第三十五話 目覚めよ、紅蓮の守護者
(専門用語も手順も何一つ知らないけど……、勇気と勢いで何とかするしかない‼)
「え、えーっと、レッドサラマンダー、出動……してください」
「ちょっと待ったぁ‼ それじゃ動けねぇよ。もっとこう……雰囲気を出してくれ‼」
「雰囲気って言われても……んー、ふっ、ふふ……創造主として、命じよう。レッドサラマンダーよ、力を示せ‼」
「……なんか違うんだよなぁ……。今度は背伸びしすぎて、声が裏返っちゃってるぜ?」
(くっ……、どうすればいいんだ‼ 操縦士、注文多いし……、もう、なるようになれ‼)
「レッドサラマンダー、出撃せよ‼」
「あぁ、了解だ。行くぜ‼」
ウゥゥゥ……ンンン……と低く唸るようなサイレンが辺りに響き渡り、車体上部の赤色灯がくるくると回転を始める。夜の湖畔に、赤い光が規則的に明滅した。
赤くて巨大な消防車が、ゆっくり動き出した。
「おぉぉぉぉ‼ 良いのう、良いのう」
リデルが子どものように目を輝かせ、無邪気な歓声を上げた。
アレクシアは、
「感服した」
と言って、消防車に向かって謎の一礼をしている。
ルティナは、
「これ、魔導書にしたら高く売れそうですね」
とつぶやいている。
三人は平常運転だった。
「オペレーター、次の指示をくれ」
「目標捕捉。速やかに……倒してください。お願いします」
「目標どこよ? 大体、お願いされてもなぁ……‼」
湖畔で繰り広げられる、緊張感ゼロのやり取り。リデルはせっかく動いたレッドサラマンダーに感動していたのに、何だか残念そうな顔に戻ったし、ルティナは口元を押さえて、笑いをこらえていた。
三幹部のストーム、よくこんなのを見逃してくれるなと思って、視線をやると、微動だにせず事態を見守っている。
(何考えてるのか全然分からない……もしかして「この消防車の方がまだ使える」とか思われてないだろうな……。いや、そもそも、オペレーターなんて大事な役目、いきなり素人ができる訳ないんだよ……)
『何考えてんだ‼ ロボットの操縦なんて、いきなり素人ができる訳ないだろ‼』
そう言えば不知火徹も、消防署に赴任した当日に、いきなりロボットを操縦するように言われて、こう言い返していた。でもなんやかんやあって、結局操縦することになったんだ。
そして、そのまま勇気とノリと勢いで、敵を倒してしまった。
不知火徹だけじゃない。子どもの頃、夢中になってたロボットアニメは、大体素人が、何だかよく分からないうちに、ロボットの操縦をすることになる。それで敵を倒す。なら、自分だってできるかもしれない。気付いたら、謎の勇気が湧いてきた。
湖畔にある灯台が、ガコンと重い音を立てた。
その瞬間——脳裏に、懐かしい映像が蘇った。
(この音、知ってる……。……見える‼ たくさんの計器、良く分からないレバーとスイッチ、前面に大きなモニター画面があるオペレーション室が。子どもの頃毎週欠かさず見ていた再放送のロボットアニメで、オペレーターのお姉さんが、いつもこう言ってたんだ……)
気づけば、口が勝手に動いていた。
「……全系統、接続完了。変形プロセス、起動——目覚めよ、紅蓮の守護者‼」
「おうよ‼ 水陸両用消防車、レッドサラマンダー、参上——燃える魂、見せてやる‼」
不知火徹の声とともに、消防車のフォルムが軋みを上げて動き出す。荷台が展開してキャビンが持ち上がり、四本の脚部となって車体を支えた。運転席は胸部へとスライドし、放水ホースが腕部として展開する。
ものの数秒で、赤い消防車は二足歩行可能な、人型シルエットへと姿を変えた。フロントグリルがそのまま面構えとなり、左右のヘッドライトが眼のように赤く灯る。表情らしい表情はない、ただの機械の顔だ。太いホース状の腕には指と呼べるものはなく、放水のためのノズルがそのまま拳の代わりになっていた。
無骨で、お世辞にも格好いいとは言えない——それでも、確かにロボットの姿をしていた。小学六年生のときに創った「ぼくのかんがえたさいきょうのロボット」だ。
四堂悠太の声に合わせるように、消防車のボディが完全に人型へと立ち上がる。湖畔に、赤い巨体がその全容を現した。
「よし……! 動くぞ、創造主! これなら戦える!」
不知火徹の声には、確かな手応えがあった。自分でもそう思っていた。この時は、——まだ。
「ちょっと待て、シドー‼ 湖の向こうに、あの人魚が……⁉」
アレクシアの声で、湖面に目をやった。銀色に光る巨体が、水面を割って姿を現す。クライナーだ。凶器に歪んだ人魚の姿が、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
「来るぞ、尾ビレだ‼」
クライナーの下半身が鞭のようにしなり、巨大な尾が横薙ぎに振るわれた。反射的に、腕が動いた。
「右腕、ガード!」
ホース状の腕が交差し、衝撃を受け止める。ガコン、と鈍い音が船体全体に響いた。
「うぉっ、装甲に亀裂……いや、大丈夫、まだ耐えられる‼」
「そのまま、左のノズルで殴り返して! ……なんで殴れって分かるんだろ、僕」
「今それ考えてる場合か‼」
左腕のノズルが握り拳のような形に変わり、クライナーの脇腹へと叩き込まれる。手応えは確かにあった。だが同時に、反動でレッドサラマンダーの姿勢が大きく崩れる。
「くっ、バランス……!」
体勢を立て直した瞬間、クライナーの体表がぎらりと光った。
「な、鱗が……⁉」
全身の鱗が逆立ち、無数の刃となって飛び散る。銀色の散弾が、水しぶきごと降り注いだ。
「散弾……いや、鱗! 全弾、避けきれない……盾になるもの、何かないの⁉」
「そんなもん、今のこいつには付いてねぇ‼ 消防車のどこにそんなオプションがあるんだよ‼」
「うそっ……!」
両腕で顔をかばうのが精一杯だった。鱗の刃が装甲へ次々と突き刺さり、乾いた音を立てて機体を傷つけていく。片膝が、水面に沈んだ。
「く……このままじゃ、削られるだけだ……!」
「装甲はボロボロだ……だが、まだ立ってる‼ 俺たちが止まる理由にはならねぇ‼」




