第七十三話 無能と呼ばれた少年、浄化の光を放つ
サンダーは、目の前の光景がにわかには信じられなかった。幾度となく戦場を渡り歩いてきた自分でさえ、これほど鮮やかにクライナーを打ち倒す者を、見たことがなかった。
「無能……ではなかった、ということか」
サンダーが思わず呟くと、少年は静かに、けれどはっきりとした声で答えた。
「僕は今も、無能のままです。……でも」
少年は、まっすぐにサンダーを見据えた。
「誰かのためになら、僕はここまで力を出せる。それを、思い出させてくれたのは——僕を書いてくれた、創造主さんのお陰です」
その言葉に、サンダーの中で何かが小さく疼いた。
(誰かのために……か。先ほど、あの獣人の娘とも、似たようなやり取りをしたな)
考える間もなく、少年が地を蹴った。
「僕を信じてくれた人のために――今度は、僕から行きます」
その言葉に、サンダーの胸の奥で何かが疼いた。
(信じてくれた者のために、か……。ならばわしも、正面から受けねばなるまい)
「わしも……逃げはせん‼」
サンダーは、咄嗟に拳を構えた。だが少年の拳は、それよりも速かった。真っ直ぐに放たれた一撃が、サンダーの巨体を真正面から打ち抜いた。
「がはっ……‼」
轟音と共に、サンダーの体が後方へ吹き飛ぶ。大木を何本もへし折りながら、ようやく止まった。
「……見事だ。この一撃、確かに受けた」
サンダーは片膝をついたまま、荒い息を吐いた。全身に、隠しきれない衝撃の跡が刻まれている。
(先ほどの娘といい、この小僧といい……。この世界には、わしの知らぬ強さが、まだあるということか)
立ち上がろうとするサンダーに向かって、少年が静かに拳を構え直した。その全身が、淡い光を帯び始めている。
「……まだ、何かあるのか」
「僕を信じて、書いてくれた人がいます。……その想いに、応えたい」
少年の拳の周りに、光の粒子が渦を巻くように集まり始めた。それは、サンダーがこれまで見てきた、どんな攻撃の予兆とも違っていた。禍々しさも、殺気も、そこにはない。ただ静かで、澄んだ光だった。
「あなたも、あなたの意志で戦ってた。……でも僕にも、託された想いがある。これで、終わりにします」
少年が、拳を突き出した。光の奔流が、まっすぐにサンダーへと迫る。
「舐めるな……‼」
サンダーは咄嗟に両腕を交差させ、防御の構えを取った。だが光は、それを容易く貫いた。
「ぐああっ……‼」
これまで幾多の戦場で、これほどの苦痛を感じたことはなかった。全身を苛むのは、単なる衝撃ではない。もっと深い場所——己の内側に巣食う、ダークエナジーそのものを、直接抉られているような感覚だった。膝が、がくりと崩れる。
(これが……浄化の力、か……)
黒い靄のようなものが、体のあちこちから、じくじくと剥がれ落ちていくのが分かった。焼けるような痛みと共に、何かずっと纏っていた重いものが、少しずつ引き剥がされていくような、奇妙な感覚もあった。
「まだ……やるか?」
少年が、静かに問いかけた。息一つ乱れていない。その目には、一切の油断も、驕りもなかった。
サンダーは震える足で、どうにか立ち上がろうとした。だが、力が入らない。
(このまま戦い続ければ……わしは、消される。それだけは、確信できる)
「……くっ」
サンダーは、奥歯を噛みしめた。悔しさよりも先に、得体の知れない感情が、胸の奥にせり上がってくる。長年、力こそが全てだと信じて生きてきた。その力が今、これほどまでに、無力に感じられたことはなかった。
「わしの負けだ。認めよう」
絞り出すように、そう言った。声には隠しきれない、僅かな震えが混じっていた。
「北の城で、五年前にあるものを手に入れた。本来ならすぐさま、ダークキング様に献上せねばならなかった。だが……いつまでも、機会がなかった」
サンダーは懐に手を当てながら、苦い顔でそう言った。
「機会が、なかった……?」
四堂悠太が問い返すと、サンダーは、少し言い淀んだ。
「……ここ数年ダークキング様に直接お目にかかったことが、一度もない。命令は、いつも間接的に伝えられるのみでな。いや……水晶玉を通しての命令さえも、このところずっと聞いておらん。献上しようにも、その方法すら分からんかった。……気付けば、わし自身の手元に五年も、留め置いてしまっておった」
「サンダー。……もしかしたら」
四堂悠太は、慎重に言葉を選びながら続けた。
「他の三幹部たちも、ダークキングの居場所に自信がなくなってきたのかな。さっきサンダーは、ブリザードが妙な事を言い出したって言ってたけど……」
サンダーの表情が、僅かに揺れた。
「……何だと?」
「前に僕の仲間が、ストームと戦ったんだ。ダークキングの居場所を聞いたとき、ストームは、何か言おうとしてた。でも結局、何も言わずに消えていった。……あれ、本当は、答えられなかったんじゃないかな。分からなくなったとか、自信がなくなってきたとかで……」
(ストームも……か)
サンダーの脳裏に、以前ブリザードから聞いた話が過った。あやつが妙に歯切れの悪いことを言っていた、あの時のことだ。「記憶の一部が戻った」だの何だのと、正直、たわ言だと思って聞き流していた。だが今、こうしてストームまで同じような話を聞くと、そう見当違いのことでもない気がしてくる。
サンダーはしばらくの間、言葉を失っていた。長い沈黙の後ようやく、掠れた声で呟いた。
「……そうか。あやつも、か……」
自嘲するような笑みが、その顔に浮かんだ。
「馬鹿らしい話だ。……だが少しだけ、胸のつかえが取れた気がする」
サンダーは、しばらくの間黙り込んでいた。それから震える手を、己の毛皮の奥へと差し入れた。差し出されたのは、小さく光る結晶だった。四堂悠太はそれを見て、はっと息を飲んだ。
「それ……夢見るドキドキハート⁉」
「そうだ。……北の城で、五年前に手に入れたものだ」
サンダーは、結晶を握りしめたまま続けた。
「この夢見るドキドキハートは、お前たちが預かってくれ。……ダークキング様の居場所を、誰もが分からなくなってきたというなら、献上のしようがない。この結晶を必要としているのは、あの城で眠り続けている者たちと——今しがた、わしが眠らせてしまった、あの街の者たちだけだろう」
その一言に、サンダーの中に微かな悔恨が滲んでいた。任務のためとはいえ、あの活気ある街を、自らの手で眠らせてしまった。その事実は、消えない。
「……ありがとう、サンダー」
結晶を受け取ると、ずっしりとした重みが、四堂悠太の手のひらに伝わっていくのが見えた。多くの人々の未来が詰まっている、その重みだった。
「今日のところは、退かせてもらう。……借りが一つできた、な」
サンダーはそう言い残すと、静かにその場から姿を消した。




