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小説家志望、異世界に転生する ~僕の黒歴史キャラが異世界を救う~  作者: 赤いたぬき
第二章 隠していた弱さが、恋になるまで
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第五十七話 剣で芋を斬る騎士、そして誰も知らなかった特技

 ヴィクターに教えられた村へ向かう道中、四堂悠太たちはしばらく無言のまま、街道を歩いていた。誰も、何かを言い出すきっかけを、掴めずにいるようだった。


 沈黙を破ったのは、リデルだった。


「次の村も、みな同じように石になっておるのじゃろう?」

「そのようだ。ヴィクターの地図だと、ここから半日くらいの距離らしい」


 アレクシアが、地図を覗き込みながら、頷いた。


「今度は、どんな魔物が待ち構えているか、分かりませんね」


 ルティナの言葉に、四堂悠太は小さく息を吐いた。


「またクライナーや三幹部が出てきたら、正直、ちょっと気が重いよ」

「なに、案ずるな。何が出てきても、我らで片付ければよいだけの話じゃ」


 リデルが、あっけらかんとした調子で言い放つ。その明るさに、四堂悠太は、少しだけ救われる気がした。 半日ほど歩き、日が傾き始めた頃、四人はようやく次の村へと辿り着いた。村の広場には、黒色に固まった人々の姿が幾つも並んでいた。


「これが……最後の一つか」


 四堂悠太は、鞄から布袋を取り出した。中にはヴィクターから託された、最後の一個の夢見るドキドキハートが、静かに光を湛えている。

 一番手前にいた女性の石化した手に、そっと結晶を触れさせる。光が瞬く間に村全体へと広がり、黒色だった村人たちの肌に、次々と色が戻っていった。


「あ……あたし、畑仕事をしていたはずじゃ……」


 最初に目を覚ました女性が、戸惑いながら辺りを見回す。それを皮切りに、村のあちこちで、人々が次々と我に返り始めた。

 作業が終わったのは、すっかり日も落ちた頃だった。最後の一人——井戸端で膝をついていた老爺が、目を瞬かせながらゆっくりと立ち上がったのを見届けて、四堂悠太は、ようやく肩の力を抜いた。


「あ、あれ……わしは、一体……」

「ご無事で何よりです。少し眠っていただけですよ」


 ルティナが、いつもの淡々とした調子で、老爺に手を貸した。

 村の広場には、次第に人だかりができていく。誰もが、状況を飲み込めないまま、それでも、目の前に立つ悠太たちが、自分たちを救ってくれたのだと、朧げに理解していくようだった。


「勇者様たちのおかげじゃ……!」

「いや、僕は勇者じゃ——」


 四堂悠太が訂正しようとしたところで、村長が、涙を浮かべながら深々と頭を下げた。

 石化が解けてからというもの、村人たちは驚くほど素早く動き始めた。


「せめてものお礼に、今夜、宴を開かせてください。大したものは出せませんが……」

「そんな、お気遣いなく——」

「いいや、それはいかん! これは、我々村人の誇りの問題じゃ!」


 村長の勢いに、四堂悠太は頷くしかなかった。


「では、我らも準備を手伝おう」


 リデルが胸を張って申し出て、早速調理場に向かおうとした。その肩を、四堂悠太がそっと掴んだ。


「待てや、リデル」

「……シドー、今、なんと言った?」

「……あ」


 四堂悠太は、自分の口から出た言葉に、自分で一番驚いていた。でも、何かが乗り移ったみたいに止まらなかった。


「こんな汚いキッチンで料理できるわけないやろ。まずは掃除が先や‼ かちこんできとるんは、数年溜まった埃か……手強い相手やで。けど、どんな頑固な汚れでも、絶対落としたる……」

「……シドー?」


 アレクシアとルティナも、困惑した表情で顔を見合わせた。


「……シドーさん、大丈夫ですか?」

「……大丈夫。何でもない」


 四堂悠太は、そっと自分の口を押さえた。

 だが、手は止まらなかった。

 竈にこびりついた油汚れを、灰汁を染み込ませた布で丁寧に落としていく。


「こういう油汚れには、灰汁が最強なんや。アルカリ性が、油を分解してくれるからな」


(待って、なんで僕、解説までしてるんだ……⁉)


 棚に積もった埃を払い、床を砂で磨く。数年分の汚れは、なかなか手強かったが、四堂悠太の手は、迷いなく動き続けた。


(漫画で掃除の描写を研究してたのが、まさかこんなところで役に立つとは……。ワナビの七年間、無駄じゃなかった)


「シドー、その手際……掃除のプロのようじゃな! よし、我も手伝うぞ‼」


 リデルが張り切って雑巾を手に取り、竈の側面を思い切り磨き始めた。


「リデル、そこはさっき終わったところや……」

「細かいことを言うな‼ 力を込めれば込めるほど、綺麗になるのじゃ‼」


(綺麗になるどころか、削れてきてる気ぃするんやが……)


「私も手伝おう」


 アレクシアが棚の埃を払おうとして、剣の柄で棚を叩き始めた。


「アレクシア、それは剣の柄で叩くんやなくて、布で拭くんや‼」

「……叩いた方が、埃が落ちると思ったが」

「落ちた埃が舞い上がっとるだけやから‼」


 ルティナは魔力を指先に集めて、床の汚れを一点集中で焼き切ろうとしていた。


「ルティナ、床を焦がさんといて! せっかく助かった村が火事で全焼する‼」

「……焦がした部分は、もれなく清潔になっていますが」

「そういう問題やない‼」


(三人とも、足引っ張っとるだけやないか‼)


 四堂悠太は、心の中で叫んだ。

 結局、調理場がまともに使える状態になったのは、四堂悠太が一人で奮闘した結果だった。


「シドー、すごいのぅ。調理場が、ぴかぴかになっておるぞ‼」

「……いやいや、大したことはしてへん」


 四堂悠太は、額の汗を拭いながら、輝きを取り戻した調理場を見渡した。


(……ありがとうございます。乗り移ってくれた掃除のプロの人)


 心の中で、そっと呟いた。その瞬間、何かがすっと抜けていく感覚があった。


「……あれ、僕、今なんか変だったよね?」

「変だった」

「かなり変だったと思いますが」

「我も、初めて見るシドーじゃった」


 三人が、揃って即答した。

 四堂悠太は額の汗を拭いながら、輝きを取り戻した調理場を見渡した。


***


 村の共同炊事場には、大きな竈が三つ並んでいた。村長から食材を託され、悠太たちは、それぞれ担当の料理を任されることになった。


「では私は、こちらの野菜を使わせていただこう」


 アレクシアがまな板の上に、丸々とした芋を置いた。そして、迷いのない手つきで、腰の剣に手をかけた。


「ちょ、ちょっと待って! なんで剣⁉」

「案ずるな。この程度、造作もない」

「いや、包丁あるから! 包丁使おう、包丁!」


 四堂悠太が慌てて止めに入ると、アレクシアは、心底不服そうな顔をした。


「私は包丁を使ったことがない。剣の方が扱いなれているから、寸分違わず均等に切れるというのに……」

「騎士団長の一撃で切られた芋とか、絶対美味しくなさそうだから」


 結局、アレクシアは渋々包丁を受け取ったものの、今度は、皮を剥く作業に手間取り、芋というより、ほとんど彫刻のような形になっていった。

 一方リデルは、隣の竈で、真剣な表情のまま鍋を見つめていた。


「リデル、味はどうですか?」


 ルティナが尋ねると、リデルはこくりと頷いた。


「塩は指定通り、一つまみだけ入れた。寸分の狂いもない」

「……それ、味見はしましたか?」

「いや。我の動物的勘を持ってすれば、分量を間違うなどあり得ぬ」


 ルティナが、無言でスプーンを手に取り、鍋の中身を掬った。


「……リデルさん。これ、ほとんど味がしません」

「なに……⁉ いや、これは丁度良い塩梅じゃ。我ら獣人は鼻も舌も鋭い。人間よりずっと薄い味付けでも、十分に感じ取れるのじゃ」

「え、じゃあ今のは、私たちにとっては薄すぎるってことじゃ……」

「待て。……待てよ。だとすると、リューベックの宿屋で出される飯、やけに味が濃いと思っておったが……」

「まさか」

「あれは、人間の舌に合わせた濃さだった、ということか……!」


 リデルが、珍しく動揺した様子で、鍋を覗き込んだ。長年の謎が解けたと同時に、味付けというものが、そもそも「誰の舌に合わせるか」で変わるのだという当たり前の発想に、初めて思い至ったらしい。動物的勘には絶対の自信があっただけに、その一点が抜け落ちていたことに、少なからず衝撃を受けているようだった。

 そしてもう一つの竈では、ルティナが右手を鍋にかざしていた。


「火加減は、私が精密に管理します。温度が一度でもずれれば、食材の繊維に影響が——」

「い、いや、そんな厳密にしなくても……。適当でいいから」

「適当……というのが、一番難しいのですが」


 ルティナは、真顔でそう返した。手のひらから伸びる淡い光が、鍋の中身をゆっくりと撫でるように包み込んでいく。魔力できめ細かく制御された炎は、ふつふつと静かに沸き立ちながら、うっすらと、光の粒のようなものを纏っていた。魔法によるあまりに精密すぎる温度管理のせいで、逆に時間はかかっていたが、鍋の中身は心なしか、他の二つよりも淡く輝いて見えた。


(三人ともなんか、ちょっとずつズレてる……)


 四堂悠太は、乾いた笑いを浮かべながら、自分の鍋に向き直った。

 小説を書いていると、ジャンルを問わず、必ずと言っていいほど、料理の描写が必要になる。そのたびに、うまく書けずに歯がゆい思いをしてきた。だから——ラノベを書き始めた頃、少しでもリアリティを出したくて、見よう見まねで自炊を始めたことがある。

 料理に限った話ではない。かっこいい魔法の打ち方を知りたくて、自室の鏡の前で、両手を組んだり広げたりしながら、一人で延々とポーズを研究したこともある。「ファイヤーボール、みたいな……」と小声で呟きながら、想像上の炎を放つ真似までした。カーテンを閉め忘れていたことに、後から気づいて悶絶したのは、もはや黒歴史ですらない、ただの事故だった。

 授業中も、油断はできなかった。数学の授業で方程式を解いているふりをして、ノートの端には、いつの間にかかっこいい魔法陣が完成していた。先生に「四堂くん、これ何の記号?」と聞かれ、「……xとyの関係式です」と苦し紛れに答えたこともある。

 今思えば、自分の人生は、いつも小説のためにあったようなものだ。

 おかげで、基本的な料理くらいなら、大体こなせる。あの頃はただ、「読者に伝わる描写を書くため」、それだけのつもりだった。まさかそれが、こんな形で役に立つ日が来るとは、想像もしていなかった。

 手早く野菜を刻み、絶妙な火加減で炒め、味付けも、迷いなく調える。長年の——それも、決して報われることのなかった、地味な努力の蓄積だった。


***


「では、味見といきましょう」


 全員分の料理が並んだところで、四堂悠太は恐る恐る、それぞれの皿に手をつけた。


(正直に言うのは、ちょっと……)


「リデルのは……うん、味は美味しいよ。ちょっと薄味だけど健康的だ」

「健康が一番じゃ。シドーは、よく分かっておるな」

「アレクシアのは……えーと、騎士団長が本気を出して芋を斬ってみた、というか……」

「……そうか。そこまで褒められると照れるな」

「ルティナのは、魔法の火で作ったからかな……。マナを感じるというか、魔力が増えそうだ」

「ありがとうございます。では次は、直接魔法を入れて、もっと魔力増強を狙いますね」


(……料理に魔力を直接混ぜるのは、多分違うと思うけど、言い出せる空気じゃない)


 全員の顔を立てようと、四堂悠太が言葉を選んでいたところに、村の子供たちが、興味津々な様子で駆け寄ってきた。


「わー、美味しそう! ちょっとだけ味見していい?」

「あ、ちょっと待って——」


 四堂悠太が止める間もなく、子供たちは、それぞれの皿に、次々と手を伸ばしていった。

「これ、味がしない!」

「こっちの芋、なんか固い……」

「あ、これすっごい美味しい! お兄ちゃんが作ったやつ!」


 無邪気な感想が、遠慮なく飛び交う。四堂悠太が必死に誤魔化していた評価が、あっという間に、白日の下に晒されてしまった。


「……シドー。今の子供の発言、少し、聞き捨てならぬ」


 リデルが、じとりとした目で、四堂悠太を見た。


「え、いや、その——」

「お主……料理、できたのか」

「え、えっと……小説の描写のために、練習してただけで……」


(まさか、こんなところで、露見するとは……)


「なぜ、それを黙っておった」

「いや、言うタイミングがなくて……」


 リデルが、ずいっと詰め寄る。アレクシアもルティナも揃って、疑わしげな視線を四堂悠太に向けていた。


「今度、私にも教えてくれ。あの芋の切り方を、根本から見直したい」

「我も、人間の好む味付けの基準というものを、知りたい」

「……シドーさんが作ったの、確かに美味しかったです。今度、作り方を教えてください」


 思わぬ形で三人からの視線を一身に浴び、四堂悠太は、乾いた笑いを漏らすしかなかった。

今日はちょっと浮かれた報告をさせてください。お昼の更新で、日間総合ランキング130位、ハイファンタジージャンルで51位、異世界転生/転移ジャンルで65位、連載中部門では36位という順位をいただきました!


ブックマーク18件、評価10件・98ポイントと、たくさんの方に読んでいただけて、本当に嬉しいです。応援してくださる皆さんのおかげです、ありがとうございます!


もしよろしければ、下にある⭐をぽちっと押していただけると嬉しいです。


それと、もしお時間があれば、感想もいただけたら嬉しいです。ブックマークや評価をくださる皆さんが、どんな気持ちで読んでくださっているのか、知りたくなりました。ご質問でも大歓迎です、お答えします。


まだまだ黒歴史キャラたちの見せ場はこれからです。引き続き、どうぞよろしくお願いします!

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