第百六十四話 恋愛は剣と魔法よりもファンタジー
今度はアレクシアまで、四堂悠太と北川柊を交互に見比べ始めた。
「シドー」
「何?」
「この少年は……お前がモデルなのか?」
「…………」
聞かれたくなかった。よりによって、一番聞かれたくなかったことを、真正面から尋ねられてしまった。
「……まあ、多少は……」
「多少?」
どうにか誤魔化そうとしたものの、アレクシアの視線はまったく揺るがない。そもそも、顔立ちから髪型、背格好に至るまでこれほど似ている二人を前にして、「多少」という言葉で押し通そうとすること自体、無理があるのかもしれなかった。
すると、今度は北川柊が不思議そうに首を傾げた。
「僕、創造主様がモデルなんですか?」
「……まあ、かなりね」
「へえ……」
柊は改めて四堂悠太の顔を眺め、何やら納得したように頷いた。
「じゃあ、僕と凛子先輩のところもですか?」
「そこは違う」
「え?」
「そこだけは完全なフィクションだから」
「…………」
柊の表情が、何とも言えないものに変わった。驚きとも同情ともつかない眼差しを向けられ、四堂悠太は思わず顔を背けたくなる。
「そんな目で見ないで」
「いえ、別に何も……」
「何も言ってないのに、ものすごく伝わってくるんだけど」
ふと気づけば、リデルたち三人まで、不審そうな顔でこちらを見ていた。何の話をしているのかは分からなくとも、四堂悠太が何か都合の悪いことを隠そうとしているのだけは、十分に伝わってしまったらしい。
(……まずい)
このままでは、余計なところまで話が広がってしまう。
特にリデルは、こういうときに限って妙に勘が鋭い。本人に悪気はなくとも、知りたいと思ったことを遠慮なく尋ねてくるのだから、今の四堂悠太にとっては誰よりも恐ろしい相手だった。
「ちょ、ちょっと柊! あっちで二人だけで話そうか! 伝えたい作戦があるから!」
「え、作戦って何のことですか……?」
「いいから!」
四堂悠太はほとんど無理矢理、柊の腕を引いて三人から離れた。背後でリデルが何か言っているのが聞こえたものの、今は振り返っている場合ではない。距離を取り、こちらの声が届かないことを確かめてから、ようやく柊へ向き直った。
「……あのさ」
「はい」
「彼女いない歴=年齢なのは、柊も凛子先輩のことを好きになるまでは一緒だったよね?」
「ええ、まあ……」
「それまでは、自分にとって恋愛は剣と魔法よりもファンタジーだと思ってた。そうだよね?」
「そう……ですけど……」
柊は不思議そうに答えたあと、何かに気づいたように目を見開いた。
「あっ、そういうことか。創造主様、周りの人に知られると恥ずかしいんですね!」
「……もう少し言い方を考えてくれない?」
「あ、すみません」
柊は素直に頭を下げた。
「僕、すっかり恋愛経験者になったので、昔はそんなふうに考えていたことを忘れていました」
「…………」
なぜだろう。謝られたはずなのに、先ほどよりも深く傷ついた気がする。
(……なんで僕の分身みたいな奴に、こんな上から目線で言われなきゃならないんだ)
もっとも、柊に悪気がないことは分かっている。何しろ、彼がどういう性格の少年なのか、四堂悠太自身が誰よりもよく知っているのだから。それがまた、腹立たしかった。
「でも、創造主様って……」
「……何?」
「『ファンタジー小説を書いてください』ってお題を出されたら、真面目に恋愛小説を書いてきそうですよね」
「……どういう意味?」
「『僕にとって最高のファンタジーを書いてみました』って、自信満々で」
「…………」
否定しようとして、四堂悠太は口を閉じた。恋愛というものが自分にとってどれほど縁遠い存在だったか。剣と魔法の世界を何十万文字も書いてきたくせに、誰かを好きになる気持ちを描こうとした途端、何も分からなくなってしまったことを思い出す。
そして、高校二年生の自分なら、本当にそんなことを考えかねなかった。
「……釈然としないけど、やりそうだから何も言えない」
「ですよね」
「そこで同意しないで」
柊は楽しそうに笑った。
目の前にいる少年は、確かに自分によく似ている。考え方も、言葉の選び方も、妙なところで相手の反応を気にせず喋ってしまうところまで。
けれど、決定的に違うことが一つあった。
北川柊には、凛子先輩がいる。自分が書いた物語の中で、大切な人と出会い、恋をして、誰かを想うことの喜びも苦しさも知った少年なのだ。
(……自分で書いたんだけどね。その展開)
分かっている。分かっているのだが、それでも、少しばかり複雑な気分だった。
「……とにかく、柊」
「はい」
「これからは、みんなの前で余計なことを言わないでほしいんだ。特に僕の恋愛経験については、絶対に秘密にしておいて」
「分かりました」
「本当に?」
「はい。創造主様の名誉に関わりますから」
「だから言い方!」
「大丈夫です。創造主様が彼女いない歴=年齢で、恋愛は剣と魔法よりもファンタジーだと思っていることは黙っておきます」
「そこまで具体的に復唱しなくていいよ‼」
「確認です」
「何の確認なの⁉」
自分を見ているようで腹が立つという感覚が、ここまで鮮明なものだとは思わなかった。しかし、これ以上話を続けていても、傷口が広がるばかりだろう。四堂悠太は深々と溜息をつき、柊を連れてリデルたちの元へ戻ることにした。
その途中で、ふと気づいた。
少し離れた場所では、スターノームが所在なさげに両手を構えたまま、こちらを待っていた。
(……ノームを待たせてた)
四堂悠太は、心の中で静かに謝った。
「二人だけで何を話しておったのじゃ? 作戦とは?」
戻るなり、リデルが興味津々といった様子で尋ねてきた。
「いや……大したことじゃないから! みんなが気にするようなことじゃないから‼」
「ふむ……」
リデルは明らかに納得していなかったが、それ以上追及することはなかった。ただ、何やら面白いものを見つけたような顔で、二人を交互に眺めている。
(……絶対に怪しまれてる)
そう思いながらも、四堂悠太は話題を変える機会をうかがっていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
ブクマ登録、評価、リアクションなどくださって、嬉しいです、ありがとうございます。
感想やご意見などもありましたら、気軽にお寄せ下さい。
これからもどうぞ、よろしくお願いします。




