やかな微笑みを浮かべたままだったが、その目には二人を微笑ましく思う色と、ほんの少しだけ何かに気づいてしまったような複雑な色が、同時に浮かんでいるように見えた。
「そういえば、最強の魔物レッドドラゴンも、あっさり倒してたもんね……」
「当然じゃ。我らを誰だと思っておる」
三人の桁外れの強さを、四堂悠太は改めて思い知った。
「では明日、いよいよ四人で北の城へ向かいます」
ルティナが卓上に地図を改めて広げながら、そう言った。
「Ⓐルートを使えば、半日ほどで到着できるはずです。……ただ、一つ懸念があります」
「懸念、じゃと?」
「シドーさんの予測通り、三幹部全員、ダークキングの居場所が分からなくなってきたとしたら……恐らくダークキングは、この城にはいません」
「な、なぜじゃ……⁉ 魔王軍の本拠地なのじゃろう?」
「もし同じ城に住んでいるなら、三幹部が、『居場所が分からなくなってきた』というのは不自然です。顔を合わせる機会なんて、いくらでもあるはずですから。……それなのに誰も分からないということは、ダークキングはこの城とは別のどこかにいる、と考える方が筋が通ります」
「なるほどのぅ……」
「もちろん、私の推測に過ぎません。ですが、可能性としてお伝えしておこうと思いました」
「あの……もしかして僕、ダークキングの居場所……知ってるかもしれない」
三人が、一斉に四堂悠太を見た。
ずっと、引っかかっていたことがあった。リデルと戦った後、サンダーが「参った」と言った、あの瞬間の目だ。「参ったというなら、ダークキングの居場所を教えてくれ」とリデルが言った時、サンダーは空の一点を、何とも言えない目で見つめ続けていた。
(どうして、あんな目をしたんだろう……)
あの時は、うまく言葉にできなかった。でも今こうして地図を前に、ダークキングの居場所について話しているうちに、あの目の意味がようやく像を結んでいく。
——ダークキングの居場所を聞かれて、サンダーは空を見上げた。
(地面でも、この城の方角でもなく……空、か)
そこで四堂悠太は、あることを思い出した。
「魔法少女スターナイツ」のラスボスであるダークキングは、長い間、戦闘を幹部に任せきりだった。だが、一向に成果をあげない幹部たちに業を煮やし、「もういい。私が行く!」と言って、突如、自ら出撃してくる——そういう男だった。
四堂悠太が熱心に見ていたのは、スターエレメントや仲間の魔法少女たちだ。ほぼ最後にしか出てこないダークキングが、それまでどこで何をしていたかなんて、正直、あまり気にしたこともなかった。
(でも、サンダーのあの目……。あれは、地上のどこかを見ていた目じゃなかった。もっと、遠くを——)
「もし僕の知っている物語の通りなら、ダークキングは宇宙にいる。えっと……つまり、ダークキングは、宇宙人なんだ。……でも」
四堂悠太はそこで、言葉を止めた。
自分で言っておきながら、突拍子もないことを口にしている自覚はあった。だが、本当のことだから仕方ない。
「前に、サンダーが言ってたのを思い出したんだ。ダークキングに、この世界に来てから直接会ったことは一度もないって。命令はいつも、水晶玉を通して間接的に伝えられるだけで……。それにここ最近は、その水晶玉からの命令すら届いていないって。だから、献上しようにも、方法が分からなかったって言ってた」
「え……⁉ それは、つまり……」
ルティナが、思わず声を上げた。
「うん。……あの時は、深く考えなかったけど。今思うとあれ、結構重要な話だったのかもしれない。そう考えていたら、ダークキングが宇宙人だって思い出したんだ」
「う、宇宙……? それはどこじゃ? ウチュウジンとは、一体、何なのだ⁉」
リデルだけでなく、アレクシアもルティナも、怪訝そうな顔をした。
それもそうだろう。この世界の人たちに、宇宙とか、地動説とか、惑星外生命体とかの知識があるようには思えない。四堂悠太はどうやって説明したらいいか、思案にくれた。
「夜になると星が出るでしょ。あの星のどれかに住んでる」
「……⁉ 星に住んでおるじゃと⁉ あの小さい星にか? ダークキングは小人じゃったのか……」
「いやそもそも、あの小さな光の粒の上に、家を建てて住んでいるということか? 器用な奴だな」
リデルとアレクシアが真剣な顔で、見当違いな方向に納得しかけている。
「ち、違う違う‼ 小人じゃないよ。あんな小さな光の粒に、器用に家を建ててるわけじゃなくて……」
四堂悠太は、慌てて訂正した。
「僕たちから見たら、星は小さいけど、あれは本当の大きさじゃないんだ。この世界と同じくらいの大きさがある。……なんていう名前の星だったか、ちょっと忘れちゃったけど、三幹部とダークキングは、元々その星の住人だったんだ。でも、レインボーランドという惑星を見つけて侵略し、レインボーランドに住んでいた妖精のねこニャンが、何とか地球まで逃げてきて『レインボーランドを助けて欲しいニャ』って魔法少女たちに頼む。逃げたねこニャンを、三幹部が追っかけてきて、地球で戦いが始まるんだ」
(説明しながら思ったけど、これ今までずっと、異世界ファンタジーだと思ってたけど、もしかしてSFだったのか……⁉ 宇宙をまたにかけて戦ってるとか、今初めて自覚した)
「レインボーランドという惑星……? まさか私たちのいるこのレインボーランドも、星だと言うのですか?」
ルティナが驚愕して尋ねた。
「まぁ、そういうことになるね……」
理解が早いルティナでさえ、事実を聞いて混乱しているようだった。
「我らの住んでいるレインボーランドも、星じゃったと……? 夜空に浮かぶ、あの小さな光のような星と、同じ扱いじゃと言うのか……? もう、何から突っ込めばいいのか、分からぬ……」
「もしダークキングが、夜空の星のどれかに住んでいるとして、そこまでどうやって行くのだ? 私たちは空を飛べないし……」
「いや……空を飛べたとしても行けないと思う。大気圏を抜けると、酸素がないし。確か他にも、宇宙に行くには色々と課題があったと思うよ」
(異世界に来て、まさか本気で宇宙旅行の可否を検討する日が来るとは思わなかった……。魔王が宇宙にいたなんて、完全に想定外だ)
「タイキケン、サンソ……。また知らぬ言葉が増えたな……」
リデルが、げんなりした様子で呟いた。
「まぁ物語では、三幹部が負け続けた後、ダークキングが地球へやってくるから、僕たちが宇宙に行く必要は……」
そこまで話して、四堂悠太は気づいた。三幹部が戦っているのも、それに業を煮やしてダークキングが自ら戦うためにやってくるのも、地球であって、レインボーランドじゃない。レインボーランドは、物語が始まる前——つまり一話の前に、三幹部が陥落してしまった。だからそもそも、レインボーランドが戦いの舞台になることはなかった。
(レインボーランドで三幹部が戦うのって、物語が始まる前だけなんだよな……。てことは、今のこの状況は『魔法少女スターナイツ』の物語が始まる前なんだろうか? ……いやでも、そもそも『魔法少女スターナイツ』に出てくるレインボーランドには、ねこニャンのような妖精たちしか住んでいなくて、人間もエルフも獣人もいなかった。やっぱり『魔法少女スターナイツ』とは、話が違ってきている)
「ごめん、やっぱりダークキングが宇宙にいるかどうか、分からなくなってきた。僕の知っている物語と、色々なところが違うから。……それに、さっきも言った通り、サンダー自身、水晶玉からの命令が届いていないって言ってた。あれは、ただの言い訳じゃなくて、本当に何かがおかしいんだと思う。なんにせよ、魔王軍の本拠地には、ダークキングがいなくても行かなきゃいけない」
「えぇ。石化されたままの方々を、助けなければなりませんから。それに……」
「魔王軍の本拠地であれば、ダークキングに繋がる、何らかの手掛かりが残っておるやもしれん」
「はい。ここから先は、一つひとつ手掛かりを探しながら、ダークキングの居場所を突き止めていくしかなさそうです。シドーさんの無属性召喚魔法が使える回数は、あと五回です。五回以内に、必ずダークキングを倒しましょう」
「そうだな。とにかく明日の朝、北の山の城に出発しよう」
「あぁ」
四堂悠太は頷きながら、鞄の中にある夢見るドキドキハートに、そっと手を添えた。サンダーから託された重みが、掌に伝わってくる。
(明日いよいよ、あの城に……)
窓の外は既に、すっかり夜の帳が下りていた。四人はそれぞれの想いを胸に、翌日への英気を養った。




