第十九話 「魔法少女スターナイツ」神回
リューベックの街に帰ってきたら、すでに夕暮れだった。宿屋で夜ご飯を食べ、明日からの特訓に備えて早く寝た。
しかし、昼間の出来事の興奮が冷めなくて、なかなか寝付けなかった。人生初魔法が使えたこと。自分の知っている「魔法少女スターナイツ」の物語と、この世界が繋がっているという驚き。
加えて、異世界三日目ということは、毎晩儀式のようにしていた、「魔法少女スターナイツ」のアニメを寝る前に視聴するという習慣が、三日間行われていないという事実。
腕や足に、謎のブツブツができてかゆい。
(もしかしてこれ、いきなり習慣を断ち切ったことからの、離脱症状かな……。いや待てよ、冷静に考えたら、これただの虫刺されなのでは……。異世界の虫、僕の身体との相性最悪なのでは……)
そう思う端から、寝る前に「魔法少女スターナイツ」を見たくて見たくてたまらなくなってきた。
しかしここは異世界で、テレビもパソコンもスマホもない。ネットも繋がっていないし、「魔法少女スターナイツ」を視聴することはできない。
昔偉い人が、「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」と言ったとか言ってないとか。
(——そうだ、視聴できないなら、脳内で再生して視聴すればいいじゃない!)
四堂悠太の頭は、禁断症状のせいかおかしくなっていた。
四十八話の全映像とキャラの全台詞は、脳内に完コピ済みだ。しかし、どうせ視聴するなら、一番好きな話にしよう。候補は色々あるけど、一番好きと言えば神回三十七話で決まりだ。
***
目を閉じると——まず思い浮かんだのは、ウンディーネだった。
アーティスティックスイミングの選手を夢見るウンディーネが、大会で惨敗する場面だ。プールの底に沈んで、誰にも見えないところで泣いている。
(そうだよ……ウンディーネ、あそこで諦めかけるんだよな)
その様子を、たまたま様子を見にきたノームが目撃してしまう。
「ウンディーネ……」
ノームは声をかけようとして、でも言葉が出てこなかった。自分も新人賞に落ちたばかりで、励ます資格なんてないと思ったからだ。結局何も言えないまま、ノームはその場を離れる。
(あぁ……ノーム、そこで声かけられないんだよな。自分も傷ついてるから、人の傷に踏み込めなくて……)
次にシルフ。ピアニストになりたいシルフが、コンクールで指が動かなくなって、舞台の上で立ち尽くす。楽屋の外で、その様子を伺っていたサラマンダーは、扉に手をかけたまま、結局ノックすることができなかった。
サラマンダーも、料理人になる夢を笑われて、厨房を飛び出したばかりだったからだ。
ノームは、漫画家を目指して新人賞に応募するものの、一次審査すら通らなかった。四人のうちでノームに、ワナビだった自分と境遇が似ているために、一番共感してしまったのは言うまでもない。
(四人とも、限界まで頑張ったのに、どうにもならなくて……。しかも、お互いの傷を見ても、声をかけられなくて……。あの連鎖、何度見ても、胸が痛くなる)
みんな自信をなくすだけでなく、周囲から、「向いていないんじゃない?」とか、「やめた方がいいんじゃない?」と言われて、さらなる絶望に突き落とされてしまう。夢を追うから、挫折を味わい、辛くて苦しくてたまらなくなる。こんなことなら、夢なんて持たない方が良かったんじゃないか、諦めた方が良いんじゃないかと思い始める。誰も、他の誰かの傷に踏み込む余裕がない。だからこそ、四人はそれぞれ孤独に沈んでいった。
一方エレメントは、仲間の四人がそれぞれ夢に向かって頑張っているのを見て、自分も何か夢を追いたいとずっと思っていた。しかし、運動、勉強、音楽など、特に取り柄がないエレメントは、なりたいものが見つからない。そんな自分を責めながら、傷ついた四人のそばにそっと寄り添っている。何も言わず、ただそこにいる。
しばらくして、エレメントは顔を上げた。
『……分かった。これが、私の夢だ』
四人を見回して、静かにそう言った。それから、何かを言いかけて、止めて、また言い直した。
『えっと……、上手く言えないんだけど。……みんなの夢が叶うところを、見たい。だって……』
声が、少し震えていた。いつも明るいエレメントが、こんな風に言葉を探すのは、珍しかった。
『今はみんな辛そうだけど、夢を追っているときのみんなも、ずっと見てきて知ってるから。本当に、みんな幸せそうだった。……こんな時に、こんなこと言うの、変かもしれないけど。 プールで演技しているときのウンディーネ、ピアノを弾いているときのシルフ、料理を作っているときのサラマンダー、漫画を描いているときのノーム、みんな本当に真剣で、でも楽しそうで、あんなにキラキラ輝いているみんなは、他では見たことがないんだよ。 希望が大きいほど、絶望も大きいかもしれない。だったら、絶望に負けないように、みんなの夢が叶うように、私が応援する。それが——私の夢』
(そこだよ……! そこが好きなんだよ!)
心の中で叫んだ。何度見ても、ここで鳥肌が立つ。
その光景を、遠くから見ていたブリザードが、珍しく黙り込んだ。
「……くだらない」
そう吐き捨てながらも、なぜかその場をすぐには立ち去らなかった。
エレメントの言葉を受けて、四人の表情が変わっていく。
——その瞬間、BGMがふっと止まった。
誰も何も言わない。ただ、風の音だけが響く。
ウンディーネが、静かにプールに足を入れる。水面が、小さく波紋を作る。
シルフが、震える指をそっと鍵盤に置く。まだ音は鳴らない。
サラマンダーが、厨房の扉に手をかける。開ける前に、一度深呼吸する。
ノームが、真っ白な原稿用紙に、もう一度ペンを構える。
——そして、四つの音が、ほぼ同時に重なった。
水しぶきの音。ピアノの最初の一音。包丁がまな板を叩く音。ペン先が紙に走る音。
それが合図になったように、音楽が、静かに、でも確かな熱を持って再び流れ出す。
そして特殊変身バンク。いつもと違う、気合の入った変身シーケンスが始まる。
ウンディーネの水の粒が、いつもより一つ一つ大きく、宝石のように輝きながら舞う。
シルフの周りに舞う羽根は、通常回の三倍近い枚数が描き込まれ、一枚一枚が別々の軌道を描く。
サラマンダーの炎は、いつもの赤一色ではなく、金色のグラデーションがかかっていた。
ノームの土の結晶は、通常なら丸い形なのに、今回は花びらのような繊細な形をしていた。
(作画班、絶対今回気合入れてきてる……。予算全部ここに使ったろ、これ……)
スターエレメントが変身していく。作画が段違いで、アニメスタッフの本気が画面から溢れ出していた。
『今できなくても、頑張れば、きっといつかできるようになるよ! 大丈夫、みんななら絶対にできるって信じてるから』
エレメントがそう言って、にっこり笑う。三十七話最大の名場面だ。
(……ずるいよな、エレメント。そんな風に笑って、そんなことを言われたら、諦められないじゃないか)
戦いが終わった後、五人は特に何を話すでもなく、夕暮れの中を並んで歩いた。
ノームが、ぽつりと言った。
「……また、新人賞出してみようかな」
「うん」
エレメントは、それだけ答えて笑った。多くを語らないところが、逆に良かった。
***
目を開けると、異世界の宿屋の天井があった。
(僕は、どうなんだろう)
エレメントの笑顔が、まぶたの裏に残っている。誰かの夢を信じることが夢——か。自分には、そんな風に誰かのことを思えるものが、あっただろうか。
小説を書いていた頃、読んでくれる誰かのことを、考えていただろうか。
……考えていなかった気がする。ただ書きたいものを書いて、賞を取りたくて、認められたくて。それだけだった。
(だから、豆腐だったのかな……)
答えは出ないまま、四堂悠太はいつの間にか、眠りに落ちていた。
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