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小説家志望、異世界に転生する ~僕の黒歴史キャラが異世界を救う~  作者: 赤いたぬき
第二章 隠していた弱さが、恋になるまで
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第七十二話 無能と呼ばれた少年——誰かのために

(誰かのために力を出す、か……。わしには、ついぞ縁のなかった考えよ)


 地に伏したままの獣人の王女を見下ろしながら、サンダーは、静かに拳を見つめていた。


(わしが力を振るう理由は、いつからか命令のためになった。……だが今日、久方ぶりに、ただ楽しくて拳を振るった。あの娘のせいでな)


 柄にもない感傷だった。長年、戦場でしか生きてこなかったこの身に、こんな感情が湧くとは思わなかった。だが同時にその感傷を、すぐさま振り払う自分もいた。


(……いかん。任務を、忘れるところだった)


 夢見るドキドキハートをダークキングへ献上し、レインボーランドを破壊する。何のためにこの世界に来たのか、その目的を思い出す。目の前の娘との戦いは、確かに楽しかった。だが、楽しさに浸っている場合ではない。


「……すまんな、娘。少々、遊びが過ぎた」


 サンダーは、倒れたままのリデルに背を向けた。視線の先には、先ほどまで滞在していた、あの活気ある街の城壁が見えている。


(あの街、存外賑わっておったな。……久方ぶりの獲物としては、悪くあるまい)


「出でよ、クライナー‼」


 サンダーが吼えると同時に、上空から巨大な影が舞い降りてきた。街の外れをねぐらにしていたグリフォンだ。その体に黒い光線が撃ち込まれると、獣は苦悶の声を上げた。


 ダークエナジーが、グリフォンの輪郭を侵していく。翼は骨ごと軋みながら引き伸ばされ、黄金の羽毛は色を失い、刃のように鋭い風切羽へと変わっていった。四肢は氷のように白く硬化し、鉤爪は禍々しい黒鉄の色に染まっていく。喉から漏れる鳴き声は、次第に、鳥とも獣ともつかない、軋むような金属音へと変貌していった。

 膨れ上がった巨躯が、ひと際大きく羽ばたく。次の瞬間そこにいたのは、もはやグリフォンとは呼べない何かだった。刃のような翼に覆われた巨躯、虚ろに赤く光る眼窩、開いた嘴の奥には、闇そのものが渦巻いている。


『クライナー』


 禍々しい咆哮と共に、それは完全な異形へと変貌を遂げた。


「弱き者の夢になど、意味はない。力こそが全てよ。クライナー、彼らの夢見るドキドキハートを奪ってしまえ‼」


(……この名、いつ口にしても、些か据わりが悪い。ブリザードやストームは、気にならんのだろうか……。だが、ダークキング様御自ら名付けられたものだ。一介の部下たるわしが、とやかく言う筋合いではない)


 クライナーが翼を広げ、街の方角へと、音もなく滑るように飛び去っていく。

 城壁の内側、市場の一角で、果物を売っていた老婆が空を見上げた。


「な……なんだい、あれは……⁉」


 言葉を発する間もなかった。クライナーの翼から放たれた黒色の粒子が、老婆の体を包み込んでいく。手にしていた籠が、乾いた音を立てて地面に落ちた。指先から、爪先から、彼女の体が、ゆっくりと石へと変わっていった。


「きゃあああっ……‼」


 周囲の悲鳴が、次々と重なっていく。逃げ惑う人々の背に、次々と黒色の粒子が降り注いだ。

 リデルが、はっと顔を上げた。


「あれは……⁉」


 街の方角から立ち上る悲鳴に、リデルの顔が青ざめる。だが先ほどの戦いの傷で、立ち上がることさえままならなかった。


(——五年前と、同じことよ)


 サンダーの脳裏に、ふと遠い記憶が過った。あの白亜の城で、同じように翼を広げ、住人たちを一人残らず石へと変えた日のことを。あの時もこうして命令のままに、粒子を撒いた。


(先ほどまでは、あの娘と拳を交わすことが、ただ楽しかったというのに……)


 目の前で黒色に染まっていく街を眺めながら、サンダーの胸の奥に、微かな翳りが差した。だがそれもすぐに、押し殺す。


(あの時も、今も……わしは、同じことをしておるだけだ)


 己に、そう言い聞かせた。


「サンダー、貴様‼」


 背後から、怒りに満ちた声が響いた。振り返ると四堂悠太が、血相を変えてこちらに向かってきていた。


「街の人たちに、何をした‼」

「見ての通り、眠っていてもらうだけのこと。……お前の連れの娘は、もう戦えまい。この場は、わしの勝ちで良いな」


 サンダーは、平然と言い放った。だが四堂悠太は、怯む様子を見せなかった。


(ほう……。まだ、何か手があるとでも言うのか)


「呼べる作品——キャラクターは……あといくつ残ってる? いや、今考えてる場合じゃない、とにかくタイトルを思い出すんだ、何か叫ばないと……‼」


 四堂悠太は必死に頭を巡らせ、思いつくままに叫び始めた。


「無能と呼ばれた少年、実は最強スキル持ちでした」


 その言葉と同時に、明るかった空が真っ暗になり、上空にキラキラ光る円陣が出現した。


(また、この現象か……)


 サンダーはこれまでにも、似た光景を目にしたことがあった。この創造主とやらが叫ぶたびに見知らぬ者が突然、空からこの世界に現れる。空中に出現した円陣の中から、一人の少年が姿を現した。

 黒髪の短髪、特に特徴のない平凡な顔立ちの少年だった。


「……え、ここ、どこですか……?」


 少年は、辺りを見渡して、おどおどとした様子で立ち尽くしている。


(あれが、切り札か……? 随分と、頼りなさそうな小僧よな)


 サンダーは、思わず失笑しそうになった。目の前で暴れ回るクライナーを前に、震えるばかりで動く気配すらない。


「あ、あの……僕、何をすればいいんでしょうか……」


 少年の声は、消え入りそうなほど小さかった。


(この程度の小僧を切り札に据えるとは……。創造主とやらも、案外詰めが甘いよう——)


 そこまで考えてサンダーは、ふと動きを止めた。


(……待てよ。以前戦ったあのお嬢さんも、戦えるような見た目はしておらんかったな。それが蓋を開けてみれば、わしが手も足も出ぬほどの、とんでもない強さだった)


 ドレス姿の少女が、優雅な仕草一つで、召喚したクライナーを消し去った、あの光景が脳裏をよぎる。あの時も、油断していたわけではなかったが、まさかという思いは拭えなかった。


(見た目で侮るは、愚か者のすることよ。……気を、引き締めておくとしよう)


 サンダーは油断なく、少年の様子を見据えた。

 クライナーが街の方角へ向けて、さらに大きく翼を広げた。サンダーはその光景を、悠然と眺めていた。


「……このままじゃ、みんなが」


 少年の声が、小さく漏れた。


「このままじゃ、みんなが……傷ついてしまう……‼」


 次の瞬間少年の目の色が、黒色から金色にはっきりと変わった。サンダーは、驚いて目を細めた。


(ほう……?)


「僕なんかじゃ……ダメだって、ずっと思ってた。でも……」


 少年の体から、目に見えるほどの光が溢れ出した。震えていた足が、しっかりと大地を踏みしめる。


「今だけは……行かせてください‼」

 

 少年が地を蹴った瞬間、それまでの弱々しい気配が、嘘のように消え去った。声も、先ほどまでの消え入りそうな響きとは違う、芯の通った低い声に変わっていた。

 一瞬でクライナーとの間合いを詰め、その巨体に向かって、迷いのない拳を叩き込む。


「なっ⁉」


 サンダーは、思わず声を上げた。ただの小僧だと侮っていた一撃が、クライナーの巨体を、真正面から吹き飛ばしていた。


(先ほどまでの、あの頼りなさはどこへ行った……?)


 クライナーは、幾度も少年の拳を浴び続けた。少年の動きに、ためらいは一切なかった。まるで、最初からこうなることが分かっていたかのような、迷いのない連撃だった。

 最後の一撃を受けたクライナーは、奇妙な叫び声をあげながら、周囲にピンク色のハートをまき散らしながら消えていった。撒き散らされた黒色の粒子も、それと同時に、力を失ったように、地面へと落ちていく。そのあとには、淡く光る小さな結晶だけが残って、地面に転がった。


(クライナーが、消滅した……。しかも、一瞬で……。あのとき、ドレス姿の少女と同じことが……)


 四堂悠太は、地面に転がる結晶に気づくと、慌ててそれを拾い上げた。手のひらに収まるほどの大きさなのに、ずっしりとした重みがある。


「これ……夢見るドキドキハートだ」


 淡い光を放つ結晶を見つめながら、四堂悠太はそれをそっと鞄にしまい込んだ。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

ブクマ登録と評価といいねも頂き、全部、とても嬉しいです。俄然やる気が沸いていきました。ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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