第四十話 リューベックの領主
四堂悠太は焦っていた。
無属性魔法の使い方にも、大分慣れてきた。魔王軍との戦闘でも、三回連続勝利している。そこは大満足だった。
でも、今切実な問題はそれじゃない。
(この短期間で、ヴィクターから預かった三ヶ月分の生活費、金貨二百枚を使い切ってしまった……)
生活費としては充分余裕があるだろうから、良い装備でも買ってくれとヴィクターは言っていた。
しかし実際は、良い装備でもなんでもなく、リデルの斑月猫に金貨百枚。アレクシアの賭博の後始末に金貨百枚。ヴィクターから預かった生活費は、綺麗さっぱりゼロになっていた。それぞれの使い道に後悔はない。ないが、もうすぐ手元のお金が尽きてしまう。
(やばいやばいやばい……)
「よし、冒険者ギルドに行って、依頼をこなそう!」
以前、リデルのコレクションを買った後も、こうして冒険者ギルドの依頼で穴埋めをしたのだった。あの時リデルと一緒に薬草採取の依頼をこなしまくったので、薬草についての知識がそれなりについた。
(近場でできる薬草採取の依頼なら、一人でこなせるはず)
四堂悠太は、誰もいない宿屋で、一人静かに決意した。
***
冒険者ギルドは、大通りをまっすぐ歩いて行って、リューベックの街の一番奥にあった。そのすぐ隣に領主の屋敷がある。
以前冒険者ギルドに来たとき、時折領主の屋敷に出入りするルティナを見かけた。もしかして今日もいるかもしれないと、ドキドキしながらやってきたが、今日はいなかった。
(ルティナ、何で領主の屋敷に時々出入りしてるんだろうな……。やっぱり、ヴィクターが言ってた政治献金してるのかな……)
でも、金銭管理を四堂悠太がするようになって、ルティナは好きにお金を使えなくなったはずだ。もしかして、ルティナもお金に困っているのかもしれない。
そんなことを考えながら、冒険者ギルドに入って行った。
(掲示板、掲示板……と)
以前の経験から、依頼の受け方も、もう分かっている。
早速掲示板に張り出されている依頼の一覧を、見てみた。何か簡単で、割の良さそうな依頼はないかと選んでいたつもりだった。なのに途中から、自分の中で何かが目覚めてしまった。
(この依頼……序文の引きが秀逸すぎる。「村外れの森で薬草を採取して欲しい」という依頼なのに、わざわざ「夕暮れ時、一人の老婆が涙ながらに語った」という語り口で始めてる。これ、プロローグの書き方として完璧では……?)
思わず唸った。
「こっちの依頼は、文章構成が絶妙で、序文でフックを作って、中盤で葛藤を匂わせて、末尾の報酬額提示で読者——いや、冒険者の行動を促す構造になっている! まるで小説だな!」
本来の目的を忘れ、無意識に口走っていた。
「シドーさん、それ、ただの依頼ですよ?」
背後から突然声をかけられた。
びっくりして振り返ると、ルティナがにこにこ笑って立っていた。
「あ、ルティナ。奇遇だね……ルティナも冒険者ギルドに用事?」
内心ドキドキしながら、なるべく平静を装って言った。
「まぁ……そんなところだったんですけど、せっかくシドーさんに会えたことですし、少しお話でもしませんか?」
(お話って何だろうな……。もしかしてお金のこととか、やっぱりお金のこととか、絶対お金のことだよな……)
嫌な予感しかしなかったけど、断れずに、ルティナの後について、冒険者ギルドを出た。
***
ルティナは、冒険者ギルドを出ると、すぐ隣の領主の屋敷に入って行った。門をくぐって、中庭を通ってどんどん進んでいき、ついに建物の前に辿り着いた。
「あ、あの……ルティナ。勝手に入ったら怒られるんじゃ……」
リューベックの領主ブルーム公は、私腹を肥やすことしか考えない悪徳領主だと、さんざん街の人々が噂していた。そんな怖い人の屋敷に勝手に入って、ただですむ訳がない。
「怒られるって、誰に怒られるんです?」
きょとんとして、ルティナが聞き返した。
「誰にって、そんなのもちろん、この屋敷の人だよ‼」
「あぁ……なるほど。それなら心配いりませんよ。私はこの屋敷の住人です。自分の家に入って怒られることはありませんから」
ルティナは笑って、屋敷の大きなドアを開けて中に入っていった。
(え……。ルティナが領主の家に住んでいる? それってブルーム公の家族ってことかな?)
一度見ただけのブルーム公を、必死に思い出してみた。初老のエルフで、立派な髭をたくわえた紳士だった。
(てことは、ルティナはブルーム公の娘? いや孫娘かな……。エルフって長生きだから、ブルーム公もルティナもどのくらい年の差があるのか良く分からない。……ってことはまさか、ブルーム公の妻だったっていうのも有り得るのか⁉)
その考えは衝撃的すぎた。二人を脳内で隣に並べてみて、慌てて頭を振った。
(いやいや、ないない、そんなの……多分)
腹黒いルティナのことだから、お金持ちの領主の妻の座に、ちゃっかり収まっているなんていうことも、有り得ないとは言い切れない。
(……いや、やっぱりないな‼ きっと孫娘だ、そうに違いない‼ ……って、なんで僕はこんな真剣に設定を詰めてるんだ。これじゃ、また新作のプロットを考えてるみたいじゃないか)
我に返って、四堂悠太は小さく頭を振った。癖というのは恐ろしいもので、衝撃的な事実を前にすると、つい頭の中で人物相関図を組み立ててしまう。
考えを巡らせている間に、いつの間にか立派な客室に案内されていた。
「どうぞ、お座りください。ここなら落ち着いてお話できますからね」
ルティナが話している途中で、使用人が紫色の飲み物を運んできた。
「シドーさん、お酒は飲めますか?」
「え……十八歳なので、飲んだことないです。僕のいた世界では、お酒は二十歳以上しか飲めないので」
「あら、そうでしたか。でも、この世界にそんなルールはありませんので、どうぞ召し上がってください。この領地で採れたぶどうを使ったお酒で、とっても美味しいんですよ。それで早速ですが、今日シドーさんにお話したかったことと言うのは……」
(いよいよ、本題を切り出される‼)
四堂悠太は焦って、少しでもルティナの気を逸らせないかと考えた。
「あの、えっと……いくらこの家の住人だとしても、勝手に客を招き入れて、勝手に飲み会なんて始めたら、さすがに領主様に怒られるでしょう!」
必死に考えて本題を避けようとしたことがバレているのか、ルティナはくすくすと笑いだした。
「ですから、私がこの屋敷の住人で、この街の領主です」
しばらくの間、ルティナの放った言葉の意味が分からなかった。頭の中で、何度も反芻してやっと理解できた時、椅子から飛びあがる勢いで驚いた。
「え————‼ ルティナがリューベックの領主⁉ 戦争に乗じて私腹を肥やすことしか考えていないあの領主⁉ ……ちょっと待って。そうするとあの立派な髭のおじいさんは、領主でないとすると誰⁉」
高級そうな馬車から降りて、かしこまった使用人たちに囲まれて、悠々と屋敷の方へ歩いて行った、あのエルフの老人は一体誰なのか。
(どこからどう見ても、この屋敷に住んでいる領主、ブルーム公にしか見えなかったけど……)
「まぁまぁ、シドーさん、一杯飲んで落ち着いて聞いてください。少し長いお話になるんです。ときは、私が世界を救うため、三年前にこの街に来たときにさかのぼります」
ルティナは葡萄酒をぐいっと飲んで、遠くを見つめた。
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