第十五話 ワナビ、無属性魔法を発動させる
「なんという再生能力じゃ‼ あれでは不死身と変わらぬ……」
「臆している暇はないぞ、リデル‼ とにかく攻撃し続けるんだ‼」
この世界最強の魔法を食らっても、クライナーは平気だった。何のダメージも受けていない。
(辺り一帯を焼き尽くす最強魔法が効かないなんて……、どうやって倒せばいいんだ。こんなの、倒せる方法がないんじゃ……)
そこまで考えて、はっとした。
無属性魔法なら、倒せるのかもしれない。でも、無属性魔法って何だ。そもそも、どうやったら魔法が使えるんだ。
異世界に来てから、ずっと考えていたのに、何の答えも出なかった問いが、また頭の中でぐるぐると回り始めた。
(落ち着け! このままじゃみんなここで死ぬ。みんな僕の魔法に期待して、信じて色々教えてくれたのに‼)
コレットとネリサは、魔法の基礎を教えてくれた。まず、一字一句間違えずに呪文を詠唱すること。そして、魔法がどんな効果を与えるのかを、頭の中でしっかりイメージすること。
(……って言ったって、呪文なんて知らない‼)
呪文と聞いて今咄嗟に思いつくのは、さっきルティナが使った十五階層の魔法の呪文だけだ。
(長くて痛々しくて……、それから……長くて痛々しくて。って、やばい。もう長くて痛々しいことしか頭に残ってないっ‼)
長くて痛々しいといえば、自分の書いていたラノベのタイトルが、とんでもなく長くて痛々しかった。こんな時に限って、そんなことを思い出してしまう。
人は死ぬ間際に人生を振り返るというから、走馬灯的なものかもしれない。
(そう……一番痛々しいなって今思うのは、やっぱあれだな。小説を書き始めて四作目、中学二年生の時書いたやつだ。世界を滅ぼそうとする秘密組織と、女子高生がと日本刀と闇の力で戦うっていう話で、タイトルは……)
気づいたら、口が動いていた。
「地の果てにて我が魂を宿し、無限の虚無を操る者が、世界の終焉を告げし時。
~永遠の静寂の中で、運命の呪縛に抗い、我が手に宿る禁断の刃を解き放ち、闇に覆われた混沌の未来を斬り裂く~」
過去に自分で書いた小説のタイトルを、気付いたら叫んでいた。誰かに向けた訳じゃない。ただ、死ぬかもしれないという恐怖と、みんなを助けたいという気持ちが、喉の奥から押し出した。——その瞬間だった。
明るかった空が突然真っ暗になり、上空にキラキラ光る円陣が突如出現した。その円陣の中から、一人の女の子が現れた。
セーラー服に、大きな日本刀。
四堂悠太は、何度も目をこすって確かめた。
(やっぱりそうだ‼ 僕が中学二年生の時に書いた小説「地の果てにて我が魂を宿し、無限の虚無を操る者が、世界の終焉を告げし時。~永遠の静寂の中で、運命の呪縛に抗い、我が手に宿る禁断の刃を解き放ち、闇に覆われた混沌の未来を斬り裂く~」の主人公、東雲柚月だ)
なぜ自分の書いた小説のキャラが、今ここに現れたのか全く分からない。
だけど、長い黒髪に少し変わったセーラー服、冷たい表情。僕がずっと脳内でイメージしていた通りの姿だ。見間違えるはずがない。
つまり、無属性魔法の正体はこれだったんだ。
書いた小説のタイトルが呪文で、それを一字一句違えず詠唱し、その中身を、具体的にイメージしたらこうなった。
「創造主よ、お初にお目にかかる。積もる話もあるが、まずはアレを何とかした方が良さそうだな」
東雲柚月は、そう言いながら日本刀を抜いた。その所作は怖いほど静かで、無駄のない動きだった。
(そりゃそうだ……。そういうイメージで、彼女を作ったんだから……)
普段はクールな女子高生だが、世界を滅ぼそうとする悪いやつらを、日々、闇の力と日本刀で倒している。ちょっと頭が足りなくて、二言目には「斬る」と言う短絡的な性格が玉に瑕だけど、剣の腕前は歴戦の戦国武将や幕末の剣士にも匹敵する。
「一ノ太刀、斬釘截鉄!」
そう言いながら東雲柚月は、クライナーめがけて日本刀で斬りつけた。目に見えないほど光速の剣技だったけど、斬釘截鉄を知っている。どんな相手であろうと一撃で一刀両断する、東 雲柚月の必殺技だ。
(まぁ……考えたの自分だし)
クライナーは変な叫び声をあげた後、周囲にピンク色のハートをまき散らしながら消えていった。そこに驚いた。
(東雲柚月の必殺技は一刀両断なのに、真っ二つにならない。しかも、こんな変な効果をつけた覚えは、ないんだけどな……)
どちらかというと、「魔法少女スターナイツ」の怪物がやられたときの効果に似ている。こうなった怪物は浄化され、二度と暴れることはない。
しかし、東雲柚月の技がこの世界の生物に対しても有効かどうかは、まだ分からない。さっきアレクシアやリデルの即死級の技を何度食らっても、クライナーは再生してきたんだから。
少し事態を見守っていたら、クライナーはその場から完全に消えていった。
(……本当に、倒した。僕の魔法で)
その瞬間、足から力が抜けるような感覚があった。体の奥の何かを、根こそぎ使い果たしたような感じ。でも今は、それよりも——。
実感が、じわじわと湧き上がってきた。この世界に来てからずっと、何もできないまま、誰かに守られていただけだった。そのことが、ずっと苦しかった。なのに今、自分の力で、——自分の書いたキャラクターで——みんなを助けられた。気付いたら、拳を強く握りしめていた。泣きそうになるのを、必死にこらえた。
改めて、クライナーがいた場所を見てみると、キラキラ光る石が落ちていた。恐らくクライナーが、消えるのと引き換えに落としていったんだろう。石に見覚えがあったから、四堂悠太は慌ててそれを拾い上げた。
「は⁉ 何でクライナーが負けるんだ?」
ブリザードが、初めて焦った表情を見せた。
「次はお前だ……」
東雲柚月の氷のように冷たい目が、ブリザードに向いた。
「……なんて醜い結末だ! この美しくない戦場に長居するのも趣味じゃない。次に会うときは、もう少し美しい幕引きを用意しよう」
明らかに動揺した様子で、ブリザードはその場から姿を消した。
「すまない。一匹逃がしてしまった」
さっきまでブリザードのいた場所を見つめながら、東雲柚月は僕に謝った。
「……いや、とんでもない。助かったよ、ありがとう」
「あの……もしかして、シドーさんと同じ異世界の方ですか? 私はこのレインボーランドで冒険者をやっているルティナと申します」
ルティナが静かに近づいてきて、尋ねた。
「……シドーさんとは、四堂悠太殿のことで、つまり我が創造主のことだろうか? ……とすると、私は同じ世界に生きる者ではない。創造主に作られた者で、名前は東雲柚月だ」
「創造主……、作られた者……? 良く分かりませんが、助けて頂きありがとうございました。東雲柚月さん」
「なに、礼には及ばない。不甲斐なくとも、我が主には違いなく、私にとって主を助けるのは至極当然のことだ」
東雲柚月は、真面目な表情で答えた。
(あれ……東雲柚月さん、今さらっと僕のこと、「不甲斐ない」って言った……?)
クールな美少女だけど、悪から世界を守る熱血漢でもある。毒気があるなんて設定した覚えはないんだけど。何か不満でもあるのかな。後でちゃんと聞いてみよう。
「ちょっと待て‼ 主とか、創造主とか全然話が分からぬ‼ 我にも分かるように説明してくれ‼」
リデルが混乱して叫んだ。自分でも、よく分かっていないけど、東雲柚月は、自分が書いた小説のキャラで、おそらくタイトルを口走ったのが呪文詠唱になって、この世界に現れたのだと思うと説明した。
「小説……とは何じゃ?」
「この世界には小説がないのか……。じゃあ、物語とか本は?」
「それならある! 我は本を読むのが苦手じゃから、読んだことはないがな!」
何故か、リデルは胸を張って言った。
「つまり、シドーさんの書いた物語に、東雲柚月さんという方がいて、その本のタイトルが呪文詠唱となって、東雲柚月さんがこの世界に呼び出される魔法となった……ということでしょうか」
「ということは、魔法石がシドーには使えると判断した無属性魔法の正体は、物語の人物を召喚する魔法だったのだな」
「それなら、この世界の精霊の力を借りずにできる無属性魔法に違いないですし、シドーさんにしか使えないのも納得ですね」
アレクシアとルティナは、すんなり受け入れて納得してくれたようだった。自分の書いた小説のキャラが突然現れた、なんてにわかには信じがたいことでも、魔法が存在するファンタジーな世界だからか、二人の理解は早かった。




