第三十一話 そんな装備で大丈夫か?
「……アレクシア?」
声をかけると、アレクシアは気まずそうに視線を逸らした。いつもの鎧ではなく、商人風のエプロンをつけている。
「シドーか。……ここは治安が良くない。素人がうろついていると危ないぞ」
そう言うアレクシア自身だって、この場に不釣り合いなことこの上ないのに。
「それはこっちの台詞だよ。危ないのはアレクシアも同じでしょ? こんな所に一人で、何してるの?」
考え事をして、うっかり迷いこんでしまった自分とは違い、アレクシアは何か用事があってここにいるようだった。
聞かれたアレクシアは、顔を赤くして視線を逸らし、頭を掻いた。
「賭博で負けが込んでな。払いきれなかった分を、労働で返しているところだ」
「賭博で負けが込んで、ってまさか……。鎧や剣、盾も全部取られちゃったってこと⁉」
四堂悠太は、改めてアレクシアを見た。商人が身に着けているようなエプロンに、何の防御力も期待できそうにない。ただの布の服だ。
普段の重装備姿に見慣れているから、エプロン姿のアレクシアは、斬新で可愛くて、ちょっとどきっとした。でも、可愛いとかそんなことを言ってる場合じゃない。
「アレクシア、そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。……いや、あるかもしれないが。……実は、恥ずかしながら、まず装備を質に入れて、それでも払いきれなかった分をこうして労働で返しているという訳だ……」
あっさり白状するアレクシアに、四堂悠太は面食らった。
(世界の命運を託されたパーティの盾役が、装備を全部なくしてるって、どういう状況⁉ 全然大丈夫じゃないし、問題大アリだ。装備は大事だよ、本当に‼)
激しい戦いで、武具が損傷したとかならまだ分かる。でも、ギャンブルで負けて失っただなんて。リデルのときと同じで、ヴィクターの残念そうな顔が思い出される。
——あいつら、戦って死ぬんじゃなくて、金がなくなって飢え死にするんじゃねぇかな。
ほんとその通りだと思った。
「あぁ、すまない。この木箱、一緒に運んでくれるか?」
「……え、あ、うん」
アレクシアに促されるまま木箱を受け取ると、思いのほか重く、よろけてしまった。
「重っ……。アレクシア、これ普通に力仕事だよね?」
(思えばこの世界に来てから、僕がやってきたことって、迷い犬の飼い主探し、薬草採取、そして今度は荷運び……。一応無属性魔法は二回使ったけど、なぜかそれ以上に発揮されるのは、肉体労働の才能ばかりな気がする)
「店主が言うには、私の腕っぷしは荷運びに向いているそうだ。……元騎士団長としては、複雑な気分だがな」
どこか誇らしげにも見える顔で、アレクシアは次の木箱を軽々と担ぎ上げ、颯爽と歩き出した。四堂悠太は、ふらふらしながらも、何とかアレクシアの後をついていった。荷運びとしての才能まで発揮してしまっているあたり、彼女らしいといえば彼女らしい。
「ちなみに、この木箱の中には何が?」
「知らん。聞かないようにしている」
「え」
「中身を知ってしまうと、荷運びとしての矜持が保てなくなる気がしてな」
真顔で言い切るアレクシアに、何と返せばいいか分からなくなった。アレクシアが抱えている木箱の上部に、少し割れ目があったので、そこから中をちらっと覗いてみた。
(し、白い粉が見える……。あ……いや、でも待って。きっと……あれだ、塩とか砂糖とか小麦粉とか、そういうやつだ‼)
四堂悠太は額に汗を掻きながら、一生懸命変な想像をかき消そうとした。
「そう言えば、この木箱を受け取った人は、『このブツがあると、最高にキマるんだよ、助かるなぁ』といつも喜んでくれるのだ。誰かの役に立つというのは、嬉しいものだな」
「ストップ、スト——ップ‼ 僕は何も聞いてないから‼」
アレクシアの言葉を制しつつ、まだ別の可能性があると信じたかった。
(決めつけちゃ駄目だ‼ 甘い砂糖で、最高にキマる美味しいおやつを作るのかもしれないし‼)
アレクシアは、焦っている四堂悠太を、不思議そうに見ていた。
「と、ともかくっ、この借金は早く返してしまおう‼ それが良いよ。あとどのくらいあるの?」
「この労働で返す予定のお金は、金貨十枚だ。一回運んで銀貨十枚がもらえるから、残り九十八回運ばねばならん」
四堂悠太は一旦木箱を置き、肩掛けの鞄から金貨袋を取り出すと、ヴィクターに預かった金貨の中から十枚だけ数えて、アレクシアに差し出した。ついこの間、リデルと散財してしまったばかりだけど、その後冒険者ギルドの依頼をこなしまくって、少しだけ増えている。
「これを店主さんに支払ってきて」
「……いや、受け取れん。私が賭博で作った借金だ。シドーに払ってもらう理由がない」
「これは僕のお金じゃなくて、ヴィクターから預かった四人分の生活費なんだ。僕は管理を任されているだけで。——ともかく、このお金はアレクシアにも使う権利があるよ。ていうか、使ってもらわないと困る。もし今、魔王軍が攻めてきたらどうするの? アレクシアはそのエプロン姿で戦うの? ……そうか、剣も盾も鎧も全部、質屋さんから取り戻さないといけない。流れてないと良いけど……」
アレクシアはしばらく考えた後、真面目な表情でお金を受け取った。
「確かにシドーの言う通りだ。今魔王軍が攻めてきたら、私は戦えない。私を信じて世界の命運を託してくれた人々に対して、礼儀を欠く行為だった」
アレクシアと一緒に急いで賭博場に戻って、店主にお金を返した。
「へぇ……恋人が返してくれるのかい。堅物そうな騎士団長も、隅に置けないねぇ」
店主に笑われて、アレクシアは真っ赤になって怒った。
「恋人ではなく、パーティ仲間だ‼ それと、騎士団長でなく、元騎士団長だからな‼」
「はいはい、また今度もほどほどにねぇ。真面目な顔してる奴に限って、なんかにどっぷりハマるっての、あるあるだよ。うちの息子もそうだったなぁ、賭け事じゃなくて釣りだけどね」
「いや……釣りと賭博を一緒にされても困るのだが。まぁ……ともかく、毎度情けない姿をさらして、店主には心配をかけて申し訳ない。以後気を付ける」
賭博場の店主は、思ったより人の良さそうなおじさんだった。アレクシアのことを本当に心配してくれているようだ。気になる木箱の中身も、怪しい代物ではなく安全なものかもしれない。
その後すぐ質屋にいって、アレクシアの装備を金貨九十枚で、取り戻した。
「流れてなくて良かった……」
ほっと安心して、ため息をついた。
(にしても、労働で支払う分が金貨十枚で、質に流れた装備を取り戻すのに金貨九十枚。併せて金貨百枚か。……これって、リデルのコレクション猫に払った代金と、たまたま同じ額だな……)
この短期間に、金貨二百枚を浪費してしまった。信頼してお金の管理を任せてくれたヴィクターに、合わせる顔がない。




