第三十二話 絶対防御のアレクシア
「シドー、すまないな。私の失態で、大金を支払わせてしまって……」
アレクシアがいつもと違い、しょんぼりしていたので、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「さっきの店主さんも言ってたけど、アレクシアって真面目で、賭博にハマるタイプには見えないよ。何か理由があるんじゃないの?」
「それは買い被り過ぎだが……。シドーには、話しておかねばならんな」
自嘲するように笑った後、アレクシアは遠くを見つめた。
「私は十五歳の時、史上最年少で、サランセルゴ共和国中央騎士団団長になった。剣の腕にも、指揮の才にも恵まれていたと思う。だが、まだ見習いの頃、当時の騎士団長に、こう言われたことがある。——戦いにおいて騎士は、命をかけて仲間を、民を守らねばならない。お前には、その覚悟が足りないと」
「覚悟……?」
想定した以上のシリアスな話が急にきたので、黙って聞くしかなかった。
「あぁ。私には、才は有っても、全てをなげうつ覚悟がなかった。恐ろしかったのだと思う。何もかも失う、その瞬間が」
アレクシアは、そこで一度、言葉を止めた。
「……騎士見習いだった頃、初めて実戦に出た日のことは、今でも覚えている。敵の剣が、私に向かって振り下ろされた瞬間、体が動かなかった。頭では分かっていたのに、足が根を張ったように、動いてくれなかったのだ」
アレクシアの声が、わずかに低くなった。
「そのとき、一人の男が私の前に飛び出した。同期の騎士見習いで、名を——いや、今は良い。彼は私を庇って、代わりに剣を受けた」
四堂悠太は、息を呑んだ。
「彼は、助からなかった。最期に、私に笑いかけて言ったのだ。——お前は、これから何人も守れる盾になる。だから、今日のことは忘れて、前に進めと」
アレクシアは、自分の手のひらを見つめた。
「忘れられるはずがないだろう。私は、彼の言葉に応えられるほど、強くなれているのだろうか——ずっと、その答えが分からないまま、剣を振り続けてきた」
アレクシアの声は、いつになく静かだった。
(覚悟、か……)
ヘレナは迷わず前を向いていた。処刑された過去さえ、今の自分を作った糧だと言い切っていた。アレクシアもまた、自分の弱さと向き合い、それを克服するために戦い続けている。——なのに自分は、まだ何も変われていない。
「命は一つしかないので、実際の戦闘で覚悟を身に着ける訓練をするのは無理だ。そして辿り着いた答えが、これだ」
「まさか、それで賭博を……?」
「あぁ。勝つか負けるか、生死を分ける——あの緊張感は、戦場でしか得られないと思っていた。だが賭博なら、日常の中で、簡単に味わえる。身ぐるみを剥がされる瞬間、私は何度でも、全てを失う覚悟を思い出せる」
アレクシアは、自分の手のひらを見つめた。
「剣を失ったときは、まだ良かった。腕はある、剣など買い直せばいい、とすら思えた」
アレクシアは、記憶を辿るように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「だが、鎧を失ったときは、少し違った。身を護るものが何もない、という感覚が、存外、心を軽くした。守るべき装備がなければ、後は己の身一つだけだ。……不思議なものでな。失う度に、肩の力が抜けていくのが分かった」
「失ってるのに、怖くないんだ?」
「剣を失って、一つ軽くなった。鎧を失って、また一つ軽くなった。最後に、騎士の魂でもある盾を失ったときには、——正直に言えば、清々しさすら覚えた。守るものが何もなくなれば、恐れるものも、もうない」
その言葉は、どこか達観していて、けれど危うさも孕んでいた。全てを失うことに慣れ過ぎた人間の、独特の静けさだった。何と言いかわからず、言葉が見つからなかった。
「もう、何も怖くないと思えた。それ以来、私は定期的に賭博場へ通っている」
「定期的って……。もしかして騎士見習いのときから、団長になって、現在もずっと? まさかこれからもずっと賭博を続けるつもり?」
「無論だ」
迷いのない即答だった。
「覚悟と言うのは、一度身に着けたら終わり、というものではない。慣れれば、鈍る。剣を握る限り、私はいつでも、全てをなげうつ用意ができていなければならない。それが仲間を——ひいては世界を守るということだからな。私は時折、あえて全てを失う機会を自ら課す。戦場に出る前の、儀式のようなものだと思ってくれていい」
ヴィクターから、アレクシアの話を聞いたとき、すごいチート能力だと思った。ヘイト百パーセント固定に加えて、無敵スキルを持っていて、絶対防御のアレクシアと呼ばれていると。その能力の正体が、今分かった。
「でも……儀式にしては、代償が大きすぎる気がするけど」
「代償があるからこそ、意味がある。安全な覚悟など、覚悟とは呼べん。まぁ……お陰で、貯金だけはいつまで経っても増えんがな」
冗談めかして笑うアレクシアだったが、その目は真剣だった。
(ギャグみたいに見えて……全部本気だったのか)
なぜ世界最強パーティは、揃いもそろって金銭感覚がおかしいのかと、頭を痛めていた。でも、どうやら自分は勘違いしていたらしい。アレクシアにとって、賭博で全てを失うという行為は、失敗ではなく、自らに課した鍛錬なのだとようやく理解した。
アレクシアは、いつでも真っ先に敵陣に切り込んでいき、仲間を守っていた。それを見て、勇気があるんだなと感心していた。でも違った。人より勇気がないから、必死に自分を鼓舞して奮い立たせ、敵の前に立ちはだかっていたんだ。そんなナイト、見たことがない。
「アレクシアは騎士の鑑だと思う。でも……」
四堂悠太は、言葉を選びながら続けた。
「その人は、アレクシアに『これから何人も守れる盾になれ』って言ったんだよね。それって、アレクシア一人を犠牲にして良いっていう意味じゃないと思う。アレクシアが守った人たちの中に、また次の誰かを守れる人がいるかもしれない。そうやって、命は繋がっていくものなんじゃないかな。だから——アレクシアがここで全部投げ打って倒れたら、その人の言葉ごと、途切れさせてしまうことにならない?」
そこまで言って、少し照れくさくなって、四堂悠太は付け加えた。
「……なんて、偉そうなこと言えるほど、僕は強くないんだけどさ。それでも、仲間や世界と同じくらい、自分のことも大事にして欲しい。これからもアレクシアと一緒に、冒険したいから」
そう言うと、アレクシアは目を大きく見開いて驚いた。そして徐々に顔が赤くなっていき、目を逸らした。
「な、な、何を言うのだ、シドーは。世界を救うという大義の前に、自分なんぞ大事にしていては……」
そこまで言ってうつむいた。
「だが……そんなことを言われたのは、初めてだ。ずっと周囲にも、全てを投げ打つ覚悟を求められ、自分自身もそれを望んでいた。シドー一人くらい、自分を大事にしろという人間がいても、良いのかもしれない。…………ありがとう」
そう言って、アレクシアは照れて笑った。その笑顔は、さっきまでの張り詰めた表情より、ずっと自然に見えた。
(……僕も、いつかこんな風に、自分の弱さを笑い飛ばせる日が来るのかな)
そんなことを思いながら、四堂悠太は質屋から出てきたばかりで、少し眩しい昼の光を見上げた。
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