第五十五話 測定不能の勇者と、伏字だらけのステータス
「幼馴染の武闘家に、剣聖、賢者……。パーティメンバー全員が、ある日突然、俺にこう言ったんだ。『お前はもう、パーティに必要ない』ってな」
「な、なぜじゃ⁉ これまで一緒に苦楽を共にしてきた、大切な仲間だったのではないのか? そもそも勇者のパーティーから、勇者が追放されるというのは、どういうことじゃ⁉」
リデルが驚いている。
「理由は、色々あったんだが……一番大きいのは、ステータスだな。俺のステータスだけ、ずっと『測定不能』って表示されてたんだ。それを見て奴らは、俺には才能がないと判断した」
「測定不能……?」
「あぁ。今にして思えば、単純に俺の力が強すぎて、測定器の限界を超えてただけなんだが……。当時は誰もそれに気づかなかった。俺自身もな。あぁ……でもそういえば、賢者の奴だけは、『測定器の不具合だろう』って最後まで機械のせいにしてたな。……あいつ頭は良いくせに、妙なところで頑固なんだ」
(測定不能か……そう言えば、この世界にきて、僕も同じことを言われた)
四堂悠太の脳裏に、異世界に来てすぐの記憶が、ふと蘇った。冒険者ギルドで、初めて能力を測定したときのことだ。魔法石が、鈍い光から一転、眩いほどの輝きを放ち——そして、粉々に砕け散った。「測定不能」と、青ざめた顔で告げた受付嬢の姿。
(あのときの僕も、誰にも測れない何かを、抱えてたのかもしれない)
「全く……。良いよなぁ、創造主はハーレムパーティでさ」
ニックに言われて、四堂悠太は思わずむせた。
「ハ、ハーレムって……。全然、そんなんじゃないから!」
「いやいや、これで違うは無理あるだろ。可愛い女の子三人と旅してるんだぞ? 俺なんか、パーティ追放された挙句、行き着いた先が異世界だぞ。もっと感謝しろよな」
言われてみれば、確かに、リデルもアレクシアもルティナも、女の子だ。だが——。
(ハーレムって、その子たちに好意を寄せられてこそ成立するものじゃないのか。僕はただ、一緒に旅をしてもらってるだけで……)
ラノベによくある「ヒロインの好意に全く気づかない、鈍感系主人公」というテンプレが、脳裏をよぎった。
(いや、僕は、鈍感なんじゃない。気づいていないんじゃなくて——気づくべき好意そのものが、存在していないんだ)
自分でそう結論づけた瞬間、なぜか無性に、虚しさがこみ上げてきた。
(異性にモテるなんて、剣と魔法よりも、異世界転生よりも、ずっとファンタジーなんだよ。……僕にとっては)
「そういや、うちのパーティ、誰も治癒魔法使えなかったんだよな」
「え……それ、大丈夫だったんですか?」
あらゆる魔法を操るルティナが、あり得ないと言った顔でつぶやいた。
「武闘家の幼馴染は『気合いで治る』が口癖だったし、賢者は攻撃魔法しか勉強してなかったし、剣聖は剣技しか鍛えてなかった。……まぁかくいう俺も、勇者だったけど魔法には全然興味なくて、剣一筋だったから、人のことは言えないんだけどな」
「攻撃は最大の防御、みたいな戦法か……」
アレクシアの問いに、ニックがうなずく。
「そう、それ。俺たちはずっと『ガンガンいこうぜ』って作戦でやってきた。だけど、それにも限度があったよな。俺たちの鞄、いつもやくそうでパンパンだったし……」
「賢者とは、治癒魔法と攻撃魔法の両方使える人ではないのか? それ、致命傷を負ったら詰みじゃな……」
「そうだな」
ニックは、他人事のように言った。
「一人旅を続けている途中、どこかの村で、あのパーティが解散したって聞いた。普通に考えたら、そうなるよな。治癒魔法なしでやくそうだけじゃ、魔王は倒せない。魔王の攻撃、そんなやわな訳ないもんな。……何で俺たち、旅に出る前に気付かなかったんだろ」
「……ちなみに私は、治癒魔法も、攻撃魔法も、補助魔法も、一通り使えますが」
「え」
「なので、正直、ニックさんのパーティ構成が、少し信じられません」
ルティナが、淡々と言った。悪気のない指摘だからこそ、ニックには余計に刺さったらしい。
「……そういうの、今、一番言われたくなかった。ま、まぁ、ともかく。追放されて一人旅をしていたら、この状況に放り込まれたわけだが……正直、あまり驚いていない。俺の人生、大体こんな感じだったからな」
ニックは、そう言って、小さく肩をすくめた。その態度には、悲壮感どころか、どこか達観したような余裕すらあった。
(この飄々とした感じ……。テンプレの主人公、そのまんまだ……)
四堂悠太は、自分が二年前に書いた設定を、まざまざと思い出しながら、なんとも言えない気持ちになった。
(僕も当時、絶対こういうの書きたかったんだろうな……。分かる、分かるよ、当時の自分……)
村が落ち着きを取り戻した頃、村長がお礼にと、皆を自分の家へ案内してくれた。
少し離れた場所で、アレクシアが一人で剣を振っていた。決闘での動きを、体に染み込ませるように、同じ型を繰り返している。
「その踏み込み、あと半歩浅い方がいいぞ」
ふらりと近づいてきたニックが、アレクシアの手元を見ながらそう言った。
「踏み込みが深すぎる。そのままだと相手の間合いに先に入られる。踏み込みは、こっちの間合いを作るための一手であって、距離を詰めるための一手じゃない」
アレクシアは、怪訝そうにニックを見た。
「……今の一振りだけで、それが分かるのか?」
「そりゃ、伊達に何年も剣振ってねぇよ」
ニックはそう言って、軽く肩をすくめた。飄々とした口調は変わらないのに、その一言には確かな実感が滲んでいた。
「……少しだけでいい。稽古をつけてもらえるか」
「は? いや、俺、疲れて……」
「少しでいい。頼む」
アレクシアの懇願する口調に、ニックは思わず苦笑した。
「……分かった分かった。少しだけだぞ」
(……普段は緩そうなのに、剣の話になると、急に人が変わるんだよな)
四堂悠太は木剣を構え合う二人を、少し離れた場所から眺めながらそんなことを思った。
「勇者様、勇者様‼ どうか、これをお納めください‼」
村の武器屋の主人が、興奮した様子でニックに一本の剣を差し出した。
「え……、いや、俺、剣は間に合ってるんだが……」
「そんなこと仰らず‼ 勇者様には、ぜひ、この村特製の剣を‼」
困惑するニックに、四堂悠太はこっそり耳打ちした。
「ニック、これ多分、受け取っておいた方がいいやつだよ」
「何でだ?」
「勇者ってだけで、行く先々でこういうの貰えるんだ。定番なんだよ」
「……定番、なのか?」
ニックは釈然としない顔をしながらも、剣を受け取った。
村の広場には、古びた女神像が静かに佇んでいた。旅人たちが、道中の無事を祈るための像らしい。
「おっ、こういうのがある村は、なんか安心するな。ちょっと強い奴を倒した後だし、祈っとくか」
「安心? なんで?」
「こういう像の前に立つと、なんとなく、ここまでの冒険が、どこかに刻まれたような気になるだろ」
「刻まれる……? 何の話?」
「……いや、忘れてくれ。自分でもよく分からんことを言った」
ニックは、誤魔化すように視線を逸らした。
***
その夜村長の家で、ニックは久しぶりの温かい食事に舌鼓を打っていた。
「あー、生き返る……」
「ところでニック、その、追放される前は、パーティに幼馴染の武闘家がいたって言ってたよね。強かったの?」
「あぁ、あいつの拳は、岩すら砕くくらいの威力だった。……まぁ、俺には、一度も手加減してくれたことがないが」
「え……」
「組手のたびに、『ニックは頑丈だから平気でしょ』って、本気の正拳突き食らわされてたな」
(そのエピソード、聞くたびに追放パーティの闇が深まっていく……)
食後、勇者ニックは、突然タンスを開け放った。
「ちょ、ちょっと‼ 他人の家のタンスだよ、何やってるの⁉」
当たり前のようにタンスを漁るニックに、四堂悠太が慌てて止めに入った。
「なにって、このタンスの中に、あぶない水着が入っていたら、頂こうかと思ったんだが。村の剣よりも、あぶない水着の方が欲しい」
「それ、窃盗だから‼」
「人聞きの悪い。勇者たるもの、村の危機は隅々まで確認するものだろう」
「タンスの中は、村の危機と関係ありませんよ?」
ルティナが真面目な顔で返すと、ニックは何も言えず、黙ってしまった。
四堂悠太は、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
村の子どもたちが、興味津々といった様子で、ニックの周りに集まってきた。
「勇者さまって、レベルとかあるの?」
「あぁ、あるぞ」
「今、レベルいくつなの?」
ニックは、少し考えるように腕を組んだ。
「……実は、自分でもよく分からん。パーティにいた頃、ステータス確認しても、ずっと『表示不可』だったからな」
からかうように答えながらも、ニックは、子どもの目線までしゃがみ込んでいた。誰かに何かを聞かれるたび、面倒くさがる素振りは、一度も見せなかった。
「ええー、じゃあ確かめてみてよ!」
子どもの一人が、無邪気にせがんだ。ニックは苦笑しながら、右手をかざす。
「ステータスオープン」
空中に、うっすらと光る文字が浮かび上がった。
名前:ニック
レベル:————
HP:————
MP:————
スキル:勇者の一撃、剣聖の型、????????
称号:????????
「……相変わらず、肝心なところが全部伏字だ」
ニックは、深いため息をついた。
「なぁ、これ、そろそろ誰か教えてくれてもいいと思わないか」
「勇者さま、その伏字のところ、なんかチカチカ光ってるよ!」
子どもの一人が無邪気に、称号の欄を指差した。目を凝らすと確かに、文字の輪郭のようなものが、一瞬だけ浮かび上がっては消える。
「……あぁ、ほんとだ。何か書いてある気がするな。まぁ、見えないもんは仕方ない」
ニックは大して気にする様子もなく、あっさりと流した。
(その称号、絶対とんでもない二つ名とかだと思うんだけど……ニック、興味なさすぎでは……)
四堂悠太は内心でそう呟きながら、ニックの飄々とした態度に思わず苦笑した。
それを少し離れた場所から眺めていたリデルが、ぼそりと呟いた。
「シドーの創造した者は、皆どこか、抜けておるのう」
「それ、僕も否定できない……」




