第十七話 東雲柚月、還る
東雲柚月は、戦いが終わった後、自分の世界へ帰っていった。
「まだ聞きたいこともありますし、もう少しだけこの世界に留まって頂くことはできませんか?」
ルティナが引き留めたけど、
「私としても、創造主が困っているようだし、力になりたいのはやまやまだが、どうもこの現象には、何らかの制約があるようだ」
東雲柚月が神妙な面持ちで言った。
「制約とはなんでしょう?」
「創造主と敵対したものを排除する役目を果たしたからか、単なる時間の超過か、はたまた予測もつかない何らかの条件があるのか……、理由は私には判別がつかないが、ひとつ分かるのは、もう直に私の体は元の世界に戻されるということだ」
東雲柚月は剣を鞘に戻し、その手をみんなに見えるよう、高く掲げて見せた。
「そんな……!」
東雲柚月の手は、少しずつ透明になって、消えかけていた。よく見ると手だけでなく、全身が消えかけている。
「なに、案ずることはない。こちらの世界にくるときも、このような現象が起きた。あの時と全く同じ感覚だ。私が本来あるべき場所へ帰るだけのこと。
次に会う機会があるかどうか分からないが、創造主よ、面白い催しに呼んで頂き、感謝する。あれほど斬りごたえのあるものを斬れる日が来ようとは思わなかった。陳腐な物言いしかできないが、感極まった。できればもっとたくさん斬って、感動を味わいたかった」
「いや、こちらこそ危ない所を助けてもらってありがとう。東雲柚月さんの世界の斬りごたえがないのは、僕が未熟なせいだ……、ごめん」
うなだれた四堂悠太を見て、東雲柚月は笑った。
「未熟なら、修練を積み、技術を習得すれば良いだけ。私とて初めは、何を斬るのもおぼつかなかった。それを何度も練習し、斬る楽しみを覚え、やっと近頃いっぱしの剣士になれたと思う」
そこで柚月は、何かに気づいたように少し間を置いた。
「……あぁ、そうか。全て創造主が導いてくれたことだ。創造主なら、きっといずれ、今まで斬ったこともない、素晴らしい斬り心地を体験させてくれるに違いないな。
それでは、世話になった。みなお元気で……」
東雲柚月は、そう言って虚空へ消えていった。
四堂悠太は、彼女に何を言うこともできなかった。東雲柚月は、自分がもう小説を書くのをやめてしまったのを知らないから、信じて期待してくれている。彼女は人間でもなんでもない、自分が作ったキャラなのに、あんなに純粋で、ただ真っ直ぐ自分のことを信じてくれている。
嬉しいような面映ゆいような感覚とともに、東雲柚月の言い方を借りれば、陳腐だけど感極まってしまった。
(作ったキャラに励まされちゃったよ……)
予想外の出来事に、四堂悠太の心は、激しく揺さぶられた。
『今できなくても、頑張れば、きっといつかできるようになるよ! 大丈夫、あなたなら絶対にできるって信じてるから』
スターエレメントが教えてくれたことを、いつも自分の小説に書いてきた。東雲柚月の言ったことは、それと同じことだった。
(大好きな人の言葉を、まさかこんな形で聞かされるとは……)
でも、どんなに信じてもらっても、期待してもらっても、もう小説家になれる気がしない。ワナビは永遠にワナビのまま、生涯を閉じたんだ。
***
東雲柚月が帰った後も、しばらく誰も口を開かなかった。四堂悠太はただ、彼女の消えた虚空を見つめていた。
緊急作戦会議を開いたのは、それからしばらく経ってからだった。
「まずは、石化されたフェモンの街の人々を助けてやりたい。シドー、その石を使えば元に戻るのだな?」
「あぁ、僕の知っている物語と同じなら、助けられるはずだ」
あらためて、手の中に握りしめている小さな石を見た。
(こんな小さな石だけど、石化された人たちの命みたいなものだからな。大事に扱わないと……)
四堂悠太はその石を、そっと鞄の奥にしまった。落としてしまわないよう、何度も確かめながら鞄の口を閉じる。
「それは良いのですが……、元に戻った街の人々を、リューベックの街に避難させませんか?」
ルティナが、何か考え込んだ。
「何故だ、ルティナ?」
「このフェモンの街は元々、今のリューベックの街と同じで魔王軍と人間の領土の境にありました。それを元に戻してしまうということは、ここが最前線の街に戻ってしまいます」
「あぁ……、そうなるな。だがそれで何か問題が?」
アレクシアもリデルも、元々最前線だった街が、再び同じ状態に戻るだけのことに、何の違和感も覚えていないようだった。
「実はリューベックの街には、街全体を覆う結界が張ってあります。まぁ、実際の防御力はなく、魔王軍が攻めてきたのを感知できる程度の結界なのですが……。それはともかく、複雑な術式を組みましたので、それをそっくりこの街に再現しようと思うとかなり時間がかかります。冒険者ギルドの方たちにお願いして、リューベックの街をちょっとした城塞都市に改造してもらってもいますし……。フェモンの街の人々を元に戻したら、この街で暮らしたいと思うでしょう。でも、魔王軍に対して何の備えもないこの街では、彼らを守り切れません。また夢見るドキドキハートを奪われ、石にされてしまう可能性もあります。ですので、元に戻った人たちに、リューベックの街に避難してもらうよう、一緒に説得してもらえませんか?」
アレクシアとリデルは少し考えて唸った。
「……確かに、ルティナの言う通りじゃな。フェモンの人々は、街に愛着はあろうが、せっかく元に戻れたものを再び石にされたくはなかろう。何とか避難してもらえるよう説得しよう」
「そうだな。……しかし、フェモンの民はざっと見たところ、数百人程度いそうだ。リューベックの街に、これだけの人数を受け入れる余力はあるだろうか?」
「余力はありませんが、作り出すしかありませんね。冒険者ギルドに協力を仰ぎ、空き家や当面の食料の確保を急ぎます」




