第二十三話 幻の斑月猫と消えた金貨百枚
ブルーム公がどんな領主なのか考えても分からなかったので、それ以上は考えるのをやめて、リデルと一緒に迷子の犬の絵を、街中に貼って回った。
最後の一枚の似顔絵を持って入ったお店は、雑貨屋さんだった。お店の人に事情を話していると、リデルがいつの間にか隣から消えている。
(——あれ? どこ行ったんだ?)
お店を見渡すと、一番奥にしゃがみこんでいるリデルを見つけた。
(何か気になるものを見つけたのか……。迷子の犬の飼い主探しですら、本来の目的から外れているのに、買い物なんてしだしたら、もう本来の目的に戻れる気がしない)
本来の目的から横道に逸れまくっているリデルをたしなめるため、一旦似顔絵をしまって、リデルのところへ向かった。
「なぁ、リデル……」
「シドー。奇跡が起きたぞ……」
こっちを振り向きもしないで、リデルは呟いた。
「奇跡って?」
「これを見よ‼」
リデルが大事そうに手に取って見せてくれたのは、猫の置物だった。全体的にまだら模様があり、灰色をベースにオレンジの斑点がまざり、その両方に縞もようがある。
「……うん。猫の置物だね。それが奇跡?」
「なぬっ、この猫の置物を知らぬのか⁉ 本物と見間違うほどの精密なデザイン、かつ猫の手触りを再現したという、なでるとまるで本物をなでているかと錯覚する感触ッ。動物雑貨の中でも、超人気シリーズ『まるで猫』の、しかもッ、市場でほとんど見かけないレアもののッ、斑月猫じゃ。まさかこんなところでお目にかかれるとは……」
「そんなに珍しいの?」
リデルは、置物をそっと両手で包み込むように持ち直した。さっきまでの興奮した様子から、急に声が静かになった。
「斑月猫は……もう、この世界からいなくなってしまった猫でな。深い森の奥にのみ棲み、滅多に人前に姿を見せぬ猫じゃった。じゃが、森が切り開かれ、棲む場所を失い……。我が生まれる前に、もう最後の一匹すら、姿を消してしまったと聞いておる」
「え……。じゃあ、この置物が……」
「うむ。我は、本物の斑月猫に、一度も会えたことがない。絵と、言い伝えでしか知らぬのじゃ。……なのに、何故だろうな。会ったこともないのに、あの子らのことを思うと、胸が締め付けられる」
リデルは、置物を見つめたまま、少し寂しそうに笑った。
「守ろうと思ったときには、もう遅かった。誰も、悪気があって滅ぼした訳ではない。ただ、誰も本気で守ろうとしなかった、それだけなのじゃ。……じゃから我は、まだ間に合う命だけは、絶対に見捨てぬと決めておる」
リデルは感極まって泣いていた。
(え……、うそぉ……)
まさかこんなことでリデルが号泣するとは思わなかったから、どう対処していいか分からない。困っていると、リデルの方が気付いてごしごしと手で涙をぬぐった。
それから一呼吸置き、ふっと表情を緩めて、小さく笑った。
「……と、しんみりしすぎたな。すまぬ。じゃが、この子に会えたのは、本当に嬉しいのじゃ。数年も前からこのシリーズを集めておったが、どうしても最後の一匹、この斑月猫が手に入らなんだ。ずっと探し求めておった子と、まさか今日出会えるとは。……我が動物を助けるため、奔走する姿を、獣神さまが見ていてくれたのかもしれぬな」
そう言えば以前ヴィクターが、動物アイテムのコレクターだって、リデルのことを言っていた。そのせいで、三ヶ月分の生活費を使い込んでしまって困ると。
(あのときは、えー、ないわーとドン引きしたけど……)
でも、その気持ちは理解できた。
「リデル、僕も『スターナイツ』の円盤はもちろん、グッズもたくさん集めていたし。特に推しのスターエレメント関連だったら、出来の良いものならなおさら、お小遣いを全投入してでも、場合によっては前借りしてでも買っていた。そんな思い入れあるコレクションが、あと一つで全部そろう状況を考えたら、答えは一つだ」
「そうじゃな……買うしかない」
この時、四堂悠太とリデルに、奇妙な一体感が生まれた。二人の意見は一致した。しかしその割に、リデルはその場から動かない。何でだろうと、値札を見ると、とんでもない額が書かれていた。
「き、金貨百枚……」
(高い‼ でも、ほとんど市場に出回らないレアものだったら、そのくらいのプレミア価格がついててもおかしくはないのか……)
四堂悠太は迷った。
ヴィクターはこう言っていた。三ヶ月分の生活費プラス軍資金だ、これで四人分の良い装備でも魔導具でも買って、敵に備えてくれ、と。多めに渡しておくから、管理をよろしく頼むと言って、ちょうど金貨二百枚を渡してくれた。
(こんな猫の置物を買ったって、敵に対して何の備えにもならない……。一番良い装備を頼むって防具屋さんに言いたかったのに、これは装備ですらない……)
分かっていたのに、次の瞬間、お店の人に言っていた。
「この猫の置物をください」
良いのか? とハッとして自分を見上げるリデルに、胸を張って答えた。
「奇跡は起きる物じゃない、起こすものさ!」
そう言って、肩に掛けた革鞄の中から、ヴィクターに預かった金貨袋を取り出す。ずしりとした重みを持つ革袋から、金貨を百枚数えて、店主の手に渡した。それと引き換えに、『まるで猫』の置物を手に入れた。
二人のコレクター魂が共鳴し合い、変なハーモニーを奏でてしまった。
——後から考えると、自分たちはアホだった。
***
残り最後の似顔絵を張ることを、雑貨屋さんの店主は、快く引き受けてくれた。
あの似顔絵を見て、飼い主が名乗り出てくれるまで、宿屋で犬を預かることにした。迷い犬に関しては、できる限りのことをやったと思う。だが問題は——。
部屋に鎮座している猫の置物を見て、溜息をついた。
お店の人が、リデルが世界を救い隊の一人だと分かって、金貨五枚の値引きをしてくれたから、すぐにお金に困ることはない。それがせめてもの救いだが、三人の生活費として、三か月で金貨百五枚じゃ心許ない。ましてや、ヴィクターの言ってた良い装備を揃えることなんて、到底できない。明日にも、魔王軍が攻めてくるかもしれないのに。
(あ————‼ 僕はなんてバカなことをしてしまったんだぁ‼)
魔王軍に、この一帯全部焼き尽くされたら、この猫の置物だって、跡形もなく消えてしまうのに。
後悔しても、時間が戻ることはない。今できることは、少しでもお金を得ることだ。二人は冒険者ギルドに行って、片っ端から依頼を受けた。リデルがこなす魔物討伐と、四堂悠太がこなす薬草採取を、同じ場所で同時にこなせる依頼を選んだ。その方が効率が良いからだ。
二人で色んなところへ出かけて、リデルがあっという間に魔物を始末した後、薬草について教えてくれた。お陰で四堂悠太は、この世界の薬草を、十種類以上覚えてしまった。
そうして朝から晩まで必死に依頼をこなすこと五日間で、二人で稼いだ金額は銀貨百枚に達した。
(まだまだ全然足りないけど、少しは取り戻せたかな)
二人は、五日間やりきった疲労と達成感の混じった、よく分からない感情を共有して、笑いあった。銀貨百枚を積み上げて満足げに眺め、ハイタッチもした。何か大切なことを忘れている気がちょっとしたけど、目の前の依頼をこなすのに必死すぎて気付かなかった。
冒険者ギルドに通い詰めて六日目。毎朝の習慣になっていた、看板に出ている今日の依頼を確認していたら、誰かに後ろから肩を叩かれた。
「シドーさん、こんなところで何をしているんですか?」
振り向くとルティナが笑っていた。いや、よく見ると目は笑っていない。やらかしてしまったことを考えて背筋が凍った。そう言えば、ルティナは冒険者たちと連携してこの街を守るため、冒険者ギルドにいるとリデルが言っていたのを思い出した。
ありのままに、今起こっていることを話した。
「迷子の犬の飼い主を探すために、似顔絵を貼ってもらおうと雑貨屋さんに行ったんだ。そしたらそこに、リデルが収集している『まるで猫』のレアな猫がいたと思ったら、いつの間にか金貨百枚を失っていたんだ」
説明している自分自身、意味が分からなかった。
「何を言っているのか全く分かりませんが……、シドーさんが今やるべきことは、冒険者ギルドの依頼ではなく、無属性魔法の習得では? それとも、もうできるようになったのですか?」
そう言われて、はっとした。
(完全に忘れてた……)
この五日間、最初の一日は迷い犬の飼い主探しをして、残りは失ったお金を取り戻そうと、必死で冒険者ギルドの依頼をこなしただけだった。
(いつ魔王軍が攻めてくるか分からない状況で、魔法の特訓を丸々五日忘れていた……)
「ご、ごめん……。完全に目的を見失って忘却の彼方に行っていて、できていません」
小さな声で残念な報告をした。
「ルティナよ‼ シドーを責めるな! 元は我が悪いのだ。大体ルティナだって、冒険者ギルドと連携するのだか知らぬが、この五日間全く姿を見せず、何をしておったのだ‼ もし二人だけのときに魔王軍が攻めてきたら、どうするつもりであった⁉」
リデルが援護してくれた。
六日前に、二人しかいないときにもし魔王軍が攻めてきたらどうしようと聞いたら、万一襲ってきたとしても、我とシドーがおれば、十分じゃ! 何の心配もいらぬとか自信満々に言っていたのに、実はちょっと心配だったんだろうか。
「それは大丈夫です。元々この街全体に結界を張っていたんですが、アレクシアさんたちがこの街を離れてから、結界の強度を高めました。元の結界は、魔王軍が攻め入って来たり、攻撃されたのを感知する程度でしたが、現在は私の全魔力を消費して、どんな攻撃も防げる結界にしてあります」
「な……‼ そ、そんな凄い結界ができるのか⁉」
「あくまで一時的に強度を高めただけですが。この魔力の消耗加減からいって、この強度を保てるのはあと一日が限度でしょう。元々そういう予測でアレクシアさんにも、必ず一週間以内に戻ってきて欲しいと伝えてありますし」
ルティナの言葉を聞いて、いくつか納得した。
自分たちだけ残して、万一魔王軍が攻撃してきたらどうしようなんて心配する必要はなかった。底なし魔力のルティナとは聞いていたけど、想像以上だ。
それから二つ目に納得したのは、普段ルティナが魔力の消耗を極力抑えた戦い方をしていることだ。本人はエコが好きだからと言っていたが、本当はいざという時に結界を張るため、魔力を温存していたんじゃないだろうか。
(だとすると、この間ルティナに、エコで燃費が良いのもいいけど、十五階層のすごい魔法も見てみたいなんて頼んじゃって悪かったな……。あれがなかったら、もうちょっと長く結界張れてたかもしれない)
挙句に金貨百枚を浪費し、取り戻そうとして冒険者ギルドの依頼に没頭して魔法の特訓を忘れ、さらにルティナの魔力を無駄遣いさせてしまった。
(もしかして僕がこの世界を滅ぼす魔王なのかもしれない……)
第23話をお読みいただきありがとうございました!
リデルが、なぜお金に糸目をつけず動物雑貨を収集していたのか。
それは単なる浪費ではなく、守れなかった過去と、これから王としてすべてを守るという決意と覚悟でした。
本作はこのような形で、テンプレギャグに見える要素が次々とひっくり返っていきます。そして、第32話ではもう一人のヒロインの『ギャンブル依存』に隠された、さらなる衝撃の真相が明かされます。ぜひ世界の違和感を推理しながら、読んでみてください!




