第二十八話 悪役令嬢の教え、そして僕の迷い
「ヘレナ・エンヴァークラウン、助けてくれてありがとう」
お礼を言うと、ヘレナは優雅に微笑んだ。
「創造主様をお助けするのは、当然の義務ですわ」
そう言った直後、ヘレナの表情が翳った。
「わたくしをお創りくださって、王太子様と婚約させてくださったところまでは、幸せの絶頂でした。なのに、突然無実の罪を着せられ、処刑されるなんて……。あぁ、思い出すにおぞましい過去ですわ」
顔が蒼白になって、怒りで手が震えだす。四堂悠太は慌てて言葉をつないだ。
「あ……それは本当に、ごめん」
「いえ、でも今はこう思いますの」
ヘレナの声が、すっと穏やかになる。
「苦難があったからこそ、強くなれたのだと。上級貴族の娘として、何不自由なく暮らしていた頃より、今の自分の方がずっと好きになれましたもの。つまり創造主様は、どんな困難にあっても、挫けずめげず、自分の力を信じて頑張れば、きっと未来は切り開けると——教えて下さったのですね!」
ヘレナは感激していた。
(良かった。あんな理不尽な目に遭わせたこと、怒られなくて……)
ほっとしたのも束の間、あることに気付いてしまう。
『どんな困難にぶつかったって、挫けないで、自分の力を信じて頑張れば、きっと未来は切り開けるよ!』
スターエレメントが、言っていた台詞だ。
胸の奥が、きゅっと締め付けられた。十一回目の投稿作品が落ちたとき、味わった感情が蘇る。もう耐えられない。この先頑張っても、きっとどうにもならない。あの時、確かにそう思った。
「ヘレナ……。本当に、どんな困難にあっても、頑張れば未来は切り開けると思う? 頑張っても、どうにもならないことだってあると思わない?」
四堂悠太の問いに、ヘレナは迷わなかった。
「思いませんわ」
一切の躊躇がない声だった。
「もし仮にあったとしても、わたくしなら、死ぬ一秒前まで足掻き続けます。困難に負けて悲しみに暮れていても、ちっとも楽しくありませんもの。でしたら、自分を信じて、突き進む方を選びますわ。そうしたら、良い結果もついてまいりましたし。——創造主様が、一番ご存じのはずじゃございませんこと?」
「そう……かもしれない」
逆境に負けず、自らの手で運命を変えた女。その言葉には、覚悟の重みがあった。
「シドーの創った御仁は、良いことを言う」
「あぁ、私たちも見習わなければならないな」
リデルとアレクシアが、しみじみと頷く。
「えぇ、それも大事ですけど」
ルティナがふと真顔になった。
「ヘレナさん、こちらの世界へ来るときの条件とか、今後もまたこちらに来られそうかとか、何か分かっていることはありませんか?」
(そうだ! それを解明することが、今一番重要なんだった!)
しっかり覚えていたのは、ルティナだけだった。
「……こちらの世界へ来るときの条件……ですか」
ヘレナは記憶を辿るように、目を細めた。
「創造主様が何か叫ばれて、わたくしを呼ばれたような気がしましたら、急に手が透明になって。そのうち体全体も透けて行って——気付いたら、眩しい光に包まれて、この世界に降り立っておりました。今後こちらの世界に来られるかどうかは、分かりませんわ。創造主様をお助けしたいとは思いますけれど」
東雲柚月の説明とほとんど同じだった。無属性魔法の発動条件は、今回も分からずじまいだ。
「あぁ……。言っている傍から、また手が透けてきましたわ」
ヘレナが自分の手のひらを見つめる。指先から、少しずつ景色が透けていく。
「元の世界へ戻るのでしょう。創造主様、お会いできて嬉しゅうございました。一つお願いがあるのですけれど、よろしいかしら?」
「僕にできることなら」
「もちろんできますわ」
迷いのない即答だった。
「今の自分はとっても気に入っているのですけれど、一つだけ、物足りないことがございますの。転生前に、王太子様と婚約していたでしょう。政略結婚でしたけど、わたくし、結構本気でしたのよ。ですので、転生した今度こそ、殿方とちゃんと恋愛してみたいんですの。できれば——わたくしが困ってしまうくらい溺愛される恋愛を、お願いしたいのですけれど……」
頬を赤く染めながら、ヘレナ・エンヴァークラウンは消えていった。
(悪役令嬢が婚約破棄された後、別の誰かに溺愛されて困る系ね……)
ヘレナも、女の子だったんだな。そう思う一方で、ふと引っ掛かった。
呪術魔法を極め、狙った相手を一瞬で葬ることができる女の子。そんな彼女と恋愛したいと願う殿方が、果たしているだろうか。
(うーん……)
四堂悠太は、ヘレナが消えていった虚空を、しばらく遠い目で見つめていた。そして、自分の書いた過去の小説を思い出した。ヘレナは気づいていなかったけど、ヘレナのことを、好きになってくれた男性が一人いた。転生前に婚約破棄してきた王太子の子孫で、ヘレナに恋心を抱き、何かと尽くしてくれるのだが、ヘレナは全然気付かなかった。
(無自覚系悪役令嬢として書いちゃったからな。……教えてあげれば良かったかなぁ。でもそういうのって、自分で気づかないと意味ない気がするし)
それにしても——「僕にできることなら」と答えただけで、「もちろんできますわ」と、何の疑いもなく即答してくれた。ヘレナは、四堂悠太がまだ小説を書いていると思っている。この先も、ずっと書き続けていくと信じている。
でもヘレナのように迷いなく「もちろんできる。やっておくよ」とは頷けなかった。あの即答に応えられるだけの覚悟が、今の自分にはない。
(僕は、スターエレメントだけじゃなく、自分の作ったキャラクターまで、裏切ってしまったのか……)
それでも、あの落選したときの悲しみや苦しさを思い出すと、とても小説を書く気にはなれない。スターエレメントやヘレナみたいに、自分は強くないんだ。
それに——この世界の居心地は、とても良い。仲間たちと一緒に、ずっとここで冒険していたい。それが自分にとっての、本当の幸せなんじゃないだろうか。
「ヘレナさん、帰ってしまいましたねぇ……」
「また来たいと言ってくれておったが、来られるのだろうか?」
「結局、無属性魔法の発動条件については、分からず仕舞いだったな」
「でも、私たちでは倒せないクライナーを、倒してくれました。シドーさんの召喚魔法は、すごいですね!」
「うむ。これなら魔王軍になんて、勝ったも同然じゃ」
「まさにシドーは、この世界の救世主だな」
次々飛んでくる賞賛の言葉に、四堂悠太は顔が赤くなるのを感じた。
「い、いや、そんなことは……」
「ふふ……、こんなにすごい力を持ちながら、謙虚なところもシドーさんらしいですね」
「シドーはきっと、世界を救った後も、変わらぬのであろうな」
「そこがシドーの良いところだ」
三人が次々褒め称えてくれるので、何だか体がむずがゆくなってきた。
(だが、悪くないっ‼)
チート能力で無双し、女の子たちに称賛される話は、散々書いてきた。けれど、実際に経験すると、こんなに気持ちの良いものだとは知らなかった。
(もうワナビだった頃なんて忘れて、ずっとこの世界にいたいなぁ……)
新人賞の一次選考に通ったとか通らなかったとか。世界観、キャラ、ストーリー、文章、設定の構築。流行を取り入れつつ、他作品との差別化を図ること。伏線の貼り忘れがないか確認すること。何度も何度も推敲を重ねること——。
もう今までやってきたことの全部が、何だか面倒くさくなってきた。
仲間たちと一緒に異世界を救う。これが新たな自分の夢だ。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。ブクマ登録も、とても嬉しく、大変励みになります。拙い部分も多いと思いますが、これからもどうぞよろしくお願いします。




