第四十二話 残された魔法はあと八回
長い話を聞き終えて、四堂悠太はしばらく声が出なかった。
(……そうか。時々街で見かけていた、復興工事をしている冒険者たちも、街を警備している冒険者たちも、みんなルティナが組織した世界を救い隊リューベック支部の人たちだったんだ)
ルティナのイメージが、ここ数十分でがらりと塗り替えられていくのを感じる。
いつも飄々として、掴みどころのないルティナ。その裏に、こんな覚悟と痛みが隠れていたなんて、想像もしていなかった。
「……ルティナが、そんなことを考えて、この街の領主をやってたなんて、知らなかったよ」
素直にそう言うと、ルティナは少し照れたように微笑んだ。
「シドーさんにだけ話しました。話すつもりはなかったのですけど……ヴィクター隊長が、私たちのお金の管理をシドーさんに任せたのが、想定外で計算外でした。……お財布の中身、もうほとんど空っぽなんじゃないですか?」
ぎくりとした。でも、ルティナの想像通りだったから、無言でうなずくしかなかった。
(なんで領主って、こんなに人の懐事情に詳しいんだ……。もしかして税務署の生まれ変わりなのでは……)
「……やっぱり。原因は、リデルさんのコレクションと、アレクシアさんの賭博ですよね?」
それも当たっている。
「でも、ルティナの言う通り、リデルとアレクシアにとっては、必要な儀式なんだ。世界を救うために、自分を保つために。……リデルは見捨てられた命をこれ以上増やさないために。アレクシアは、覚悟を失わないために」
(つまりは……サブスク能力、みたいなものなんだよな。課金し続けないと、力が減衰していくというか)
真剣に語っている最中に、そんな軽薄な喩えが浮かんでしまって、内心少し反省した。でも、あながち間違っていない気もする。リデルは定期的にコレクションを補充しないと王者の力が薄れていくし、アレクシアも賭博で自分を追い込み続けないと、絶対防御が維持できない。……月額課金というより、都度課金の従量制な気もするけど。
「それに二人は、自分のことそっちのけで、いつも誰かを助けようとしている。リデルは立派な王になるためだと言って、ひとだけじゃなく、動物まで助けようとしているし、アレクシアは寝る間も惜しんで、人助けをしてる。二人とも優しくて純粋で、真っ直ぐだ。……ルティナが、この街の領主になって、治安を良くしてくれてなかったら……きっとあの二人は壊れていただろう」
四堂悠太は、リデルと一緒に毎日のように迷い犬の飼い主探しをしていたこと、偶然夜に見回りをするアレクシアを見つけたことを思い出していた。
ルティナは、黙って話を聞いていた。そして最後の方で、珍しく興奮してきたようだった。
「……そうです。そうなんですよ、シドーさん」
ルティナは、噛みしめるように言葉を繰り返した。
「あの二人について分かりあえる同志が、こんな身近にできたなんて……嬉しいです。でもこのことは、ヴィクター隊長にも、コレット副隊長にも、もちろんリデルさんとアレクシアさんにも、内緒ですからね。あの二人は、こんなことを知らなくていいのですから。もしリデルさんに知られたら、全身の毛を逆立てながら『ルティナ……、キモいし重いわ。生理的に無理じゃ』と言われ、アレクシアさんには『……その、軽くストーカーだと思う。すまん、少し距離を置かせてくれ』と静かに一歩退かれるに決まっています」
「いや、そこまでは言わないと思うけど……うん、分かった。……それだけ二人のこと、大事に思ってるんだね」
ルティナは、グラスに残った葡萄酒を、ゆっくりと揺らした。
「えぇ、大事です。私の理想そのものですから。……あぁ、そうそう。シドーさんに、一つだけ言っておきたいことがあるんです」
ふいに、ルティナの声のトーンが変わった。笑っているのに、目の奥だけが笑っていない。
「もしシドーさんでも、あの二人を傷つけるようなことをしたら——私、許しませんよ?」
冗談めかした口調だったが、背筋がすっと冷たくなった。
「……え、あ、う、うん。もちろん、傷つけるつもりなんて、全然……」
「ふふ、冗談ですよ。……半分くらいは」
ルティナは、いつものにこにこした笑顔に戻って、悪戯っぽくウインクした。だが、その「半分」が、どうにも本気に思えてならなかった。
(ルティナ、絶対に本気で言ってる……。敵に回したら一番怖いタイプだ、この人……)
四堂悠太は、冷や汗をかきながら、心の中で固く誓った。二人を傷つけることだけは、絶対にすまい、と。
***
その日の夜、屋敷を後にする間際、ルティナが、思い出したように足を止めた。
「あ、そうそう。シドーさん、もう一つお伝えしておきたいことが」
「え、まだ何かあるの……?」
今日一日で、色々なことがありすぎて、四堂悠太は少し身構えた。
「前回の実験で無属性魔法の発動条件が、完全に分かりましたよね。それで考えてみたんですけど、シドーさんが召喚できる残りの回数は、あと八回です。それを過ぎると、おそらく——発動しなくなります」
「え……、本当に⁉」
その一言で、頭の中を占めていたルティナの秘密も、財布の心配も、一瞬で吹き飛んだ。
「えぇ。……あまり、良い知らせとは言えないかもしれませんが」
ルティナは、少しだけ声を落とした。
「……ですので、このままリューベックを拠点にして、防衛戦を続けるやり方では、魔王を倒すところまで辿り着けません。……旅に出て、こちらから魔王を討ちに行くべきだと思います」
旅、という言葉が、四堂悠太の中で、じわりと重みを増していった。
「……旅、か。そうだな、無属性魔法はあと八回しか使えない。つまり、その八回の中で、魔王を倒さないといけないってことなんだよな」
「えぇ。魔王のいるところまで、直接向かいましょう。リデルさんとアレクシアさんにも、これから話します」
ルティナは、そう言うと、いつもの柔らかい笑みを浮かべた。だが、その目の奥には、覚悟のようなものが滲んでいるように見えた。
「……分かった。行こう」
迷いは、なかった。ここまで積み重ねてきた全てが、この一言に繋がっているような気がした。
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