第四十七話 世界を救い隊、正式に名乗る——そして、託されるもの
「――えー、この度、我が隊のメンバーたちが、魔王討伐に発つにあたり、改めて名乗っておきたいことがある!」
屋敷の広間に集まった面々の前で、ヴィクターが、いつも以上に胸を張って声を張り上げた。
「世界を救い隊、隊長のヴィクターだ! よろしく頼む!」
「同じく、世界を救い隊、副隊長のコレットです」
コレットが、折り目正しく一礼する。
その瞬間、広間に、なんとも言えない沈黙が落ちた。
「……せ、世界を、救う隊……?」
エルフの長老が、聞き返すように呟いた。ヘンリルとガルダは、思わず顔を見合わせている。サランセルゴの騎士たちも、ヴィンラントの魔導部隊の面々も、一様に、どう反応していいか分からない、という表情を浮かべていた。
「隊長、副隊長……そのままの、名前ですな」
長老が、絞り出すように、当たり障りのない感想を口にする。
「だろう! 分かりやすいのが一番だからな!」
ヴィクターは、全く意に介した様子もなく、豪快に笑った。
その隣で、コレットが、小さくため息をついている。
「……ですから、私は、名乗りたくなかったんですよ」
「ん? 何か言ったか、コレット」
「いえ、何も」
(ヴィクター隊長、多分一生気づかないんだろうな……)
その様子を眺めながら、四堂悠太は、内心でそっとそう思った。
サランセルゴの騎士団長。アルブリー王とその側近たち。ヴィンラント連合から来た者たちの姿もある。そして、冒険者を含むこの街の住人たち。
(五年前まで、世界の覇権を巡って争っていた三国の人たちが、今はこうして一つの街に集まって、力を貸し合ってるんだよな……)
考えれば考えるほど、それはすごいことのように思えた。かつての敵国同士が、杯を酌み交わし、笑い合っている。
「これ、まるで群像劇のクライマックスみたいだ……!」
思わず、口から漏れた。
「……は? 群像劇?」
隣にいた、狼型獣人の用心棒——ヘンリルが、きょとんとした顔で聞き返してくる。
「あ、いや、何でもないです……」
(またやってしまった……)
四堂悠太は、慌てて誤魔化した。
「なんか、シドーさんって、時々変なこと言いますよね」
「よ、よく言われます……」
ヘンリルに苦笑いを返しながら、四堂悠太は、心の中でこっそり呟いた。
(でも、本当にこの光景、小説にしたら絶対映えるやつだと思うんだけどな……)
***
その頃、屋敷の応接間では、ヴィクターとコレットが、ルティナの前に座っていた。
「シドー、ルティナ、いつもの生活費、持ってきたぞ! それと、魔王討伐に出るって聞いたからな。激励に来た!」
ヴィクターは、いつもの調子で明るくそう言った。コレットも、その隣で静かに頭を下げた。
「隊長ともども、応援しています。……もっとも、ルティナがいなくなると、街の運営が少々心配ではありますが」
「コレット副隊長、そのことなんですけど……」
ルティナは、いつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに切り出した。
「二人に、話しておかなければいけないことがあります」
ヴィクターとコレットは、顔を見合わせた。
「話しておかなければいけないこと? どうした……改まって」
「実は——」
それから、ルティナは、これまで誰にも打ち明けてこなかった全てを、二人に語った。自分がこの街の本当の領主であること。ブルームが影武者であること。街で重罪を犯した者たちを、アルブリー王国へ刑期労働者として送っていたこと。そして、リデルとアレクシアの活動資金の一部にも、街の財源が使われていたこと。
部屋の中に、しばらくの間、沈黙が満ちた。
「……つまり、ルティナは、この三年間、ずっと一人でそれを背負ってたのか」
話を聞き終えたヴィクターが、そう呟いた。驚きはしていたが、その声には、責める色は少しもなかった。むしろ、どこか納得したような、優しい響きがあった。
「素直に驚いたが……お前らしいな、ルティナ。そういうところ、心配になるけどな」
ヴィクターは、そう言って、頭をガシガシと掻いた。
「でも、そっか。ブルーム公が、実は……」
「うっかり口を滑らせないでくださいね、ヴィクター隊長」
「わ、分かってるって!」
その気の抜けたやりとりに、ルティナは、思わず小さく笑った。
一方、コレットは、しばらくの間、言葉を発せずにいた。
初めてルティナと会ったとき、コレットは彼女のことを、少し変わった、金銭感覚に難のある人だと思っていた。街の財源の使われ方に、時折不透明な点があると感じたことも、一度や二度ではなかった。今にして思えば、あれは全部、意図的にそう見せていたのだ。誰にも本当の姿を悟らせないために。
そのことに気づいた瞬間、コレットの胸に去来したのは、驚きだけではなかった。ずっと一人で抱え込んでいたルティナに、何も気づけなかった自分への、小さな後ろめたさだった。
「……なぜ、今まで黙っていたのですか」
コレットが、絞り出すようにそう尋ねた。
「私になら、話しても大丈夫だと、分かっていたはずです」
「えぇ、分かっていました。コレット副隊長なら、絶対に外に漏らさない。それは信頼していました」
ルティナは、静かに首を振った。
「でも、コレット副隊長は真面目すぎます。ヴィクター隊長に黙って秘密を抱えることが、重荷になると思いました。だから、話せませんでした」
その言葉に、コレットはしばらく黙り込んだ。
「……ルティナらしい、配慮ですね」
やがて、コレットはそう言って、小さく息をついた。それから、少しだけ困ったように、眉を下げた。
「一つだけ、言わせてください」
「何でしょう?」
「重荷になるかどうかは、私自身が決めることです。ルティナが決めることではありません」
その言葉は、静かだったが、はっきりとした芯があった。ルティナは、少し驚いたように、コレットを見つめた。
「……そうですね。その通りです。ごめんなさい、コレット副隊長」
「いいえ。今、こうして話してくださったので、それで充分です」
コレットは、そう言って、小さく微笑んだ。
「それで、ルティナ。私に、何かお願いがあるのですね?」
「えぇ。私が旅に出ている間、リューベックの領主代行を、コレット副隊長にお願いしたいのです」
コレットは、一瞬だけ目を見開いた。それから、真っ直ぐにルティナを見つめ返した。
「……分かりました。引き受けます」
「コレットになら任せられる。俺も、それがいいと思うぞ」
ヴィクターが、力強く頷いた。
「それと、前の領主が逃げ出した際、軍もまた散り散りになってしまいました。その代わりとして、冒険者ギルドの有志の方々を集め、世界を救い隊リューベック支部を作ったのです。総勢で約百人。コレット副隊長、こちらの統率もお願いしていいですか?」
「え……えぇ、構わないけど。百人のリューベック支部⁉」
「おいおい、世界を救い隊の本部の人数と同じじゃないか! この街だけで、そんなに集めたのか……。ルティナ、俺より隊長、向いてるんじゃねぇか?」
「何を仰るんですか、ヴィクター隊長。カリスマ抜群のヴィクター隊長の代わりが務まる者なんて、おりませんよ」
その場で、三人の会話を聞いていて、四堂悠太は唸った。
(にしても、百人の部隊を、こっそり三年間で作り上げてたのか……。ルティナ、有能すぎて逆に怖いな……)
「ありがとうございます。ヴィクター隊長、コレット副隊長」
ルティナは、心底ほっとしたように、微笑んだ。
こうして、リューベックを発つための準備は、一つ、また一つと整っていった。
四堂悠太たちが、魔王討伐の旅に出る日は、もうすぐそこまで迫っていた。




