第六十二話 参上、黄泉返りの陰陽師——安倍晴明
(くそ……‼ また僕の判断が遅かった……‼ また……間に合わなかった)
自分を責める暇はなかった。ルティナの怒りは、もはや、彼女自身にも制御できないところまで来ている。このままでは、ストームより先に、ルティナが自分を壊してしまう。
(誰か……。誰か、ルティナを止められる奴……。冷静で、頭の切れる——)
昔書いた小説の記憶が、閃光のように頭を過った。
(あの子だ。あの子なら——。東雲柚月を主人公として書いた「地の果てにて我が魂を宿し、無限の虚無を操る者が、世界の終焉を告げし時。~永遠の静寂の中で、運命の呪縛に抗い、我が手に宿る禁断の刃を解き放ち、闇に覆われた混沌の未来を斬り裂く~」の次に書いた、そう……小説を書き始めて四作目、中学二年生の時に書いたやつだ。人ならざるものを祓う陰陽師の女の子が、現代に甦って戦うって話で……。柚月ほど拗らせちゃいない……とはいえ、中学二年生の時に書いたことに変わりはなく、中二病特有の痛々しさはまだ健在で、タイトルの長さは、あれに負けず劣らずだった気が……)
「常闇祓う、黄泉返りの陰陽師 ~千年の眠りより目覚めし退魔の巫女、現世に甦りて魔を斬る~」
四堂悠太が、思わず叫んでいた。
明るかった空が突然真っ暗になり、上空にキラキラ光る円陣が突如出現した。その円陣の中から、白と紅の巫女装束を纏った、一人の少女が現れた。歳の頃は、十五、六だろうか。長い黒髪を一つに結い、腰には、鞘に古めかしい紋様の刻まれた太刀を差している。手には、幾枚もの符が挟まれていた。
少女は、音もなく地面に降り立つと、辺りを見回し、それから、石と化した長老たちの群れと、暴れ続けるクライナー、そして激昂するルティナを、順に、静かな目で捉えた。
「参上いたしました、創造主殿」
安倍晴明は、辺りを見渡すと、静かに口を開いた。石と化した長老たちの姿、そして、村の上空を旋回する、禍々しい影——刃のような風切羽を持つ、巨大な鷹のクライナー。
「……状況は、把握しました。あれが、此度の障り……ですね」
凛とした声が、その場に響いた。感情の読めない、静かな声だった。四堂悠太は、思わず、その横顔に見入った。
(間違いない、あの子が……「常闇祓う、黄泉返りの陰陽師 ~千年の眠りより目覚めし退魔の巫女、現世に甦りて魔を斬る~」の主人公——安倍晴明)
「えっと、君は……」
「安倍晴明と申します。ここから先は……少々、退いていただきましょうか」
そう言いながらも、晴明は、まだ動かなかった。視線だけが、ちらりと四堂悠太の方へ向く。
「あ、うん……。えっと、久しぶり、でいいのかな。初めまして、なのかな」
四堂悠太は、いつものように、少し気まずそうに頭をかいた。
「……状況を見るに、緊急のようですが。よろしいのですか、こちらに構っていて」
「ごめん、つい。……あの、その、タイトル、長かったよね。うん、分かってる。自分でも、今でもたまに、うわーってなる」
晴明は、表情を変えないまま、僅かに首を傾げた。
「別に、気にしておりません。長さより、内容が伴っているかどうかが重要かと」
「え、あ、うん……。ありがとう……?」
あまりにも淡々とした返しに、四堂悠太は、少し拍子抜けした。他の召喚キャラたちとのやり取りとは、また違う調子だった。
「一つ、伺ってもよろしいですか?」
「え……な、何?」
四堂悠太は身構えた。
(史実と違いすぎるって、怒られるのかな……。技の描写が、実際の技と違っているとか……)
いや、待て。もっと根本的な部分を突かれる可能性もある。
(そもそも、何で女の子にしたんですかって聞かれたら、何て答えよう。趣味ですって正直に言ったら、絶対に罰当たりだって呆れられる……)
冷や汗をかきながら、次の言葉を待つ。
晴明が、腰の太刀に、視線を落とした。
「私は、陰陽師、と名乗っております。刀は、副装備のつもりで置いたのですか。それとも、陰陽師という設定を、途中で忘れましたか」
「……あっ」
「符と九字だけでは、絵面が地味だと思われたのでは」
「せ、正解です……。中学二年生の僕には、符だけの戦闘シーンを何ページも書く筆力が、なかったんだ……」
「なるほど。理解しました」
あまりにもあっさりと納得されたので、四堂悠太は、逆に何かを言い返すタイミングを失った。
「して、この状況は」
「石にされた村人と、暴れてる魔物と……あと、幹部の一人。あ、それとルティナが、結構……その、怒ってて」
「なるほど。承知しました」
晴明は、それだけ聞くと、すでに視線を、ルティナとストームの方へと戻していた。
「では、そちらは、後ほど」
「あ、うん。よろしく」
あくまで用件だけを手短に済ませると、晴明は、静かに一歩、前へ進み出た。四堂悠太は、その背中に、なんとなく、頼れる先輩のような雰囲気を感じていた。
「臨兵闘者皆陣列在前——急急如律令」
晴明は、懐から一枚の符を取り出すと、迷いなく、それを宙へと放った。
符が、光の粒子となって弾ける。次の瞬間、宙に一体の巨大な鷲の式神が現れ、翼を広げた。
「討ち払え」
短い命令とともに、式神の鷲が、クライナーへと突撃していく。二体の猛禽が、空中で激しく交錯した。クライナーの鋭い爪が、式神の翼を掠める。だが、式神の姿は、傷ついた端から、すぐに光の粒子となって再構成されていく。
(式神って、傷ついても、すぐ元に戻るのか……⁉)
四堂悠太は、思わず目を見張った。
「式神は、私の魂の一部を分けたもの。多少の傷では、揺らぎません」
(魂の一部を分けるって、そんな軽い口調で言うことなんだ……)
晴明は、そう静かに告げながら、次の符を構えた。
「五芒星——結界、展開」
地面に、淡く光る五つの角を持つ星の陣が浮かび上がる。クライナーが、逃げ場を求めるように旋回するが、陣の外へ出ようとした瞬間、見えない壁に阻まれたように、体勢を崩した。
「今です」
晴明の合図と共に、式神の鷲が、光る嘴で、クライナーの喉元を貫いた。
断末魔の叫びと共に、クライナーの巨躯が、黒い霧となって空へと霧散していく。クライナーは奇妙な叫び声をあげ、周囲にピンク色のハートをまき散らしながら消えていった。そのあとには、淡く光る小さな結晶だけが残って、地面に転がった。
「……片付きました」
晴明は、そう言うと、符を懐にしまい、ゆっくりと視線を、少し離れた場所に立つストームへと向けた。
「これで、憂いはなくなりました。……では、貴女のことも、片付けさせていただきましょう」
「待つのじゃ!」
リデルが、鋭く割って入った。
「その者に聞きたいことがある。ストーム、ダークキングは、今どこにおるのか——正直に吐くならば、痛い思いをせずに済むぞ。吐かぬのならば、我の飼っておる猛獣たちの餌にしてくれるわ」
「……猛獣の餌、というのは、尋問の常套句なのですか」
「うむ、我の十八番じゃ」
(晴明、そこにツッコむんだ……)
「ストーム、教えてください」
ルティナが、静かに、しかしはっきりとした声で続けた。
ストームは、その問いに、ほんの一瞬だけ目を伏せた。だが、答えることはなかった。
「……口を開くつもりは、ないようですね」




