第四十九話 魔王討伐の旅へ——実は誰も魔王の居場所を知らなかった件
街の門の前には、既に旅の一行が揃っていた。ルティナ、アレクシア、そして見送りに駆けつけたヴィクターとコレットの姿もある。
「悪い、待たせたか⁉」
息を切らして駆けつけた四堂悠太に、ヴィクターが軽く手を上げた。
「ちょうどいいところに来た。出発前に、お前らに伝えておかなきゃならないことがある」
ヴィクターの声のトーンが、いつもよりわずかに低い。四堂悠太は、思わず息を呑んだ。
「世界を救い隊のメンバーを、各地に派遣していたのは知っているな。魔王討伐の作戦を練るために、地図作りを進めていた」
「うん、ヴィクターが持ってた、あの詳細な世界地図だよね。作りかけだったけど……」
「あぁ。……その調査の途中で、二つの村が、既にクライナーの襲撃を受けているのが分かった」
「クライナーの……って、まさか」
脳裏に、フェモンの街で見た光景が蘇った。夢見るドキドキハートを奪われ、人形のように動かなくなった人々。
「あぁ。村人全員が石化していた」
ヴィクターは、そこで一度言葉を切った。隣にいたコレットが、静かに後を引き取った。
「フェモンの街よりもっと小さな村ですが、それでも合わせて百人近くが、心を奪われた状態のままです」
「コレットから報告を受けたとき、確認しておいたんだが」
ヴィクターが、四堂悠太の方に向き直った。
「夢見るドキドキハートというのがあれば、元の姿に戻せるんだったな? まだ手元にあるか?」
「うん、ローレライのときの分と合わせて、ちょうど二個あるよ」
四堂悠太は、肩掛けの鞄から小さな布袋を取り出して、ヴィクターに見せた。
「そうか……それを聞いて安心したが、魔王軍を倒さない限り、これからもクライナーに石化される人たちが出てくるだろう。情けない話だが、今の俺たちの力じゃ、まだ、魔王軍の全てには対応できていない。……だからこそ、お前らの旅は重要なんだ。無属性魔法で、クライナーを生み出す幹部たちを一人でも多く倒せれば、それだけ多くの人を救えることになる。頼む、必ず——」
「うん。……分かった」
四堂悠太は、頷いた。今までどこか他人事のように感じていた「魔王討伐」という言葉が、急に重みを増した気がした。
(僕たちが今、こうして呑気に旅の準備をしている間にも、同じようなことがまた、どこかで起きてるかもしれない)
「シドー、辛気臭い顔をするな」
黙り込んだ悠太の肩を、アレクシアがぽんと叩いた。
「案ずるな。私たちがいる」
「アレクシアの言う通りじゃ。下を向いてる暇はないぞ、シドー」
リデルも、力強くそう続けた。二人の言葉に少しだけ、肩の力が抜けるのを感じた。
「……うん、そうだよね。行こう。……ところで、魔王ってどこにいるんだろう?」
とりあえずの目的地は決まったものの、最終目的地である魔王の居場所が、分からないことに気づき聞いてみた。
しかし、返ってきたのは沈黙だった。全員の表情を見て、四堂悠太は察してしまった。
「……え。まさか、誰も知らないの⁉」
魔王討伐の旅に出るというのに、当の魔王がどこにいるか誰も知らない。旅の始まりから、不安になってきた。
「なに、案ずることはない。どうせこの先もブリザードたちが、戦いを挑んでくるじゃろう。捕らえて、尋問すれば良いだけの話じゃ。……口を割らぬようなら、我が可愛がっておる猛獣どもの餌にすると脅せば、大抵の者は素直になる」
「そうですね。彼らに聞くのが、一番手っ取り早いかと」
リデルが事もなげに物騒な提案をし、ルティナも当然のようにうなずいた。
(いや、それ完全に悪者側の発想だよ⁉)
「まぁ……他に手立てがないなら、それも一つの手だろう」
ヴィクターが、遠い目をしながら、静かに言った。
「先の事を考えるのも大事だが、当面の目的地も決まったんだ。まずは出発するしかないな」
「ところで、渡しておきたいものがある」
ヴィクターがそう言うと、懐から小さな布袋を取り出した。中から出てきたのは、掌に収まるほどの、丸みを帯びた石のようなものだった。表面には、淡い光の紋様が浮かんでいる。
(この世界、大事な物は布袋に入れる文化でもあるのか……? いつの間にか自分もすっかりこの文化に慣れてるけど)
「これは……?」
四堂悠太が首を傾げると、ヴィクターはその石を一つずつ、四人に手渡した。
「魔道具だ。四人それぞれに、一つずつ用意した」
「石、ですか」
アレクシアが、受け取った石を、まじまじと見つめた。
「使い方は簡単だ。ピンチになって、仲間の助けが欲しいとき——このくぼみの部分を、強く押してくれ。そうすれば、他の三人が持っている石が同時に光る」
「光る……だけか?」
リデルが、興味深そうに石を掲げながら聞いた。
「あぁ。位置までは分からない。だが、誰かが危機に陥っている、ということだけは、確実に伝わる」
ヴィクターは、少し苦い笑みを浮かべた。
「リューベックを拠点にしていた頃とは、勝手が違う。旅に出れば、単独行動が必要になることもあるだろう。敵と戦っているうちに、散り散りになって、仲間とはぐれることだって、十分にありえる」
「……確かに、そうですね」
ルティナが、頷いた。受け取った石を、両手でそっと包み込むようにして、胸元に寄せる。
「そんなときのための、これだ。……まぁまぁ値の張る代物でな。世界を救い隊の懐から、精一杯奮発させてもらった」
最後の一言は、少し照れくさそうに付け加えられた。
「ありがとう、ヴィクター」
四堂悠太は、渡された石を、ぎゅっと握りしめた。ひんやりとした感触が、掌に伝わってくる。
「大事に使うよ」
「あぁ。……できれば、一度も光らせずに帰ってきてほしいけどな」
ヴィクターは、そう言って肩をすくめた。四堂悠太は渡された魔道具を、ズボンのポケットにそっと収めた。いざという時、すぐに取り出せるように。鞄の奥にしまい込んでしまっては、肝心な瞬間に間に合わないかもしれない。
アレクシアは手の中の石を、しばらくの間じっと見つめていた。その目には、いつもの快活さとは少し違う、何か静かな色が浮かんでいた。
「……仲間が、危ないときに、気づいてやれる。助けを……呼べる」
その魔道具を握った瞬間、アレクシアの表情が、ふと遠くを見るように変わった。何かを思い出しているようだったが、しばらくの間ただ黙って石を見つめていた。
「……アレクシア?」
黙り込んだアレクシアに、隣にいたリデルが、不思議そうに声をかけた。
「あぁ、いや……何でもない」
アレクシアは小さく首を振ると、石を腰に提げた小袋の中に、丁寧にしまい込んだ。
「大切に、持っておく。……ありがとう、ヴィクター隊長」
「気にするな。お前らが、無事に帰ってくることが、一番の礼だ」
ヴィクターはそう言って笑うと、ふと思い出したように、もう一つ、小さな瓶を懐から取り出した。
「あぁ、それと……これも持って行ってくれ」
瓶の中には、とろりとした黄金色の液体が、たっぷりと詰まっていた。
「ハチミツ……ですか?」
「そうだ。旅先じゃ、まともな飯にありつけないことも多いだろう。だが、これさえあれば、どんな料理も格段に美味くなる。パンにも、肉にも、スープにも合う。俺の一番のおすすめだ」
ヴィクターは、真剣そのものの顔で力説した。
(……あの時の料理、思い出した)
四堂悠太の脳裏に、リューベックの食堂で振る舞われた、あの日の夕食が蘇った。全ての料理に、これでもかというほどハチミツがかけられていた、あの光景。
(ヴィクター隊長、本当にハチミツが好きなんだな……)
「あ、ありがとう。……大事に使うよ」
思わず苦笑しながら瓶を受け取ると、肩に掛けた鞄の中にそっと収めた。金貨袋の隣に収まった瓶が、かちゃりと小さな音を立てる。ヴィクターは、満足そうに頷いていた。
「どうか……世界を頼みます。皆様の無事の帰還を、待っています」
それまで静かに見守っていたコレットが、そう言って深々と頭を下げた。目には、うっすらと涙が滲んでいた。
そんなやり取りを経て、ヴィクターとコレットに見送られながら、四堂悠太たちは、リューベックの街を後にした。




