第二十一話 百獣の王
「そんなことより、修行じゃ、修行! さっさと始めようでは……」
「ワンッ、ワンッ」
その時、どこからともなく、犬の鳴き声がした。こんな早朝に、誰か犬の散歩でもしてるんだろうかと、周囲を見回した。
時計塔のすぐそばに、一匹の茶色い犬がいた。誰かに連れられている様子はない。犬を見つけたリデルは、すごい速さで駆け寄っていった。
「お主、一匹でどうした? ……首輪がついておるな。迷子にでもなったか? 可哀想に! ……そうじゃ、未来の獣人王自らが、飼い主を探してやろう。なに、心配はいらぬ。全ての動物を統べる百獣の王が力を貸してやるのじゃ、飼い主なぞすぐ見つけてやる。安心するが良い!」
リデルは獣人族の王女にして大の動物好きだったから、犬を見てたまらず抱きついた。
(さすが全ての動物の頂点に立つ百獣の王……。動物にも好かれて……)
四堂悠太が感心しかけると、
「よーし、よしよし、いい子じゃ……って、いだだだああああッッッ‼」
リデルは、茶色い犬に思い切り噛みつかれた。
「全然なつかれてないじゃん‼ 全ての動物、統べ切れてないじゃん‼」
慌ててリデルと犬を離そうとしたが、リデルは血を流しながらも、犬を離さなかった。
「なに、我はまだ完全な獣人王ではないゆえ、ひれ伏すほどの王気はない。くっ……これでは我が覇道を示すことも叶わぬか。じゃが……これもこいつなりの愛情表現じゃ、心配はいらぬ……って、痛、いだだだああああッッッ‼」
相変わらず本気で噛まれて、流血が止まらないようだったが、獣人族の王女として退けないのかもしれなかった。
(でも、このまま放置しておく訳にもいかないしな……)
どうしたものかと悩んでいたら、急にリデルが少しだけ真面目な顔になった。
「シドー。……この子を放っておけば、いずれ野良として、誰にも顧みられぬまま死ぬだろう。人間なら、そうはさせぬ者が大勢おる。世界を救い隊とかな。だが、動物は違う。誰かが守らねば、本当に、誰も守らぬのだ」
「確かにそうだ……」
リデルは、絶対に飼い主を探すと言って、譲らないだろう。四堂悠太は、魔法の修行を諦めて、迷子の犬の飼い主を探すことにした。
***
世界が滅びるかもしれないのに、二人は、迷子になった犬の飼い主探しをしていた。
今頃アレクシアやルティナたちは、世界を救うために、必死に頑張っているだろう。
(なのに、僕たちは何やってんだろ……)
「こやつも、我らと変わらず、この世界に生きる者。例え我らが魔王を倒し、世界に平和が訪れたとしても、飼い主と離れ離れでは、嬉しくあるまい。王たるもの、全ての獣を幸福に導いてやらねばならぬ」
リデルの心がけは立派だと思った。でも、なんと答えていいか分からない。心中を察したのか、リデルが続けた。
「分かっておる。無理じゃと、分かっておるのに——それでも、目の前で見捨てられている命を見ると、放っておけぬ。人間は、世界を救い隊が守る。魔王軍からも、貧困からもな。……でも、この世界には、人間以外にも、たくさんの命がある。誰も守らなければ、その子らは、誰にも顧みられないまま消えていくのじゃ。それを見過ごすことは、我にはできぬ。……我は、いつか国を、世界を背負う立場になる。人間だけでなく、動物も、虫も、生き物全部を守れる王になりたい。……綺麗事じゃと、分かってはおるのだが」
少し照れたように笑ってから、リデルは付け加えた。
「じゃが、勘違いしてほしくないのは、動物ばかりを大事にしておるわけではないぞ。……我にとって、民も、動物も、同じ『守るべき命』なのじゃ。どちらか一方を選べと言われても、我にはできぬ」
そうかもしれない。リデルは、動物思いだ。確かに、王の器であるのかもしれない。
「いだッ、いだだだだあぁぁぁぁッッッ‼」
しかし、犬に噛みつかれて、血が噴き出したので、慌ててリデルの腕から犬を取り上げた。
(やっぱ、違うかも……)
腕の中で、さっきまで散々暴れていた犬は、びっくりするほどおとなしくなった。
「……シドー、お主、動物に好かれるようじゃな……」
リデルは驚きつつも、少し不満そうだったが、噛みつかれ過ぎて出血死しそうな勢いだったから、四堂悠太が犬を抱っこすることに反論はしなかった。
(魔王と戦う前に、犬に噛まれて失血死するなんてアホすぎだからな)
二人は街中の人々に、この犬の飼い主を知らないかと声かけて回った。だけど、誰一人飼い主を知っていそうな人とは出会えなかった。
「このまま闇雲に声をかけ続けて飼い主を探すのは、時間がかかるな……。そもそも早朝だから、あまり人がいないし。犬の似顔絵を描いて、お店とかに頼んで貼ってもらって探すのはどうだろう?」
「おお! シドー、それは良い案じゃ‼ 早速宿屋に戻って似顔絵を描くぞ。我はこう見えて絵が得意なのじゃ」
自信満々なリデルとともに、一旦宿屋に帰った。宿屋の人に頼んで、犬が食べられそうなご飯を作ってもらった。犬はお腹が空いていたのか、あっという間に平らげて、幸せそうに床に寝転がった。
その姿を見ながら、早速それぞれ似顔絵を描いてみた。リデルは、絵が得意だと言っていたのに、どこからどうみても、十歳の描いた犬の絵という感じだった。
(リデル、「絵が得意」の基準どうなってるんだ……。いや、待てよ、もしかしてリデルの言う「得意」って、獣人族的な基準の得意なのかもしれない。爪で描いた割には上手い、みたいな……ってそんな訳ないな。普通に下手なだけだ)
かくいう自分も、何とか犬っぽい生き物に見えなくはないくらいの出来だ。
(こんなんで、飼い主さん分かるかな……?)
一抹の不安を覚えたけど、ないよりはマシなはずだと信じて、二枚目、三枚目、と似顔絵を描いていった。
(コピー機でもあれば、こんなに枚数描かなくても良いんだけどな)
そう思いながら、一生懸命描いた。
出来上がった二十枚くらいの似顔絵を持って、再び街に出た。さっきは早朝で、お店はほとんど閉まっていたけど、似顔絵を描いている間に丁度良い時間が経って、たくさんのお店が空いていた。片っ端からお店の人に、似顔絵を貼ってもらうよう頼んで回った。
「おお、世界を救い隊のリデルちゃんじゃないか。……迷子の犬の飼い主探しをしてるって? そりゃあ偉いな。どうぞ、この店の好きなとこに似顔絵を貼ってってくれ」
犬の似顔絵を持って、リューベックの街中を歩いて回った。
通りの一角では、冒険者風の男たちが数人がかりで、崩れた建物の壁を修復する作業をしていた。
(冒険者って、魔物退治だけじゃなくて、こういう仕事もあるんだ……)
日頃からこの街のために戦っているリデルは、街の人たちに評判がよく、みんな快く似顔絵を貼らせてくれた。
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