第二十九話 無属性魔法の検証は、黒歴史との再会。それは命懸けの実験
サンダーと戦って退け、街に帰る途中、一匹のゴブリンに遭遇した。以前ヴィクターたちと一緒に馬車で旅をしたとき、出会ったのと同じ魔物だ。距離を取って弓矢で攻撃してくる遠隔タイプだと、コレットが教えてくれたのを思い出す。
(あのときは、ネリサが何かの状態異常を受けて、解除できなければ死ぬところだったって言ってたっけ……)
まだほんの数日前の出来事なのに、随分昔のような気がした。
でも今遭遇したゴブリンは、たった一匹しかいないし、何より、世界最強パーティがいるのだから、何の不安もない。
「シドーさん、東雲柚月さんを呼んでもらえますか?」
なのに、なぜかルティナが、無属性魔法を依頼してきた。
こんなゴブリン一匹に、東雲柚月の必殺技「一ノ太刀、斬釘截鉄」が必要だとは思えないし、不思議に思った。
すでに、倒そうとして動きだしていたリデルとアレクシアも、びっくりして動きを止め、こちらを振り返る。
「何故じゃ、ルティナ。こんな雑魚、我一人で瞬殺できるぞ」
うずうずして、今にも獲物に飛び掛かりそうなリデルを、アレクシアが制した。
「待つんだ、リデル。……そうか、無属性魔法の発動条件を確かめる実験をするのだな?」
「そうです。そろそろ、無属性魔法の発動条件や、どんな制約があるかなどを知っておきたいですから。シドーさん、お願いできますか?」
ルティナは喋りながら、魔法でゴブリンの動きを止めた。
確かに、これまではピンチになったとき、過去に書いた小説のタイトルを思い出して、誰かを召喚出来て、何とかなっていた。でもこの先、そううまくいくとは限らない。そろそろ無属性魔法の発動条件を、確定的に明らかにしておいた方が良いころではある。
(ただなぁ……。あの呪文……というか、小説タイトルを言うの嫌だなぁ……)
過去の自分と、しかも痛々しかった中二病全開の自分と向き合うのは、ストレスがマッハで寿命が削られる。
(でも、そうも言ってられないか……)
四堂悠太は覚悟を決めて叫んだ。
「地の果てにて我が魂を宿し、無限の虚無を操る者が、世界の終焉を告げし時。~永遠の静寂の中で、運命の呪縛に抗い、我が手に宿る禁断の刃を解き放ち、闇に覆われた混沌の未来を斬り裂く~」
全員大空を仰いで、東雲柚月が現れるのを待った。
待つこと、一分、二分、三分、五分。空も光らないし、東雲柚月は現れない。
気まずさに耐えかね、リデルが空を見上げたまま、
「……あ、あの雲、豚の形をしておるな」
と全く関係のない話を始め、アレクシアはアレクシアで、我関せずといった顔で剣の手入れを始めていた。
(二人の気づかいが、余計に辛い……)
恥ずかしくて顔を覆ってしまいたいのを何とか堪え、「別に何ともないですが」みたいなクールな表情を精一杯作っていたが、内心は汗だくだった。
(……これ叫んで、現れないの、マジでくるなぁ。辛すぎる……)
「現れませんね。ではシドーさん、次はヘレナさんをお願いします」
ルティナは淡々と結果を受け入れ、さらに実験を続けるつもりで、次の課題を要求してきた。
(嘘ぉ……。まだやるの? この次も来てくれなかったら、もう生きていられないかも……)
四堂悠太のHPは、もうほとんどゼロに近かった。でも、やるしかない。頼む、ヘレナ来てくれと願いながら、再び空に向かって叫んだ。
「転生したらまた悪役令嬢でした ~魔女の疑いをかけられるくらいなら、本物の魔女になってやりますわ~」
再び待つこと、一分、二分、三分、五分。空も光らないし、ヘレナ・エンヴァークラウンも現れない。
(あー、致命的な致命傷だった。……死んだな、これ)
四堂悠太は虚ろな目で、口から泡を吹いた。
「ヘレナさんも現れませんか。……ではシドーさん、他の作品でタイトルを覚えているものがあったら、唱えてもらってもいいですか?」
ルティナは、相変わらず淡々と作業を進めるつもりのようだった。
「ちょっと待てルティナ‼ シドーの様子が何かおかしいぞ‼」
「……理屈は分からないが、死にかけているな。無属性魔法というのは、術者に相当の負担がかかるのか……。これ以上実験を続けると、確実にオーバーキルだ」
アレクシアの言葉を聞いて、ルティナが四堂悠太に駆け寄り、慌てて治癒魔法をかけた。
「ごめんなさい、気付かなくて!」
ルティナの治癒魔法で、少しは気分が良くなったが、体に負ったダメージではないので、全回復はしなかった。
「……い、いや、役に立てなくてごめん。過去の自分のセンスが、想像の斜め上を行き過ぎて、直視できなくて……」
こんなことで致命傷を負っているのは、かっこ悪くて情けない。でも、黒歴史の圧倒的なダークパワーに対し、今の自分は無力だった。呪文となるタイトル自体が中二病全開なのは、言うまでもなく、過去ワナビだったときの記憶が一気に蘇るのもまた辛い。日々頑張って作品を書き上げ、その完成度の高さに酔いしれ「これなら絶対受賞できる」からの、落選。こんなことをよく十一回も繰り返してこられたものだと、逆に過去の自分を讃えたくなってきた。
「一度街に戻って、宿屋で休みましょう」
ルティナは炎系の攻撃魔法一撃でゴブリンを仕留めつつ、そう言った。
***
リューベックの街の宿屋で少し休んだ後、一階にある食堂に行き、みんなで昼ご飯を食べた。
「シドーさん、具合はどうですか?」
「あぁ、もう全然平気。すぐにでも実験の続きできるけど?」
かっこ悪い姿をさらしてしまったので、つい虚勢を張ってしまった。本音を言うと、しばらくラノベのことは考えたくない。でも、そんなこと言っているうちに、また魔王軍が攻めてきたら、世界が滅んでしまうし。自分の黒歴史に向かい合うくらい、無理してでもやらなければとも思う。
「そうですか。とりあえず安心しました。ですが、一度これまでの実験の結果を整理してみましょう」
ルティナは、自分を気遣ってくれているようだった。
(傷ついた人が、ギリギリ生死の境を彷徨うのを見るのが大好きだから、ヒーラーをやっている。目の前の傷ついた人が、生きるも死ぬも全て私の気分次第で、パーティメンバーの命を私が握っているというシチュエーションが最高にたぎるだけ、なんて以前言ってたけど、本当かなぁ……)
今のルティナを見ていると、信じられなくなる。
「先ほどの実験ですが、敵は遠隔タイプのゴブリンで、東雲柚月さんも、ヘレナ・エンヴァークラウンさんも、現れませんでした」
「敵がゴブリンかどうかなぞ、重要なのか?」
不思議そうな顔をするリデルに、ルティナは大真面目な顔で頷く。
「重要かどうか、今のところ分かりません。東雲柚月さんとヘレナさんが現れなかった理由としては、二つ考えられます。一つ目は、お二人とも一度しか召喚できない可能性。二つ目は、敵が魔王軍でなかった可能性。あるいは、その両方が原因かもしれません。もちろん、私には予想もつかない別の理由がある可能性も、否定はできませんが」
「ちょっと待て! 一回しか召喚できないのだとしたら、東雲柚月殿にも、ヘレナ殿にも、もう二度と会うことができないと言うことか⁉」
アレクシアが驚いて立ち上がり、叫んだ。食堂で食事していた客たちの視線が一斉に集まったのに気づいて、慌てて椅子に座った。
「落ち着いてください。まだ、確定した訳ではありませんよ。それを確定させるためには、次に魔王軍相手に、東雲柚月さんかヘレナさんを召喚してみる必要があります。しかし思えば、シドーさんがここへ初めて来たとき、ドラゴンに遭遇しましたよね? あの時だって、相当なピンチでした。でも、無属性魔法は発動しなかった。もちろんあの時、無属性魔法の呪文が何か分からなかったこともありますが、相手が魔王軍でなかったから、発動しなかったということも考えられます」
「なるほど、それでゴブリンで試してみたのじゃな」
ルティナの実験に、三人が納得した。だからあの後「他の作品でタイトルを覚えているものがあったら、唱えてもらってもいいですか?」とお願いされたんだ。もしゴブリン相手にも他作品のキャラを召喚できていたら、「敵が魔王軍であること」は発動条件から除外できる。逆に言えば、今回それが叶わなかったという結果は、その条件が実在する可能性を裏付けてもいる。自分も以前から、発動条件には「敵対しているのが魔王軍であること」が含まれているのではないかと、薄々思っていた。
(あともうちょっと、頑張れば良かったな……。いやでも、あの時もう、寿命が天元突破しちゃってたよな……)
白目を剥いて、意識が朦朧としてきたところで、ルティナが治癒魔法をかけてくれた。あの時、あれ以上の実験は無理だっただろう。
「それでシドーさんには、これまで書いた小説の全タイトルを思い出してもらいたいのです。東雲柚月さんとヘレナさんを召喚できましたので、残りは九作品になりますか。もちろん、いますぐでなくて大丈夫です。それを思い出しながら、魔王軍と戦うとき、これまで召喚できた人、一度も召喚していない人の順で、魔法を使ってもらえますか? 余裕が有れば、また魔王軍ではない敵との戦いで、無属性魔法を使ってみる実験もしてみたいですが……」
「分かった。出来るだけ急いで、残りの九作品のタイトルを思い出してみる。魔王軍以外の敵との実験も、機会があれば積極的にやろう」
ルティナの提案に、四堂悠太は力強く頷いた。そして、この世界に来る直前に読んだ、選考突破フラグノートのことを思い出した。
(あー、あのノートをこっちに持ってこれば良かった! あれには、初めて書いた小説から、最新の十一番目の小説まで、タイトルと選考結果、そのときの状況まで、事細かに記録してあったのに。あれさえあれば、残り九作品のタイトルなんてすぐに分かったのに。わざわざ自分の古い記憶を掘り返さなくても……)
しかし、まさかこんなことになるなんて、思いもしなかった。あのノートは、元の世界の、机の引き出しの中に、大事にしまっておいたはずだ。
(……と言ったって、ないもののことを考えても仕方ない)
この世界には、もうあまり時間がない。ワナビをやめる代わりに、この世界を救うと決めたんだから、黒歴史になんて負けていられない。
(世界を救う手段が、諦めた小説だっていうのは皮肉だけど……)




