第三十四話 レッドサラマンダー出動
四堂悠太が消防車を召喚したのとほぼ同時に、ストームは湖の中央に向かって、
「出でよ、クライナー‼ 世界を闇に染めろ‼」
と叫んだ。ストームからダークエナジーを注がれ、さざ波一つ立っていなかった水面が、禍々しく波打った。その中から、人影が浮かび上がってくる——美しい女性の上半身と、魚のような下半身。だがその瞳には狂気じみた光が宿り、全身を覆う黒い露が、本来の姿を歪めていた。その生き物は、ただ一言、
『クライナー』
と叫んだ。
「ローレライじゃ! ……いや、クライナー化したローレライじゃな」
リデルが、元の魔物の正体を教えてくれた。
「……だが、相手は水の中。接近戦ができない」
アレクシアが悔しそうにつぶやく。リデルも気づいたようで、慌て始めた。
ストームが、抑揚のない声で告げた。
「あなた方の戦い方、ブリザードとサンダーから聞きました。単純明快です。——距離を詰め、武器をふるう。それだけ。……まぁもっとも、そちらの方々の攻撃など、取るに足りません。私が脅威と感じたのは魔法。でも……それも接近戦でしたね。ですので、距離を奪わせて頂きました」
相変わらず感情のこもらない、淡々とした言い方だった。
三人の中で唯一、ルティナは魔法使いで、遠隔攻撃ができる。でも、以前ブリザードに、この世界で一番強い十五階層の魔法をぶつけてもらったことがあったけど、ほとんど効かなかった。ストームの判断通り、リデルとアレクシアとルティナの攻撃では、クライナーも三幹部も倒せず、可能性があるのは、無属性魔法で召喚したキャラクターだけだ。
それを理解している三人は、期待のこもった目で、たった今召喚されたばかりの消防車を見た。
「その赤くてとてつもなく大きいのは、船か?」
「船じゃないよ、消防車だ」
「ショウボウシャ……? シドーの世界にある乗り物なのか?」
「うん。僕の処女作『働く車変形ロボ ワークギアー』に出てくる主人公機だよ。消防車が変形して、巨大ロボットになるんだ」
「ほう……。処女作ということは、シドーの、一番最初の物語なのじゃな」
「そう。今思うと消防車が変形、合体してロボになるとか、無茶苦茶な設定なんだけど……当時は真剣に考えてたんだよ」
そう言って、四堂悠太は懐かしそうに笑った。処女作、という言葉に、迷いは欠片もなかった。
(消防車は懐かしいけど、今来てもらってもどうしようもないな……)
来てくれたのが船だったら、どんなに良かっただろう。リデルに説明しながら、そんな贅沢な想像が頭をよぎる。ロボット搭載の戦艦なら言うことなしだったが、「働く車変形ロボ ワークギアー」に、そんな都合の良い乗り物は登場しない。タイトル通り、働く車オンリーの作品なのだから仕方ない。諦めて、背後に控える消防車に目をやる。リデルの言う通り、赤くてとてつもなく大きい。しかも、よくある車のタイヤではなく、ブルドーザーと同じキャタピラーを履いていた。それを見て、ただの消防車ではないと、直感的に悟った。
(思い出した……‼ こいつはレッドサラマンダーだ‼)
日本に二台しかない、全長八メートル以上もある水陸両用消防車で、真っ赤なボディに、後部からは巨大なフロートとスクリューが展開している。その名はレッドサラマンダー。
「働く車変形ロボ ワークギアー」の主人公であり、操縦士でもある不知火徹は、その場に相応しい働く車に乗って、事件を解決しに行く。もしかして今回は、湖の中に敵がいるから、レッドサラマンダーで出動してくれたんだろうか。
(さすが不知火徹! 修羅場を幾つもくぐり抜けてきた熱血漢、良い判断だ!)
そう考えていたまさにその時——四堂悠太は、体の奥にまた、あの感覚が走るのを感じた。
(またこれだ……。東雲柚月の時も、ヘレナの時も、同じような感じがしたっけ。何て言えばいいんだろう……。何かが、体の中を通り抜けていくような……)
うまく言葉にできないまま、それでも、召喚するたびに必ず起きる何かなのだと、四堂悠太は漠然と感じ始めていた。運転席から一人の男性が飛び出してきた。真っ赤なツンツンの短髪で、十九歳の青年だ。
「水陸両用消防車、レッドサラマンダー、参上!」
しかし、意気揚々と名乗りを上げたのも束の間、すぐに彼の顔が青ざめた。
「……だが、いきなりトラブル発生だ‼ 本部と連絡が取れない。無線が通じないんだ‼」
不知火徹は真面目な顔で、悔しそうにレッドサラマンダーのドアを叩いた。
(無線が通じない……って。ここ異世界だから。そりゃ通じないよ……)
当たり前のことだった。でも本人には言いにくくて、
「無線が通じないと何か問題があるの?」
と、聞いてみた。
「当然だ。本部のオペレーターの指示がないと、出動も、変形も、合体もできねぇんだぞ! 難しい作戦は、手順が複雑すぎて分からねぇ。俺にはロボットの操縦しかできねぇんだよ……畜生‼」
(変形や合体はともかく、出動ってそんなに難しい作戦なの⁉)
全員が言葉を失った。この赤くて巨大で有能な消防車は、何も使えない塊になった。
「あぁ、そうだ! あんた創造主だろ? オペレーターの代わり、やってくれよ。そしたら俺、きっちり敵を倒してくるからさ!」
不知火徹は、今日の当番代わってとか、バイトのシフト代わってって頼むくらいの軽いノリで、命がけの役目を振ってきた。
「えぇぇぇぇぇ‼ 無理無理無理無理。絶対できないって‼」
いきなり無茶ぶりをするのは、いかにも何も考えていない不知火徹らしいけど、無理なものは無理だ。
「大丈夫、大丈夫。創造主の声は、無線なんかなくても、俺の頭ン中にガツンと響いてくるからさ!」
「無線の問題じゃないよ‼」
「いいから、習うより慣れろって言うだろ? ともかく、体で感じるんだ。そんでまず、勇気を出して、必ずできるって信じて突き進め! そうすれば、きっと道は切り開ける。……頼んだぜ、オペレーター‼」
謎の勢いで不知火徹は、レッドサラマンダーの運転席に乗り込んでいった。
「シドー、こうなったら、腹を括って、おぺれーたーとやらをやるしかあるまい」
「他に戦闘手段がない、シドー、やるしかないな」
接近戦しかできないリデルとアレクシアに頼まれれば、断れない。確かに状況は、召喚してしまったレッドサラマンダーに何とかしてもらうしかなさそうだ。
四堂悠太は、覚悟を決めた。




