第二十二話 悪徳領主
リューベックの街の一番奥に、立派な領主の屋敷がある。街を歩いていると、街の人たちが、領主の噂話をよくしているのが聞こえてきた。
「魔王軍が攻めてきた途端、逃げ出した前の領主も酷かったが、その遠縁だっていう現領主のブルーム公だって、似たり寄ったりの悪い領主だよ」
「あぁ。確かに魔王軍の攻撃で、街の建物や畑がたくさん壊された。それを直すために税金がかかるのは分かるが、二倍も取ることはないだろう。こっちだって、生活を立て直すのに必死だっていうのになぁ」
「わしらから取り立てた税で、前の領主と一緒に逃げ出した軍隊を再編するなら、まだ分かるさ。でも、軍隊は一向に再編されず、実際にこの街を守ってくれているのは、冒険者ギルドの有志たちと、世界を救い隊の三人だけ。もっとも、魔王軍からいち早く逃げ出すような軍隊なんかより、ずっと頼りになるんだがね」
「つまりブルーム公は、税金をこの街を守るために徴収したんじゃなくて、自分の懐に入れる為に二倍も取ってるんだよ。ブルーム公が領主になってから、行商人が異様に増えただろう? 何でもこの街で自由に商売させる代わりに、売り上げの一部をブルーム公が徴収してるって話だ。魔王軍が攻めてきたのに乗じて私腹を肥やそうだなんて、魔王軍より、たちが悪いかもしれんな」
「大体、前の領主が逃げ出した一年くらい後に、急に遠縁だと名乗り出てきたのが怪しいじゃないか。どうも噂じゃ、前領主の娘婿の叔父の知り合いらしいよ」
(前領主の娘婿の叔父の知り合いって、それもう赤の他人なんじゃ……。僕の小説だったら、この設定だけで「本当は遠縁でも何でもない、成り上がりの詐欺師でした」ってオチが透けて見えるパターンなんだけど……でも現実は、小説みたいに単純じゃないんだよな、たぶん……)
領主ブルーム公の評判は、かなり悪いようだった。領主のお屋敷は、冒険者ギルドと同じ一角にあるから、一度だけ屋敷に入って行くブルーム公を見たことがある。彼が馬車から降りた後、使用人がかしこまってお供していたから、本人に間違いはないだろう。髭を立派に生やした、初老の紳士だった。
リデルは領主の評判が悪いのを聞くたびに、統治者が悪政を敷き、民から嫌われるなんてもってのほかだと憤慨していた。
「我が父王、アルブリー王は、治世四十年以上になるが、大層民に慕われておる」
「へぇ……そんなに慕われてるんだ。……ブルーム公とは、大違いだね」
「うむ。……なぁシドー、王が民から税を取るのは、当然のことじゃ。じゃがな、奪うだけの王と、奪った分以上のものを返す王とでは、同じ税でも意味がまるで違う」
「奪った分以上のもの……?」
「父上は、税を取れば取った分だけ、民を守る力に変えてきた。だから民は、税を払うことに納得できるのじゃ。……ブルーム公が民に嫌われておるのは、二倍の税そのものではなく、その税が、何に変わったのか誰の目にも見えぬからではないか?」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
「リデルの父上って、具体的に何をしてたの?」
「……そうじゃな、幼い頃、父上が毎朝欠かさず、城下の声を聞きに出ておったのを覚えておる。良い話も、悪い話もな。臣下が止めても、危険を承知で、自ら民の前に立ち続けた」
「危険を承知でって……、王様が直接民の前に出るのって、危ないんじゃないの?」
「もちろん危険じゃ。じゃが、姿を見せぬ王を、誰が信じる? 何よりも優先して民を守り、逃げず、隠れず、姿を見せ続ける——それが、王が信頼を得る、ただ一つの道じゃと、我は思う」
「……なんか、リデルらしいね。それ」
「そうか?」
「うん。噛まれても犬から離れなかったし」
「な……⁉ そ、それとこれとは話が違う‼」
少し照れたようにそっぽを向いてから、リデルは再び真面目な声に戻った。
「王とは、玉座に座る者のことではない。民よりも先に傷つき、民よりも遅く眠る者のことじゃ。我もいつかは、そういう王になりたい」
リデルの言うことはもっともだ。でも、一人だけ街のおじいさんが、領主のことを良く言っていた。
「確かに、二倍の税は苦しい。わしは、生まれてからずっとこのリューベックの街にすんでおる。もう七十年になるが……。じゃが不思議なことに、魔王軍が攻めてくる前よりも、街の治安が格段に良くなっとるんじゃ。前領主が逃げ出した後の一年が、一番酷かった。強盗も殺人も頻繁に起きて、街は荒れた。その後ブルーム公が領主の座に収まって、すっかり治安が良くなったんじゃよ。行商人が増えたのも、ありがたいことじゃ。わしは元々この街で商売をやっておった。じゃが、魔王軍に店を壊され、しばらくは商売ができんと覚悟した。わし以外の商売仲間も、店は無事でも仕入れができんかったり、似たようなもんじゃった。行商人が来てくれなんだら、街の人々はさぞ困ったことじゃろう。冒険者ギルドの有志の人たちは、頑張って街を守ってくれとるが、彼らだけで本当にここまで治安を良くし、物の流通までできるもんかねぇ。それに、街の復興工事も、いつの間にか進んどる。誰が金を出しとるのか分からんが、壊れた家や畑が、少しずつ元に戻っていっとるんじゃ。わしは、ブルーム公が街を守ってくれとるんじゃないかと思うんじゃが……」
しかし「じいさん買い被りすぎだ」と、街の人たちは一蹴して笑っていた。でも、おじいさんの言うことを聞いたとき、この街に初めて来たときにヴィクターが言っていたことを思い出した。
——「にしても、いつ来ても緊張感がなさすぎる気がするが……」
最前線の街とは思えない、あまりに元気な人々の様子を見て、首を傾げていた。
確かにおかしな話だ。私腹を肥やすことしか頭にないのに、街の治安が格段によくなるなんて。
(ブルーム公は、本当にただ戦乱に乗じて私腹を肥やすのが目的の、悪い領主なんだろうか……)




