第十八話 発動しない魔法
今後の方針が決まったところで、四堂悠太は、フェモンの街の住人の一人に、夢見るドキドキハートを、そっと当てた。
当てた所がまばゆい光を放ち、黒色だった肌に、じわじわと血の色が戻っていく。石にされていた人は、あっという間に元の姿へと戻った。
「……あれ? 私は確か魔王軍に襲われて……。あなたたちが助けてくださったんですか?」
元に戻った人は、自分の体が無傷のうえ、生きていることにびっくりしていた。フェモンの街の人たちが石化されたのは、もう数年以上前だけど、ついさっき魔王軍に襲われたと思っているようだった。
(やっぱり石化されていた間の記憶はないんだな……、これも僕の知ってる「スターナイツ」と同じだ)
四堂悠太は次々と結晶を掲げ、一人ひとりを元の姿に戻していった。石に触れるたび、驚きと戸惑いの声が街のあちこちから上がる。
「わ、私、生きてる……⁉」
「ここは、一体……」
誰もが数年分の記憶を欠いたまま、それでも確かに息をしていた。その光景を見るたび、四堂悠太の胸に、じんわりとした安堵が広がっていく。
(少しずつだけど……役に立ててる気がする)
一人ずつ元の姿に戻す度に、拾った夢見るドキドキハートは小さくなっていって、最後の一人を元に戻したら、石は完全に消失した。
元の姿に戻った人々は、口々にお礼を言って喜んでくれた。
ルティナたちは早速、リューベックの街に避難してもらうよう、説得にかかっていた。思ったよりもすんなり、全員が避難をすぐに決断してくれたのは、ちょっと意外だった。
(魔王軍に襲われて、全員石化して、また最前線の街に住むのは、そりゃあ嫌だよな……)
全員で街の人たちを護衛しつつ、帰路についた。ここに来るときも、何匹か魔物に遭遇したけど、三人がいれば何の心配もない。ドラゴンさえ、簡単に倒してしまうくらいなんだから。とくに緊張感もなく、まるで遠足の帰り道みたいな感じだ。
「今後についてですが……、まず早急にやらなくてはならないことが二つあります。一つはフェモンの人たちが暮らす場所や食料を用意することですが、これは私が、冒険者ギルドの方たちにお願いして行います。もう一つ重要なのが、シドーさんの無属性魔法を完璧に使いこなせるようにすることです」
「なるほど。魔法の習得が急務ということか」
アレクシアが頷いた。
「えぇ。たった今の魔王軍幹部の襲撃によって、思いがけず魔法は成功し、敵を退けることに成功しました。それは喜ばしいことであると同時に、危機的状況が今後も続くことを意味しています」
「なぜじゃ、ルティナ。敵はフェモンの街を襲撃してかれこれ数年、音沙汰なかった。魔王軍が本気を出せば、この世界の半分なぞ、あっという間に陥落できたであろうにな。要は手を抜いておったのじゃ。此度の襲撃は、単なるサボリ中の気まぐれではないのか?」
「リデルさんの考えも、有り得るでしょう。ですが、我々を侮って高を括っていたように見えた数年間、幹部による気まぐれの攻撃は一切ありませんでした。でたらめにやっているように見えて、彼らのやり方には一貫性があって、おそらく上にいるダークキングが、しっかり統制しているのでしょう。だとすると、今回のブリザードによる襲撃は、彼個人のきまぐれというより、魔王軍がこの地への侵略を再開したとみるべきです。私たちがたまたまフェモンの街に来ていたため、ここで戦うことになりましたが、敵の本当の狙いは、この先にあるリューベックの街だったのではないでしょうか。それならば全ての辻褄があいます」
「私もルティナの意見に賛成だ。なぜかは分からないが、ずっと動かなかった魔王軍が、急に動くと決めたのだろう。動くと決めたからには、二度目三度目の襲撃も当然あるとみて警戒すべきだ」
「二人がそういうのなら、そうかもしれぬ。そもそも、このまま膠着状態を続けさせてくれるとは思っておらなんだし、いつかは攻めてくると思うておったわ。じゃが、たった今、残りの世界を手に入れる決意をしたというのなら、こちらとて好都合じゃ。なにせ、ちょうどシドーが最強の魔法を手に入れたところというタイミングの良い時期。これまでの油断に感謝じゃな!」
リデルが意気揚々と叫び、ルティナはくすくすと笑った。
「えぇ、こちらを甘く見て、長い猶予を与えたことを後悔させてあげましょう。そのために、リューベックの街で敵が来るのを待ちましょう」
「な、なぜじゃ⁉ シドーの魔法は、やつらの生み出した怪物もあっさり倒し、幹部すら動揺して逃げ出すほどじゃった。フェモンの人たちを避難させた後、すぐにも、こちらからしかけようぞ。今なら、三幹部だけでなく、ダークキングとかいう魔王だって、余裕で倒せるのではないか⁉」
「そうかもしれません。シドーさんの魔法は、確かに想像以上の強さでした。あれがあれば、リデルさんの言う通り、魔王すら倒せる気が私もします。ですが、たった今会得したばかりで、魔法の発動条件を完全に把握したわけではないのですよね、シドーさん?」
「あ、あぁ……。恐らく僕の書いた小説のタイトルが呪文で、その内容を脳内で思い描けば発動する……と思う」
もうあきらめてしまった小説のタイトルや内容を思い返すのは、かなり苦痛だけど。強い魔法を使うには大きな代償があるというのは、当たり前のことだ。でも、よりにもよってその代償が、今の自分にとって最大の苦痛だとは。
「ここであれこれ議論するより、シドーにもう一度無属性魔法を使ってもらった方が早いんじゃないか?」
アレクシアが提案した。
「そうですね、シドーさん、やってもらえますか? フェモンの街の皆さーん、ちょっと魔法の練習しますから、びっくりしないでくださいねー?」
ルティナが、大勢の人たちに向かって大声で伝えた。
(そりゃ、いきなり東雲柚月さんが現れて色んなものを斬りまくったら、びっくりするからね……ってそうじゃなくて、またあれをやるの……?)
四堂悠太は、一瞬戸惑った。
正直に言えば、やりたくない。あの魔法は敵に大ダメージを与えると同時に、自分自身もかなりダメージを負う。中二病っぽく聞こえるかもしれないけど、比喩じゃなく本当にひどいダメージを負った。
しかし、三人に期待のこもった目で見つめられ、心が削られる覚悟を決めた。
「分かった……! 三人とも危ないから少し、離れてて‼
地の果てにて我が魂を宿し、無限の虚無を操る者が、世界の終焉を告げし時。
~永遠の静寂の中で、運命の呪縛に抗い、我が手に宿る禁断の刃を解き放ち、闇に覆われた混沌の未来を斬り裂く~」
(ルティナの呪文にあれだけ心の中で突っ込んでたのに……、あっちの方がまだ健全だったな……‼ 「地の果てにて我が魂を宿し」って何……⁉ 中学二年生の自分、この文どういうつもりで書いたの……⁉)
羞恥心で一杯になりながらも、四堂悠太は大きな声で叫んだ。
しかし、何も起こらなかった。
(あれぇ……。何で東雲柚月さん出てきてくれないの?)
周囲は人気のない荒野なので、しんと静まり返っている。
その永遠にも思える静寂と、三人の視線がきつい。額から、嫌な汗がだらだらと流れた。
「今の呪文、なかなか格好良かったぞ、シドー! もう一回言ってみせてくれ!」
(リデル……頼むからもう一回言わせないで……‼ あれは人生で一回唱えれば十分な呪文なんだ……‼)
「危ないから少し離れてて‼」、なんてかっこよく決めたのに、こんな痛々しくて長い呪文を唱えて何も起こらないなんて、恥ずかしくて死にそうだ。
「もしかしてシドー、さきほどの一発で魔力が切れてしまったのか?」
アレクシアに問いかけられても、分からなかった。なにしろ、人生初魔法を使ったばかりで、魔力とやらを使ったんだろうけど、それが減った感覚も、そもそも備わっている感覚もない。
「魔力が切れたかどうか、ちょっとよく分からない……」
「それはどうでしょう……。一体どれほどの魔力を消耗するか私にも分かりませんが、シドーさんの魔力は、魔法石が測定不能で砕け散るほど多いのですよね? そんなに魔力があるのに、いくら無属性魔法だからといって、たった一発で魔力切れになるとは考えにくいですが……」
「では、何故発動しなかったのじゃ?」
リデルが首を傾げた。
「やはり習得したばかりの魔法は、完全ではないと考えるべきでしょう。もちろん、敵がいないと発動しない等、発動に何らかの条件がある場合も考えられます。
何にせよ、できるだけ無属性魔法について理解した方が良さそうです。いつでも発動できるようになるまでは、こちらから仕掛けることはしないで、リューベックの街に戻って、敵の出方を伺いませんか?」
「……うぅむ。待ちの戦法は性に合わぬが、止むを得ぬな」
「もちろん敵の出方や、無属性魔法の発動条件によって、こちらから打って出なければならないこともあるでしょうが、一旦は退きましょう」
「ただ待っているだけでは、時間がもったいない。戻ったら早速、無属性魔法の完全習得に向けて特訓だな!」
こうして一行は、一旦リューベックの街に戻ることになった。
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