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第二十六話 悪役令嬢ヘレナ・エンヴァークラウン、召喚される

 リデルとサンダーの戦いは、互角だった。

 リデルが飛び上がりながら、武器のハンマーをサンダーの頭めがけて振り下ろすと、サンダーは素早く後ずさって避けた。ハンマーが突き刺さった周辺大地は、あっという間に半径数メートルほどひび割れた。地面に埋もれたハンマーを引っ張り出そうとして右手が塞がったリデルに、すかさずサンダーは突進してきたが、それをリデルは左腕一本で防いだ。息つく暇もない攻防が、どれくらいの間かしばらく続いた。

 ルティナが、同タイプだと判断した二人の戦いは、確かに力と力のぶつかり合いで、木々は倒され、大地は陥没し、瞬く間に廃墟が出来上がった。事前に、思う存分暴れたいからもう少し街から離れようと、サンダーに提案しておいて良かった。人や街があったら、戦いに巻き込んで跡形もなく吹き飛んでいたところだ。


「さすが獣人の王女だな……。こんなに強いなんて知らなかった。あの力自慢のサンダーと互角に戦えるなんて……」


 四堂悠太がびっくりして呟くと、

「互角ではありませんね……。リデルさんは本気を出していますが、あのサンダーとかいう大男は、手を抜いています」

 ルティナが解説してくれて、さらにびっくりした。


「サンダーが手を抜いてる⁉」


 そう言われも信じられなくて、もう一度二人の戦いを凝視した。確かにリデルは、額に汗をかき息も上がっているが、サンダーの方は一切の乱れがなかった。


「驚いた……。あのサンダーが戦いで手を抜くなんて、初めて見た」

「リデルさんが、自分と同じ脳筋タイプなのもあり、力比べが面白くて、付き合ってやっている……くらいの感覚でしょうか。正確な理由は分かりかねますが、いつまでも遊びに付き合ってはくれないでしょう。正直、いつ決着が着いてもおかしくありません。シドーさん、無属性魔法は打てそうですか?」

「え? いや、分からないけど……。でも二人の戦いは邪魔をしないって、約束してたんじゃあ……?」

「もちろん、決着が着くまでは邪魔しません。ああいう手合いは、約束を破ると大変なことになりますからね。無属性魔法は、リデルさんが負けた後の話ですよ。もう……長くは持たないでしょうから……」


 二人の戦いを見守りながら、ルティナは冷静にリデルが負けた後のことを考えていた。


「リデルが負ける……?」


 四堂悠太は信じられなくて、アレクシアを見た。


「確実に負けるな。リデル自身も分かっているはずだ。私たちはこれまで何度か、魔王軍の召喚したクライナーと戦ってきた。常に全力でな。だが超えられない圧倒的戦力差があった。何度戦っても、それを痛感させられるだけだ……」


 アレクシアは、悔しそうにうつむいた。


「獣人の王女よ……、お主はこの世界で、わしが戦った中で一番強い。これほどの力を出して戦ったのは久し振りだ。もうしばし戦いを楽しみたいが……、あまりに遊びが過ぎると、ダークキング様に目的を忘れるなとお叱りを受けてしまう。残念だが、ここまでだ!」


 サンダーが、今までにない素早くて重い一撃を放った。リデルは避け切れず、慌てて両手で防いだが、凄まじい威力で吹っ飛ばされ、地面にたたきつけられた。


「リデル‼」


 駆け寄ろうとしたら、ルティナに止められた。そのすぐ後に、リデルはよろよろと立ち上がった。


「ほぉ……、この一撃をくらってもなお立ち上がるとは……、気力体力ともにタフだな。だが、立っているのがやっとだろう。もう勝敗は決したな」

「いや……まだ……じゃ。我はまだ……戦えるぞ……」


 リデルはそう言ったが、サンダーの言う通り、立っているのがやっとのようだ。


「強がりを言うでない。お主はよく戦った。相手がわしであったことが不運だったのだ。お主の強さに敬意を表し、お主と仲間たちは見逃してやる」

「我らを見逃しても……、他の人々の夢見るドキドキハートを奪い、この世界を滅ぼすつもりなのだろう?」

「無論。ダークキング様の真の目的は、この世界を破壊することか、統治することか、わしには分からん。だがどちらにせよ、お主らの世界が、崩壊することに間違いはない」


 サンダーの言葉を聞いて、リデルは笑い出した。


「そうじゃろうな……。であれば、ここで情けをかけてもらって、一人生き延びたとしても、嬉しくも何ともないわ‼ 民を守れぬ王など……王ではない。統治する民が一人もいない王なんて、滑稽すぎて笑いが止まらぬ‼」


 リデルは、震える手で、ハンマーを構えた。


「……なんと。大した気概だ。倒すには惜しい相手だが……そこまで言うのなら、止むを得ん……」


 サンダーが、リデルにゆっくり歩み寄って言った。


(やばい、このまま戦い続けたら……、リデルは殺されてしまうかも……‼ 

「スターナイツ」は、女児向けアニメだから、敵に負けても殺されることはなかった。実際に、サンダーを始め敵幹部も、ダークキングでさえも、誰も殺していない。

でもこの世界は、「スターナイツ」の世界だけじゃない。「スターナイツ」の世界に、エルフも獣人も、冒険者もいなかった。この世界は……よくある異世界と、「スターナイツ」の世界がくっついてしまったような世界だ。何が起こるか分からない……)


 仮にリデルが殺された場合、その後、この場にいる全員がやられて、世界も終わる。それじゃ、完全にバッドエンドだ。

 ふと脳内に、以前小説に書いた人物の台詞が思い浮かんだ。


『わたくし、こんなバッドエンド、到底受け入れられませんわ。悪役令嬢と呼ばれようと、魔女と勘違いされようと、運命は必ずこの手で変えてみせます‼』


 高校一年生のときに書いた、七番目の小説の主人公、ヘレナ・エンヴァークラウンの台詞だ。

 完成したものを、小説新人賞に応募してみたけど、残念な結果になった。


(……まぁ、僕が書いた小説の中で、残念な結果になってない小説なんて、一つもないんだけどね!)


 そんなことより、そのヘレナ・エンヴァークラウンが主人公の小説、タイトルは何だったっけ……と、二年以上前の記憶を辿った。

 ヘレナは悪役令嬢で、魔女だと疑われ処刑された前世を持っていて……。そこまで考えて、気が付いた。タイトルを叫べば、ヘレナが来てくれるかもしれない。


「転生したらまた悪役令嬢でした ~魔女の疑いをかけられるくらいなら、本物の魔女になってやりますわ~」


 ヘレナ・エンヴァークラウンのことを考えながらタイトルを口にした瞬間、明るかった空が突然真っ暗になり、上空にキラキラ光る円陣が出現した。


(あ……これ、東雲柚月さんが現れたときと同じだ……)


 その円陣の中から、一人の女の子が現れた。

 金髪フワフワのロングヘアに、真っ赤なドレス。地面に降り立った後、優雅に四堂悠太の元まで歩み寄って、

「あら、創造主様、ごきげんよう」

 と言ってにっこり笑った。


「え、えっと……。ヘレナ・エンヴァークラウン……?」

「まぁ、わたくしの名前まで覚えてくださっているの。嬉しいですわ」


 ヘレナは優雅に一礼した。


「あの……状況は、分かる?」

「えぇ、把握しておりますわ。あの大男を相手になさっているのでしょう?」


 サンダーの方をちらりと見て、ヘレナは小さく首を傾けた。


「ところで創造主様。わたくしのことをご存知ない方々に、簡単に自己紹介してもよろしいかしら」

「あ、どうぞ」

「ありがとう存じます」


 ヘレナはアレクシア、ルティナ、リデルの三人に向き直り、ふわりとスカートをつまんで礼をした。


「ヘレナ・エンヴァークラウンと申します。前世では上級貴族の娘として生まれ、王太子との婚約も決まっておりましたの。けれどある日、突然魔女の疑いをかけられて——婚約破棄、友人との絶縁、家族との断絶、投獄、そしてろくな裁判も開かれないまま刑に処されました」


 さらりと言ったが、壮絶な話だった。


「そ、それは……」



 アレクシアが、何とか声を絞り出した。他の二人は呆気に取られて何も言えないようだ。無理もない。いきなりそんな話をされ、一体なんと声をかければいいのか。


「お気遣いなく。百年後に兄の家系の子孫として転生し、前世の記憶を取り戻しましたので。このままでは、またあの結末を繰り返すかもしれない——そう悟りましたわ。ならばいっそ、どうせ魔女と疑われるなら、本物の魔女になってやろうと決心いたしました」


 ヘレナはにっこり笑って、サンダーに向き直った。


 この優雅な振る舞い、少し尖った目つきの美少女は、間違いない。

 ——無実の罪で刑に処された悪役令嬢、ヘレナ・エンヴァークラウンだ。


(そして彼女は、バッドエンドを誰より憎んでいる)


「というわけで、わたくし、こんなバッドエンド、到底受け入れられませんの。悪役令嬢と呼ばれようと、魔女と勘違いされようと、運命は必ずこの手で変えてみせますわ。——あの方の相手、わたくしにお任せいただけますか、創造主様?」



「あ……うん、お願い」


 頷きながらも四堂悠太は、微かな違和感を覚えていた。東雲柚月を呼んだ時とは、何かが少し違う気がする。体の奥が、じんわりと熱を持つような、そんな感覚だった。


(なんだろう……。気のせい、かな)


 まだその正体を、四堂悠太自身、はっきりと言葉にできずにいた。

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