表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/23

第一話 ワナビ、異世界転生したかもしれない

 七年間書き続けた小説の中で、一番好きなキャラクターを挙げろと言われたら、迷う。全員、自分が生み出した存在だ。落選通知を受け取るたびに、彼らのことを思い出す。中学二年生のとき、まさに中二病全開で書いた、日本刀と闇の力で戦う東雲柚月。異世界にはまって、初めて書いた異世界転生小説の悪役令嬢、ヘレナ・エンヴァークラウン。それからそれから……。考え出したら、余裕で朝までいける。

 全員、いつか世に出してやりたかった。


 ——三日前。


 目が覚めたら、知らない場所にいた。


 空気が違う。道路は舗装されておらず、土がむき出しだ。埃っぽくて、馬と干し草の匂いが混じっている。行き交う人々の服装は、布をざっくり身にまとった貫頭衣スタイル。たまに甲冑の兵士、大きなマントの魔法使いが通りかかる。


(……あ、察し)


 ワナビ歴七年のカンが、凄まじい速度で真実を導き出した。


 これはアレだ。間違いなくアレ。


 ——異世界転生、である。


 そしてすぐに、もう一つのことに気づいた。


(お腹が減った)


 夢でも現実でも、空腹は等しく人を苦しめる。生きていくためには、食べ物がいる。食べ物を手に入れるには金がいる。金を手に入れるには仕事がいる。


 よし、動こう。


 ワナビの知識が告げている。こういう世界で日銭を稼ぐなら、冒険者ギルドに行くのが定石だ。


***


 四堂悠太は、目についた一番大きな建物に向かうことにした。


 石畳の道は思ったより凸凹していて、歩くたびに足首がぐらついた。軒先に吊るされた干し肉らしきものが風に揺れ、屋台から漂う香辛料の香りは嗅いだことのないものだった。馬車が脇を通り過ぎるたびに跳ねた泥が、制服のズボンに飛んでくる。


(そう言えば今まで作品に、においと泥のことを書いたことなかった。書いておけばよかったな。そうしたら異世界のリアリティがでたかも……って、もう反省はいらないんだった!)


 小説家になる夢はもうあきらめたはずなのに、つい癖で考えてしまった。


(ずっと小説を書いてきたからなぁ……)


 転生前の、つい昨日まで、自分の中で日常だったことを思い出した。思えば、小学六年生から高校三年生までの七年間、ワナビとして過ごしてきた。ワナビというのは、作家志望者に対する呼称だ。

 これまで書いた小説は、全部で十一作。しかし結果は全滅。一次選考を通過したのは、わずか二回、それでも二次で落ちた。


 落選するたび、枕を濡らした。

 慣れると思っていた。でも慣れなかった。

 むしろダメージは、積み重なるたびに重くなっていく(もうこのダークエナジーで発電くらいはできそうだ)。


 自信がなくなってきた今日この頃、脳内のもう一人の自分がささやく。


(七年で十一作書いて、全部ダメだったってことは……、もう答えは出てるんじゃない?)


「うるさい! 聞こえない!」


 頭をぶんぶん振って、その声をかき消す。


 そんなとき、いつも思い浮かべるのは、大好きなアニメ「魔法少女スターナイツ」の主人公、スターエレメントだ。金色の長い髪、澄んだ緑の大きな瞳、白とピンクのふわふわドレス。傷ついても何度でも立ち上がり、一度決めたことは最後まで絶対に諦めない、頑張り屋で仲間想いの最高に可愛い魔法少女。

 魔法少女スターナイツも、世界を救う途中で、壁にぶつかったり、悩んで立ち止まってしまうことがある。そんなとき、彼女たちは互いを支え合って乗り越えていく。自分もそんなふうに、エレメントに支えられているところを想像していた。


『失敗しても怖がらないで、またチャレンジしようよ。諦めなければ、絶対に夢は叶うんだから』


 その声が、七年間ずっと支えてくれた。


 四堂悠太にとってスターエレメントは、ただの推しキャラではない。初恋みたいな始まりだったけど、ガチ恋しているかと言えば、それも違う。もう恋愛感情を突き抜けて、自分を救ってくれた女神様みたいな存在だ。めでるとか好きとかより、崇拝の方が近い。


(そうか……初恋の頃は小学生で、何とかぎりぎりターゲットだったかもしれない僕も、今じゃすっかり大きなおともだちになってしまったな……)


 四堂悠太は、七年前のスターエレメントとの出会いを思い出した。あの日のことは、きっと生涯忘れない。


「スターナイツ」ヒーローショーの最後に、大好きなスターエレメントと、四堂悠太は約束を交わした。


「絶対に小説家になって、『魔法少女スターナイツ』みたいな面白い作品を作る。エレメントが僕に幸せをくれたみたいに、誰かを幸せにするんだ!」


 スターエレメントの拳と、自分の拳を突き合わせて、固く誓い合った。


 ——小説家になる夢をくれたのは、彼女だった。


 振り返ってみると、自分はこの七年で随分変わってしまった。対してエレメントの方は、全然変わらない。いつだって前向きで、みんなの夢を信じて応援してくれる。四堂悠太は、自嘲気味に笑った。


(けど、その夢も約束も、少し前に終わったんだ……)


 今からほんの少し前、まさか自分の運命がこんな劇的に変わってしまうなんて思いもしなかった。


***



 ——数時間前。四堂悠太は、リビングで正座して待っていた。正午に、小説の一次選考結果が出るのを。


 一年のうちで最も重要な日というと、誕生日やクリスマス、正月などを挙げる人が多いかもしれない。けど、自分にとっては応募した小説の選考結果が出る日が、最も重要な日だった。

 ワナビになってから七年、朝から緊張しながらその日を迎え、結果を知った後、この世の終わりかと思うような絶望を繰り返し味わってきた。もういい加減、この辛い無限ループから抜け出したいと思っていた頃だ。


 ちなみに、ペンネームは「ワラビー」。ワナビ(作家志望者)に似ているオーストラリアの動物がいると知って、親近感からつけた。


(あっちはワラビーだけどね。まぁ、細かいことは気にしない)


 しかも今回は十一作目。ワナビライフの集大成と言ってもいい、渾身の一作を応募した。これが落ちたら、次に何を書けばいいのか分からない——それほどの自信作だ。


 四堂悠太はリビングに正座して、壁掛け時計を睨みつけた。

 家族は全員外出中。静まり返った部屋に、時計の針の音だけが響く。


 時刻は午前十一時四十二分。

 結果発表は正午。


 ——あと十八分。


(大丈夫。今回は絶対通ってる)


 毎回、この死刑宣告を待つ時間がとても嫌だ。今回こそは、死刑宣告ではなく、朗報に違いない、大丈夫だと懸命に自分自身を励ましながら、正座したまま時計を凝視して結果を待っている。


 ちなみに今日は日曜日で、学校が休みなのに、四堂悠太は制服を着ている。


 理由はゲン担ぎだ。

 初めて一次選考を通過できた日、——忘れもしない中学三年生のあの日——四堂悠太は制服姿で帰宅し、すぐに投稿結果を知った。五回連続で落ちていたから、ペンネーム「ワラビー」の文字を見つけてもすぐには信じられず、何度もサイトを確認した。


(本当に僕が通過できたのか? 偶然ペンネームと作品タイトルが同じな他人の可能性もあるんじゃないか?)


 さすがに疑い過ぎたと自分でも笑いながら、心から結果を喜べるまで、しばらく時間がかかった。八作目で二回目の一次突破を果たした時も、同じように疑心暗鬼になったから、何度経験しても慣れないものらしい。


 その二回とも、偶然かもしれないが、制服を着ていた。


 だからそれ以来、投稿作品の選考結果を見るとき、四堂悠太は必ず制服を着てみるようになった。


 ゲン担ぎは他にもある。四堂悠太は、引き出しの奥から、七年間の観察結果をまとめた、「選考突破フラグノート」を取り出した。

 パラパラとページをめくった拍子に、一番最初のページが目に留まった。そこには「働く車変形ロボ ワークギアー」の文字があった。四堂悠太の、記念すべき第一作。かすれたインクの色が、当時の必死さを物語っているようだった。


(思えば、ここから全部始まったんだよな……)


 そんな感傷に浸ったのも束の間、いつものように験担ぎのページを開く。


・制服を着ている(有効、二回確認済み)

・朝食はトースト(有効、二回確認済み)

・提出前夜に大好きなアニメ「魔法少女スターナイツ」の、神回三七話を視聴する(効果不明、七回試して二回通過)

・結果発表はスマホではなく、小説を書いている愛用のパソコンで見る(効果不明)

・応募要項を守って投稿する(当たり前では?)

・「絶対通過できる」と百回唱える(効果なし、むしろ落ちた)

・推しキャラのスターエレメントに、「今回も頼む」と祈る(効果不明だが、やめられない)


 ノートを見ていて、四堂悠太は気づいた。今朝はパンがなかったため、ご飯を食べたことに。


(やばいかもしれない……)


 焦りながら、「選考突破フラグノート」を、机の引き出しに戻した。


 カチ。カチ。カチ。


 時計の針の音が、やけに大きく聞こえる。


 ——正午になった。


 震える手でパソコンを開き、出版社のサイトにアクセスする。「第二十六回新人賞・一次審査結果発表」のページを開いて、ペンネームと作品タイトルの一覧を、目を皿のようにして追った。


(……あった? いや、ない……?)


 もう一度、今度はゆっくりと。


(……やっぱり、ない)


 念のため百回くらい確認したが、どれだけ探しても、四堂悠太のペンネーム「ワラビー」も作品タイトルも、そこにはなかった。


 静かにパソコンを閉じて、机に突っ伏す。

 七年間の集大成が、また落ちた。


「ごめん、剣士のリオン。お前、世に出してやれなかった」

「ごめん、魔法使いのニーナ。お前の魔法の設定、三十ページかけて作ったのに」

「ごめん、悪役のグラード。お前、実は良い奴だってこと、誰にも伝わらなかった」

「ごめん、モブA~モブZまで。名前すらつけてやれなかったのに」


(あぁ……枕、今夜も濡れるな)


***


 気分転換に外へ出た。


 行き先なんてない。ただ部屋にいると息が詰まりそうだったから。


 財布もスマホも持たずに出てきてしまったことに気づいたのは、三十分ほどふらふら歩いた後だった。でも、そんなことはどうでもよかった。


(これからどうすれば……)


 まずい。今回の受賞を確信して、小説家になる気満々だったので、大学受験はしなかった。就職先も探していない。高校卒業まで、あと三か月。何の計画もない。


(ははは……。さすがにやばいな)


 笑おうとして、うまくいかなかった。


 歩道橋の手すりに手をついたとき、足がいつの間にか止まっていた。眼下に車が流れていく。向こうには住宅街。見慣れた景色なのに、どこか遠くに見えた。


(あの日スターエレメントと交わした拳の感触を……、僕はまだ覚えている)


 でも、これ以上の作品は書けないと思って書いた十一作目も、落選してしまった。


 今から大学受験はもう間に合わないし、就職先だって見つかるかどうか。そもそも、小学六年生のときから、小説家になりたい一心で頑張ってきたのに、他の選択肢なんてあり得るのか。——いや、それより何より。


(スターエレメントとの約束は……どうするんだ……)


 脳内で思考が堂々巡りをしていたせいで、気付かなかった。


 歩道橋の向こう側に、ありえない人物が立っていることに。


 金色の長い髪。

 澄んだ緑色の瞳。

 白いブレザ―に、赤と黒のチェックのスカート。


(な……なんで……エレメントが……⁉)


 見間違いだ、と自分自身に言い聞かせた。留学生か何かだ。精神的に参っているせいで、幻覚をみているんだ——。でも、足が勝手に動いていた。

 近づくにつれ、違和感が積み重なっていく。肌の色、髪の質感、立ち方——全部が、この世界に馴染んでいない。まるで、別の「何か」から切り取られてきたみたいに。


(これは……おかしい。現実じゃない。でも、じゃあ何だ?)


 答えが出る前に、エレメントが地を蹴って、一瞬で目の前まで跳んできた。

 ——制服着てても、むちゃくちゃタフな動き。間違いない、やっぱりエレメントだ。七年間愛し続けた女神の顔を、見間違えるわけがなかった。


 肩の上に、小さな影があった。橙色の毛並み、大きな耳、くるんと巻いたしっぽ。

 妖精ねこニャンだ。


「ニャ……、大丈夫ニャ? なんか顔色悪いニャ」


 小首を傾げて、ねこニャンが覗き込んでくる。その声は思ったより柔らかくて、四堂悠太は少しだけ拍子抜けした。


「どうして……、あの日交わした約束を、忘れてしまったの?」


 アニメそのままの声で、エレメントが悲しそうに言う。エレメントに話しかけられているという事実に頭が追い付けず、四堂悠太は固まってしまった。


「エレメント、やっぱりこんなやつ放っておくニャ! どうせまた言い訳して、弱音吐くだけニャ」


 何も言えなくて黙っていたら、ねこニャンが突然怒り出した。


 絶望感で一杯の心に、塩を塗り込まれる気分だ。とはいえ、ねこニャンの言う通りなので、ぐうの音も出ない。


(あぁ、そうだった。ねこニャンって見た目は可愛い妖精なのに、めちゃくちゃ毒舌キャラなんだった……)


「ほーら何も言えないニャ! 約束を破ったダサダサ最低野郎には、変身してエレメントパンチでもお見舞いしてやるニャ‼」


 魔法少女のマスコットとは思えないくらい物騒なことを言い出した。


(ちょっと待って⁉ エレメントパンチって、地面に向かって撃てば、クレーターができるやつじゃないか‼)


「スターナイツ、スピリットチェンジ!」


 エレメントは少し迷ったあと、制服のポケットから変身アイテムを取り出して叫んだ。


「未来を夢見る希望の光! スターエレメント!」


 光があふれ、数秒後——金髪ボリュームアップ、白とピンクのふわふわの、フル装備スターエレメントが出現した。


(アニメで何万回視聴したか分からない変身シーンを、まさか生で見られるなんて……)


 こんな状況なのに、神々しくて可愛すぎるエレメントに感極まって、四堂悠太は茫然と見つめていた。


「さぁエレメント、約束も守れない弱虫の、目を覚まさせてやるニャ!」


(……って、そんなんくらったら、目が覚めるどころか、永眠するって‼)


 ネコニャンに促され、エレメントが右手の拳にぎゅっと力をこめる。


 エレメントに見とれてたけど、そんな場合じゃない。四堂悠太は、全力で逃げ出した。


 階段を駆け下りる。

 足がもつれる。

 あぁ、これはまずい——。


 歩道橋の階段を、真っ逆さまに落ちた。

 痛みは、一瞬だった。

 落ちていく視界の中で、太陽と重なって輝くスターエレメントが見えた。キラキラと、まぶしいくらいに——。


(……綺麗だな)


 不思議と、怖くなかった。ただ、一つだけ思った。


(約束、守れなかった)


 それだけだった。


(……って待って。これ死んだ? 僕、死んだ?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ