第六十三話 会心の脅し文句、不発——あのお方の居場所
晴明が、ゆっくりと符を構えた。指先で宙になぞるのは、五つの角を持つ星の形——五芒星。淡い光の線が、宙に軌跡を描いていく。
「臨兵闘者皆陣列在前——」
九字の呪を唱えながら、晴明は懐から、さらに幾枚もの符を取り出した。それを、五芒星の頂点に沿うように、一枚ずつ宙へと放つ。
「参られよ、十二天将——」
符が、光の粒子となって弾けた瞬間、その場に、十二の人影が姿を現した。鎧を纏った武人、獣の姿をした戦士、弓を携えた射手——それぞれ異なる姿をした式神たちが、ストームを取り囲むように、音もなく陣を組む。
「な……‼」
ストームが、身を沈めるように踏み込み、拳を突き出した。風を纏った拳が、式神の一体へと迫る。だが、寸前で式神の一体が構えた盾に阻まれ、拳の周りの風が、消滅する。
(読まれている……? いや、違う。これは、読んでいるのではない——)
ストームは、次の一手を放ちながら、違和感の正体を探ろうとしていた。晴明の指示は、驚くほど短い。言葉にすらならない、僅かな視線の動きや、指先の角度だけで、十二の式神は寸分の狂いもなく連携している。
(無駄がない……。躊躇いも、迷いも、ない)
データベースの中にある「理想的な指揮官」の動きに、限りなく近い。だが、それにしては——。
(何だ、この……違和感は)
ストームは、蹴りを繰り出しながら、晴明の表情に、意識を向けた。抑揚のない声、動かない表情。それだけを見れば、感情のない、ただの実行者のようにも見える。
(私と、同じ——)
そう思った瞬間、ストームの動きに、僅かな乱れが生じた。式神の一体が、その隙を逃さず、間合いを詰めてくる。
「くっ……‼」
咄嗟に両腕を交差させ、防ぐ。だが、衝撃で、体が僅かに後方へよろめいた。
(同じ、のはずだ。効率的に、最短で、事を収めようとしているだけの……ただの、実行者……)
そのはずなのに。
晴明が太刀を構え直す、ほんの一瞬。その双眸に、ストームは、確かに何かを見た気がした。石と化した長老たちへ向けられる、静かな眼差し。暴れ続けるクライナーへ向けられる、労わるような視線。それは、データを処理する目ではなかった。
(あれは……何を、見ている……?)
「もう、充分でしょう」
先ほど晴明が呟いたその一言が、今更のように、ストームの中で反響した。
(充分——何が、充分だと……)
考える間もなく、次の式神の一撃が迫る。ストームは、拳でそれを弾き返しながら、頭の片隅で、演算を止められずにいた。
(私が今まで戦ってきた者たちは……皆、何かのために、戦っていた。守るため、証明するため、譲れぬもののため……。この者は……何のために、戦っている?)
答えは、すぐには出なかった。ただ、晴明の一挙一動から伝わってくるのは、怒りでも、使命感でもない。もっと静かな、当たり前のことをしているだけだ、というような——。
(まるで……壊れたものを、直すみたいに)
「参ります」
晴明が短くそう告げると、太刀を鞘に収めながら、静かに間合いを詰めてきた。十二の式神が、それに合わせて陣形を縮めていく。
(逃げ場が、ない……)
ストームは、両拳を構え、式神たちの動きを、必死に目で追っていた。
(この陣形は……。ただ囲んでいるのではない。四体が退路を塞ぎ、残りは、決して私に近づいてこない。まるで——)
距離を詰めてこない式神たちは、ただじっと、圧をかけ続けているだけだった。動けないほどではない。だが動けば、必ず綻びが生まれる、絶妙な圧。
(私を、追い詰めているのではない。私が、自分から動くのを、待っている……)
その考えが浮かんだ瞬間、ストームは、思わず動きを止めた。止めたことで、僅かな隙が生まれる。晴明は、その一瞬を見逃さなかった。
「今です」
短い声とともに、正面の式神が一斉に動きを変えた。今まで圧をかけるだけだった四体が、示し合わせたように同時に踏み込み、ストームの四方を完全に塞ぐ。逃げ場を失ったその中心へ、晴明自身が、太刀を抜きながら踏み込んできた。
(詰め、られた……‼ 誘導、されていたのか……‼)
悔しさよりも先に、ストームの中で、何かが小さく音を立てて動いた。
(止める役目と、崩す役目と、決める役目……。それぞれ、違う……。一体で完結させるのではなく、役割を分けて、一つの隙を作り出す……)
「急急如律令——退魔一閃、黄泉返しの太刀」
振り下ろされた一閃が、光の弧を描いた。十二の式神が、それに呼応するように、一斉にストームへと手をかざす。集束した光が、ストームの体を、内側から包み込んでいく。
「あ……‼ これは……」
抵抗する間もなく、光がストームの中に染み込んでいく。それは痛みではなく、むしろ懐かしいような、不思議な感覚だった。
(何だ、これは……。まるで、忘れていた何かが……胸の奥に、触れられているような……)
光に包まれながら、ストームの脳裏には、先ほどの陣形が、焼きつくように残り続けていた。
(止める者。崩す者。決める者……。この作戦は……覚えておく価値が、ある)
「ダークキングの居場所を、話してもらえますか」
ルティナが、もう一度問いかけた。
ストームは、答えようと口を開きかけた。だが、光の中で、まだ思考がまとまりきらない。
「……今日のところは、これで」
それだけ言い残すと、ストームは音もなく姿を消した。
「……逃げられたか」
リデルが、小さく舌打ちをした。
「あれほど脅し文句まで用意しておったのに……。猛獣どもの餌にしてくれるわ、まで言うたのに、意味がなかったではないか」
「リデル……。確かにあの台詞、使っても意味がなかったな」
「言うでない‼ あれは会心の出来だったのじゃ‼」
「シドーさんが召喚したキャラの技を受けると、深手を負い、その場を去っていきます。ブリザードもそうでした。恐らく……あれを受けた者は、この世界に留まり続けるだけの力を、失ってしまうのでしょう」
ルティナが、冷静に分析する。
「つまりあの技を使った後は、口を割らせる猶予はない、ということか」
アレクシアが、腕を組んだ。
「……面倒な話だな。次こそは技をかける前に、聞き出す機会を作ろう」
「そうですね……。ですが」
ルティナはそう答えながらも、視線を、ストームが消えた辺りの空間から離さなかった。
「今の一瞬、ストームは、何かを答えようとしていたように見えました。……気のせい、でしょうか」
***
一人、本拠地である黒い城に帰還したストームは、静かに己の内側と向き合っていた。
(……負けた。データにはない動きだった。それにしても……この胸の内側の、揺さぶられるような感覚は、何だ……)
脳裏に、ルティナの声が蘇る。
『ダークキングの居場所を、話してもらえますか』
(ダークキング様の居場所……そんなの、もちろん……)
答えようとして——そこで、ストームは、ふと言葉に詰まった。
(……本当に、あの場所にいらっしゃるのだろうか)
当然、知っているはずの答えだった。だが、何かがおかしい。
(そういえば……ダークキング様は、これまで一度も、直接お姿を見せてくださったことがない。以前は……水晶玉を通して、お声を聞かせてくださっていたはずなのに。何故、こんな大事なことに、今まで気づかなかったのだろう……)
——その疑問は、小さな棘のように、ストームの心に残り続けた。
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