第五十六話 カジノで散った魔王討伐、そして勇者ニックの本当の願い
村を発つ準備を終えた頃ふと、ニックの体が淡く透け始めていることに、四堂悠太は気づいた。
「ニック、その体……」
「あぁ、気づいたか」
ニックは自分の手のひらを、光にかざすようにして見つめた。指先から少しずつ、輪郭が薄くなっていく。
「他の奴らも、似たようなことがあったんだろう? 俺もそろそろ、潮時らしい」
ニックと雑談中に、東雲柚月やヘレナ、不知火徹のことが話題になった。ニックは興味深そうに聞いていたから、自分も同じ道をたどると想像できたのだろう。
「そんな、急に……」
「急でもないさ。むしろ、割と長く、こっちにいさせてもらったと思うぞ」
ニックはそう言って、小さく笑った。飄々とした態度は、いつも通りだった。だが四堂悠太は、その笑顔の奥に、微かな寂しさが滲んでいるのを感じ取った。
「なぁ、創造主。一つ言いたいことあるんだけど」
「な、何?」
「何で俺、魔王倒す直前の街で冒険終えなきゃいけなかったわけ? 小説のラストさぁ、魔王城の手前の街で、『俺の戦いはこれからだ‼ ~完~』って酷くない? この小説のタイトルって『勇者パーティを追放された勇者、ソロで魔王を倒す』でしょ。完全にタイトル詐欺じゃん。故郷の村の人たちにもさぁ、必ず魔王を倒して来ておくれ、って頼まれたし。旅の途中でも色んな人に、魔王を倒して平和な世界を取り戻してくれって頼まれて、その度こっちも、必ず倒しますって宣言してきたのに。俺、どんな顔して故郷の村に帰ればいいんだよ。……辛ぇわ」
「いや、あれはその……魔王城に突入する直前で、応募の規定枚数いっちゃって。それ以上書けなかったんだ」
「規定枚数? 何それ」
「まぁ簡単に言うと、魔王を倒す尺が足りなくなった」
「はぁ? 尺が足りなくなった⁉ 魔王城の直前の街で、俺カジノ行ってたじゃん。しかも、ジャンジャンバリバリ儲かって数日カジノに籠ってたよね。……それがなかったら、魔王倒せてたんじゃないの?」
四堂悠太は言葉につまった。ニックの言う通りだった。ついカジノで大当たりする場面が楽しくて、長々書いていたら、あっという間に規定枚数までいってしまい、結局魔王との戦いが描けなくなってしまった。規定枚数をオーバーすると、新人賞に応募できなくなる。仕方なく、ラストを「俺の戦いはこれからだ!」で閉めた。
(あの時の自分、絶対「あと少しだけ」ってスロットの続きを書いてた……)
「もう、ごめんとしか言いようがない」
「はぁ……そりゃあ俺だって、カジノで大儲けして、脳から変な分泌物も出てきて快感だった。『もう魔王なんて倒さないで、ずっとここで遊んでても良いかな』って、ちょっと思ったけどさぁ。……全く、恐ろしい罠をしかけたな、創造主」
(それで足止めされる勇者の方がどうかと思うけど。……なんだかんだ言いつつ、カジノは満喫してたんだ)
ニックの視線がゆっくりと、遠くの空へと向いた。
「でもさ、パーティを追放されてから、俺はずっと一人で旅をしてた。誰にも頼らず、誰にも認められず、それでもいつか、あいつらを見返してやりたくて。……いや、違うな。見返したいっていうより、本当は——」
ニックはそこで一度、言葉を切った。
「本当はただ、魔王をこの手で倒したかった。それだけだったんだ。魔王を倒して、みんなが安心して暮らせる平和な世界にしたかった。仲間に認められるとか……そんなことより、ずっと」
その声には、これまで見せたことのない、静かな熱があった。
「追放されてからも、旅を続けてたのは、そのためだった。……なのにこんな形で、呼び出されて……気づいたら、ここで魔王軍と戦ってる。本音を言えば、俺もこのままこの世界に留まって、創造主たちと一緒に戦って、魔王を倒したい。……それが、俺の使命だから」
「ニック……」
「悪い、湿っぽい話をするつもりはなかったんだが」
ニックは、誤魔化すように少し笑った。透けていく体は既に、輪郭の半分ほどが朧げになっていた。
「なぁ、創造主。一つだけ、頼まれてくれないか」
「な、何?」
ニックは透けていく指先を、じっと見つめたまま、少しの間黙り込んだ。
「次回作でいいから、俺に今度こそ魔王を倒させてくれ」
その声は、これまでの飄々とした調子とは、明らかに違っていた。
「俺、こんないい加減な性格だけど……一度決めたことは、絶対に最後までやり通すって決めてんだ。パーティを追放されたときも、そうだった。誰にも認められなくても、才能がないって言われても、それでも、剣を捨てなかった。……なぁ、創造主。俺のステータス、ずっと『測定不能』だったって言ったよな」
「う、うん」
「あれ、実はさ。ちょっとだけ、嬉しかったんだ」
四堂悠太は、思わず、ニックを見つめ返した。
「誰にも測れないってことは、誰にも決めつけられないってことだろ。……あいつらは、それを『欠陥』だって笑ったけどな。俺は最後まで、それを可能性だって思うことにした。誰にも見えない伏字の部分に、まだ俺の知らない俺がいるかもしれない……って」
(僕は、その言葉を笑えない。だって、僕も、同じだったから)
平均以下と言われ、絶望しかけたところに、突如として現れた、測定不能の光。あれは、まだ誰にも——自分自身でも、正体の分からない何かだった。
ニックはそこで、小さく笑った。今度はいつもの軽薄な笑みではなく、どこか誇らしげな静かな笑みだった。
「結局、その伏字が何なのか、最後まで分からず終いだったけどな。……でも、それでいい。誰に認められるためでもなく、俺は俺の剣を、俺の道を、信じ続けてきた。今回も、それだけだ」
ニックの声は、穏やかだったが、その奥に、確かな願いが込められていた。
(そう言えば、スターエレメントも、『一度決めたことは、何があっても、絶対に最後までやり抜くんだ‼』って言ってた。ここにも、エレメントの言葉を入れていたのか……)
「あ、あぁ……。約束する」
四堂悠太が、そう答えると、ニックは、満足そうに頷いた。透き通っていく体の輪郭が、淡い光を帯びる。これまでも、自分が創ったキャラたちに、何らかのお願いごとをされてきた。そのたびに、はっきりとした返事はしないで、うやむやに誤魔化してきた。
もうワナビを辞めたことを、ニックは知らない。次回作なんて永遠にないのに。でも、ニックの頼みはあまりに切実過ぎて、つい、約束する、と言ってしまった。
(もう小説は書かないと決めた。ニックに、嘘をついてしまった……)
他に答えようがなかったとはいえ、罪悪感が半端ない。
「頼んだ。……それと、一つだけ、聞いてくれるか」
「ニック……」
「情けない話だが、正直、追放されてからずっと、怖かったんだ。誰にも必要とされないまま、一人で朽ちていくんじゃないかって。……仲間だと思ってた奴らにさえ、いらないって言われたんだからな」
ニックの姿は、既に、ほとんど透き通っていた。それでも最後まで、ニックは真っ直ぐ四堂悠太を見つめていた。
「でも、創造主は、俺を呼んでくれた。ピンチになったとき、迷わず、俺の名前を呼んでくれた。……それだけで、俺が今まで一人でやってきたことは、無駄じゃなかったんだって、思えたよ」
風が静かに、二人の間を吹き抜けた。
「呼んでくれて、ありがとうな、創造主。……久しぶりに、誰かのために剣を振るえた気がする」
最後にそう言い残すと、ニックの体は光の粒子となって、静かに空へと溶けていった。剣を握っていた右手だけが、まるで、まだ何かを掴もうとするかのように、最後まで力強く空を切った。
(魔王を、倒したかった、か……。どうして僕の創ったキャラたちは、みんなあんなに僕のことを信じてくれてるんだろう……)
東雲柚月とは、また違う想いを抱えたキャラクターだった。四堂悠太は、拳を強く握りしめた。
(ニック……ごめん。次回作はないけど、せめてお前の分まで、絶対に、カジノとかに寄り道しないで魔王を倒す!)
その決意を静かに胸に刻みながら、次の目的地へと足を踏み出した。




