第百六十話 今夜くらいは、笑っていよう
——その日の夜。
「せっかくリデルが帰ってきたのだ。今夜くらいは、皆でゆっくり食べようではないか」
アルブリー王の一声で、少し豪華な夕食が用意された。
とはいえ、大勢の家臣を集めた格式ばった宴ではない。
長い食卓についているのは、アルブリー王と王妃。
その娘であるリデル。
そして、四堂悠太、アレクシア、ルティナ。
旅から戻った娘を囲む家族の夕食へ、その仲間たちが招かれたような、そんな穏やかな席だった。
昼間は姿を見せなかった王妃も、今はリデルの向かいに座っている。
「リデル、本当に元気そうで良かったわ」
王妃が、娘の顔を優しく見つめた。
「母上も元気そうで何よりです」
「ちゃんと食べている?」
「もちろんです!」
「その質問に関しては、何も心配いらないと思います」
四堂悠太が思わず口を挟むと、リデルが勢いよく振り返った。
「どういう意味じゃ、シドー!」
「そのままの意味だよ!」
王妃が、口元へ手を添えて小さく笑う。
「ふふ。変わっていないのね」
「我は成長しております!」
「食欲は昔から変わっておらんな」
今度はアルブリー王が横から口を挟んだ。
「父上まで何を言うのです!」
久しぶりに揃った親子のやり取りに、食卓が笑いに包まれる。
焼きたての肉。
湯気の立つ温かなスープ。
色鮮やかな野菜料理。
香ばしい匂いのするパン。
野営で食べる保存食とは比べものにならない料理が、次々と卓上へ並んでいた。
「うむ! 美味い!」
リデルが大きな肉を口へ運ぶ。
「食べるのが早いぞ、リデル」
「旅では食べられる時に食べるのが基本なのです!」
「ここは城だぞ」
「習慣というものは、すぐには抜けないものなので!」
(……言い訳だけは立派だな)
四堂悠太は、思わず笑った。
けれど、そんなやり取りを眺めていると、不思議と肩の力が抜けていく。
アレクシアも、普段より少し穏やかな表情で食事をしている。
ルティナも、王妃やアルブリー王と言葉を交わしながら、ゆっくり料理を味わっていた。
「本当なら、もっと盛大に宴を開いてもよかったのだがな」
アルブリー王が、大きな杯を置きながら言った。
「儂は堅苦しい席が苦手だからな。家族で飯を食うくらいが丁度いい」
「変わった王様ですね……あ、いえ、すみません」
口にしてから、四堂悠太は慌てた。
「気にするな、シドー! 父上が変わり者の王であることなど、この城の皆が知っておる」
なぜかリデルが胸を張って答える。
「お前も似たようなものだろう」
「我は王女らしいですが?」
「先ほどから肉ばかり取っている娘の、どこが王女らしいのだ」
「肉を食べる王女がおっても良いではないですか!」
「誰も駄目とは言っておらん」
(……本当に似た者親子なんだな)
四堂悠太は、頬を緩めた。
昨日の夜のことを思い出す。
焚火を囲んでいながら、誰もほとんど口を開かなかった。
『この世界は……もうすぐ滅びます』
スターウンディーネの言葉が、何もかもを覆ってしまっていた。
けれど、今夜は違う。
リデルが笑っている。
アルブリー王も。
王妃も。
アレクシアも、ルティナも。
明日のことが分からなくても、今こうして同じ食卓を囲み、温かい料理を食べ、くだらないことで笑っている。
(……こういう時間も、必要だよね)
少なくとも今夜だけは。
まだ分からない未来のことばかり考えて、怯えている必要はない。
何が起きるのか。どうすれば止められるのか。
それは明日から、また考えればいい。
四堂悠太は、手元のパンを一口ちぎった。温かかった。
(……会いに来て、よかったな)
昼間にも同じことを思った。
けれど、こうして家族で笑っているリデルを見ていると、その気持ちはさらに強くなった。
もし祠の前で、ただノームの答えを待っていたなら、この時間はなかった。
ほんの一晩。たったそれだけかもしれない。
それでも大切な人と過ごす時間は、それだけで意味があるのだと思った。
そして。
(ノームも、今頃考えてるのかな)
四堂悠太は、ふと土の精霊の祠にいる少女を思い浮かべた。
スターノームも、きっと一人で考えている。
戦うのか。
戦わないのか。
エレメントのために、自分は何をしたいのか。
これまでのように「戦わなければならない」と自分を追い込むのではなく、自分自身の気持ちを確かめながら。
彼女が、どんな答えを出すのか。
今はまだ、誰にも分からないけれど。
(……ちゃんと待とう)
四堂悠太は、そう思いながら、もう一度食卓へ視線を戻した。
笑い声は、まだ続いていた。
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