第二十七話 悪役令嬢の逆襲、そして本物の魔女
悪役令嬢のヘレナ・エンヴァークラウンに言われるがまま、サンダーの相手を任せてしまった。
「シドー、あのようなご婦人に戦わせて大丈夫なのか?」
アレクシアが心配そうに聞いてくる。
確かに、ヘレナ・エンヴァークラウンは、いきなり日本刀を抜いた東雲柚月と違って、どう見ても戦えるようには見えない。武器を持っていないどころか、あんなひらひらしたロングドレス姿でできることといったら、お茶会か舞踏会くらいのものだろう。
悪役令嬢と言っても、単なる上級貴族の令嬢にありがちな、少しわがままで勝気な性格の持ち主というだけで、悪事など何一つ働いていない。魔女の疑いだって、完全に濡れ衣だった。ヘレナは、魔法の一つも使えない。王太子との婚約を妬んだ他貴族が、ヘレナを亡き者にしようとして、流した噂にすぎなかった。そんなヘレナが戦うだなんて無謀だという、アレクシアの心配も、もっともだ。
「確かに、ヘレナが戦えるようには見えないだろうけど……。まぁ見ていてよ」
四堂悠太は、ヘレナに関して、何の心配もしていなかった。
「全く……この辺り一面、酷い有り様ですわね。わたくしを取り巻く環境も劣悪極まりなかったですけれど、創造主様がいらっしゃるここも、相当物騒なようですわね。ドレスに埃がついてしまいましてよ」
周囲を見渡して、ヘレナは溜息をついた。
「お嬢さん、空から突然降ってきて……、一体どうなっているんだね?」
一部始終を見守っていたサンダーも、さすがに戸惑っているようだった。
「あら……、ひげもじゃのおじ様。聞きたいのは、わたくしの方ですわ。ですが、お名前もご存じないのに、何かお聞きするのは失礼ですわね。——わたくしの名前はヘレナ・エンヴァークラウン。あなたのお名前は何と仰いますの?」
「わ、わしか? わしの名前はサンダーだが……」
サンダーは、この場にまるで相応しくないヘレナの格好と振る舞いに、完全に呑まれていた。
「サンダーさん。一つお聞きしたいのですが、この辺りの土地が陥没して、木々がなぎ倒されているのはなぜです? もしかして、あなたがおやりになりましたの?」
「ん? あ、あぁ……さっき少々激しい戦いをしたからな。しかし、この辺りは元々何もない場所だ。特に問題なかろう」
「何もない場所だから、存分に暴れて自然を壊しても良いだろうと仰るのですね」
ヘレナ・エンヴァークラウンは、露骨に嫌そうな顔をした。
「……何て野蛮な考え方でしょう。思えば前世でわたくしを陥れた者たちも、そういう考え方でした。自分たちの望みを叶えるためなら、何を壊しても構わないと。わたくしが最も嫌う考え方ですわ」
何も事情を説明してないのに、鋭い洞察力だ。様々な修羅場をくぐり抜けてきた賜物だろう。
……ちなみに、この辺り一帯を破壊したのは、サンダーだけじゃなく、仲間のリデルも一緒だったりする。これは内緒にしておこう。
ヘレナが現れたのを見て、安心したのか地面にへたり込んでしまったリデルに視線をやった。傍らにはルティナがいて、治癒魔法をかけてもらっている。
(リデルの大怪我も、しばらくすれば治るな)
ほっと息をついてから、ヘレナに告げた。
「サンダーは、この世界を滅茶苦茶にしようとしてる。僕たちはそれを止めようとして戦って、リデルが大怪我をしたんだ。力を貸して欲しい」
「えぇ、もちろんですわ、創造主様。皆様は安全なところで、ご覧になってくださいませ」
ヘレナの言葉を聞いて、慌てたのはサンダーだった。
「ちょっと待て‼ わしは、武人だぞ。武器も持たぬような、非力な娘と戦う趣味はない‼」
ちょうどその時、地面に大きな影が落ちた。何だろうと空を見上げると、巨大な鳥が飛んでくる。
「ロック鳥です!」
ルティナが叫んだ。
空を覆いつくす程の大きさで、真っ白に輝く翼でゆうゆうと宙を舞い、鋭いくちばし爪を持っている。ドラゴンほどではないにしても、かなり強そうな魔物だった。そのロック鳥に向かって、サンダーが叫んだ。
「出でよ、クライナー‼ 世界を闇に染めろ‼」
サンダーの手から放たれた、黒い光線を浴びたロック鳥は、直後に巨大化し、
『クライナー』
と一言喋った。
ダークエナジーを注がれたロック鳥は、ドラゴンをも上回る、禍々しい存在へと姿を変えた。ただでさえとんでもなく巨大だったのに、もはや全体像を捉えることすら難しいほどの大きさになり、くちばしも爪も凄みを増した。
ブリザードがマンドラゴラにやったのと、全く同じことだ。それを見ていたヘレナは、これまでの冷静な様子から一変して、怒りをあらわにした。
「やってしまえ、クライナー」
サンダーが命じると、クライナーはヘレナの方へ、向きを変えた。
「武器も持たぬ非力な娘とは戦えない、なんて紳士ぶっておきながら、怪物に襲わせるのは良いだなんて、あなたそれ、直接手を汚す覚悟がないだけではなくて? ……本当に、救いようのない悪党ですわ。その性根、わたくしが叩き直してさしあげます」
ヘレナ目がけて急降下したクライナーに、ヘレナはそっと手を触れた。まるで、大事に飼っている鳥を、優しくなでるようだった。
「もう、苦しまなくて良いのですよ。逝きなさい」
ヘレナが慈悲深くささやくと、クライナーは奇妙な叫び声をあげながら、周囲にピンク色のハートをまき散らしながら消えていった。
「い、一体、何をしたんだ⁉」
サンダーが叫んだ横で、リデルは、
「な、なんじゃそれ……見た目と中身が合っておらぬ……」と震えた。
アレクシアは無言で一歩後ずさり、ルティナだけは冷静に「魔法の系統が全く分析できません」とメモを取っていた。
「転生後、本物の魔女になろうと、古文書を読み漁り、必死に会得した呪術魔法ですわ。さぁ、今度はあなたの番ですわよ。お覚悟はよろしくて?」
ヘレナがゆっくりサンダーに近づいていく。
サンダーは、得体の知れない魔法に怯えていた。
「……クライナーは意味の分からん魔法で一瞬で消され、わしの剛腕も通じぬとみた。今日のところは、退くとしよう」
サンダーは悔しげに拳を握りしめながらも、冷静にそう言った。
「だが、勘違いするなよ。わしは負けたわけではない。不利な状況で無理に戦うほど、愚かな武人ではないというだけだ」
最後にそう言い残すと、サンダーの姿は闇に溶けるように消えていった。
クライナーが消えた後に、夢見るドキドキハートがひとつ落ちていた。四堂悠太はそれを拾い、鞄にしまった。
(これでまた、石にされた誰かを助けることができる)




