第百六十三話 『Love Letter ~死んでしまった君のため、僕は何度だって物語を紡ぐ~』
高校一年生の春に、ヘレナ・エンヴァークラウンを書いてから。
追放された勇者。聖女。無能と呼ばれながら、実は誰よりも強い力を持っていた少年。気づけば、自分が書くものは異世界ものばかりになっていた。
別に、それが嫌だったわけではない。むしろ好きだった。
剣と魔法があって、現実にはいないような人物たちがいて、努力すれば強くなれるし、現実では手に入らないものだって、物語の中ならいくらでも手に入れられる。だから、ずっと書いていた。
(でも……結果、出なかったんだよなぁ)
新人賞へ送っても、落ちる。次の小説を書いても、また落ちる。
ジャンルを少し変えてみたり、設定を工夫してみたりもした。それでも、結果はほとんど変わらなかった。
高校二年生の冬頃になると、さすがに四堂悠太も考え始めた。
(そういえば、恋愛って……ちゃんと書いたことないんだよね)
主人公がヒロインと出会い、一緒に旅をして、気がつけばいつの間にか好かれている。
ラブコメを書こうとしても、ヒロインから悩みを打ち明けられ、「助けてほしい」と頼まれた途端、脳内ではクエストが発生する。
《ヒロインからクエストを受注しました》
《達成条件 部員を増やし、正式な部活と認められること》
ヒロインが必要としている仲間を探す旅に出て、数々の困難を乗り越え、ようやく仲間を探して帰れば、めでたくクエスト完了。
……で、恋愛は?
強気なヒロインから、「あんたなんかに負けないんだからね!」と勝手にライバル宣言されたときも同じだった。
『私と決闘してほしい。闘技場にて待つ』
脳内でそんな果たし状に変換され、今度はヒロインとの対人戦(PvP)に突入する。
《闘技場への招待状を受け取りました》
《新たな対人戦コンテンツが解放されました》
(……何で恋愛相手と戦ってるんだ、僕は。……いや、結局全部ゲームじゃん! ラブコメを書いてたはずなのに、何で毎回クエストか冒険か戦闘になるんだよ!)
そもそも、恋愛というものがよく分かっていなかった。
なにせ、彼女いない歴=年齢。
恋愛イベントのチュートリアルすら受けたことがないのだから、無理もない。
異性から好意を寄せられるなど、剣と魔法どころか、異世界転生よりも、よほど現実味のない出来事だと思っていた人間だ。
(だったら、勉強してみるか)
何本か青春もののアニメを見た。その中の一本に、『あの夏、君が残した手紙』という作品があった。亡くなった少女との思い出を抱えた少年たちが、ひと夏を通して少しずつ前へ進んでいく物語だった。見終わったあと、四堂悠太はしばらく何もできなかった。
(……こういうの、書いてみたい)
剣もない。魔法もない。異世界へ行くわけでもなければ、世界を救うわけでもない。ただ、一人の誰かを想い、言葉を重ねて、物語を紡いでいく。そんな小説を自分でも書いてみたくなった。
そうして、高校三年生の春に書いたのが——。
『Love Letter ~死んでしまった君のため、僕は何度だって物語を紡ぐ~』
その主人公が北川柊だった。
(……あのとき、初めてだったんだよな)
自分と同じ年頃で、自分と同じようにアニメやゲーム、ライトノベルが好きで、自分と同じように小説を書く少年。
それまでなら、もっと格好良くした。もっと強くした。剣か魔法か、それがなくても何か一つくらいは、主人公らしい特別な力を持たせたはずだ。
けれど、北川柊には何も持たせなかった。どこにでもいる普通の高校生で、運動が得意なわけでも、喧嘩ができるわけでも、特別な才能があるわけでもない。ただ、物語を書くことだけは、諦めなかった。
(……だから、僕に似たんだ)
いや、違う。似たのではない。
(……僕が、似せたんだ)
当時の四堂悠太は、自分でも気づかないまま、自分だったらどうするのか、自分だったら何を言うのか、書いた物語を何度消されても、それでもまた続きを書けるのか、そんなことを考えながら北川柊を書いていた。
(……そりゃ、似るよね)
自分で作ったキャラクターなのに。
(でも……)
四堂悠太は、スターノームを見る。何度描いても、結果が出なかった。自分には才能がないのではないかと悩んだ。それでも、漫画を描くことを捨てられなかった少女。
そして北川柊も、何度物語を失っても、そのたびに最初から書き直した。結果が出るからではない。誰かに認めてもらえるからでもない。それでも、続きを書きたかったから。
(……だからこそ、柊なんだ)
強いからではない。戦えるからでもない。何度駄目でも、それでも続きを作った人だから。
スターノームと向き合うのは、きっと北川柊がいい。
四堂悠太は、ようやく覚悟を決めた。
(……黒歴史だろうが何だろうが、もう逃げない)
頭の中に、北川柊の姿を思い浮かべる。濃紺のブレザーに、同じ色のスラックス。飾り気のない、ごく普通の制服。そして——。
(……これから本人に会うんだよな)
鏡でも見ているのかと言いたくなるほど、自分によく似た顔。一瞬だけ召喚をやめたくなった。
(いや。ここまで来て逃げるな、僕)
スターノームだって、怖いまま戻ってきたのだ。自分だけ昔の小説から逃げるわけにはいかない。一度深呼吸してから、作品のタイトルを口にする。
「『Love Letter ~死んでしまった君のため、僕は何度だって物語を紡ぐ~』‼」
その瞬間、明るかった空が突然暗くなり、祠の上空に、キラキラと光る巨大な円陣が出現した。
(……来る)
「来たな……」
アレクシアも上空を見上げた。
東雲柚月、ヘレナ・エンヴァークラウン。
これまで何度も見てきた、自分の小説の登場人物が召喚されるときと同じ光景だ。円陣の中心から、一人の少年がゆっくりと降りてくる。
濃紺のブレザーに、同じ色のスラックス。派手な装飾は何もなく、剣も杖も、鎧すら身につけていない。どう見ても、どこにでもいそうな普通の高校生だった。
少年が地面へ降り立ち、不思議そうに周囲を見回した、その直後だった。四堂悠太は、身体からふっと力が抜けるのを感じた。足元が僅かにふらつく。激しい痛みがあるわけではなく、身体の奥に蓄えていた力を一度に持っていかれたような、奇妙な脱力感だった。
(……またこれか。魔法使いなら、大量の魔力を使ったあとはこうなるって、前にルティナが言ってたな)
少し待つと、ふらつきは治まった。召喚で多少の力を消耗したのだろうと考え、四堂悠太はそれ以上気に留めなかった。何より今は、自分が呼び出した少年のことで頭がいっぱいだった。
「……えっと」
きょろきょろと動いていた少年の視線が、四堂悠太のところで止まった。一秒、二秒。
「あ」
少年の表情が明るくなった。
「創造主様だ」
「…………」
四堂悠太は、固まった。声まで似ている。話す間も似ている。そして何より。
(うわぁ……)
真正面から見ると、想像していた以上だった。顔立ちも、髪型も、背格好も、どことなく頼りなさそうな雰囲気まで、そっくりそのままだ。
(……僕じゃん)
ほぼ自分だった。ドッペルゲンガーと言われた方が、まだ納得できるくらいに。北川柊も、四堂悠太の顔をまじまじと見つめている。
「…………」
「…………」
二人同時に首を傾げた。
「……僕?」
「……僕?」
声まで重なった。
「いや、なんでそっちも言うの⁉」
「いや、それは僕の台詞ですよ⁉」
また重なった。
「…………」
「…………」
「やめよう」
「そうですね」
二人は、同時に頷いた。
「気持ち悪いほど似ておるな……」
リデルが、率直に言った。
「気持ち悪いって言わないで‼」
「気持ち悪いって言わないでもらえます⁉」
また重なった。リデルが、一歩後ろへ下がった。
「……やはり気持ち悪いのじゃ」
「だから言わないで‼」
「だから言わないでもらえます⁉」
「お主ら、わざとやっておるのか?」
「やってないよ!」
「やってませんよ!」
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