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第十四話 夢見るドキドキハート

 リューベックの街を出て、体感で一時間ほど経った頃、フェモンの街についた。

 フェモンの街は、予想していたのとだいぶ違っていた。

 魔王軍に滅ぼされ廃墟になったと聞いていたから、家や建物は完膚なきまで破壊され、誰もいない荒れ果てた街を想像していた。でも建物はほとんど壊れておらず、数年使用されないまま経過しているから、多少劣化しているものの廃墟というほどじゃない。

 そして何よりびっくりしたのは、——街の住人たちが、そこにいたことだ。

 生きているかどうかは分からない。でも、銅像みたいになった人々が、街のあちこちにいた。ある人は街で買い物をして、ある人たちは笑いながら話をして、ある人たちは路上で手を取り合ったまま固まっていた。石にされるほんの少し前まで、彼らはごく普通の街の人々だったのが分かる。表情も動作も全てが穏やかで、ただ時が止まっているみたいだ。もしまた時が動き出したら、すぐにでも動き出すんじゃないかと思えるくらい。


「シドー、驚きのあまり言葉も出ぬようじゃな」


 珍しく沈痛な表情のリデルが、重たい口を開いた。


「……滅ぼされたって聞いてたから、みんな殺されたと思ってて……、でもこれは、石みたいに固まる魔法でもかけられたのかな?」


 言いながら僕は、これをどこかで見たことがある気がした。ゲームの石化魔法とかじゃなくて、もっと身近なところで。


「これが魔王軍の使う無属性魔法です。人はみな夢や希望を持っているでしょう。彼らはその夢や希望を奪います。奪われると、この街の人たちのように、石みたいに硬まって動かない人形のようになってしまうんです。私の知る全ての治癒魔法を試してみましたが、何一つ効きませんでした。

魔王軍は『夢見るドキドキハートを奪う』と言って、ひとの持つ夢や希望を集めているようでした。集めて何に使うのかは分かりませんが、もし、その夢見るドキドキハートが取り返せたら、石にされた人たちを元の姿に戻せるかもしれません。でも……私たちは一度も魔王軍に勝てず、取り戻せたことはないのです」


 普段何を考えているか分からずにこにこ笑っているルティナも、見るからに悲しそうだった。


「この世界を託された者として、不甲斐ないことこのうえない。世界最強パーティだなんだと担がれても、この様だ。それでも……私たちに助力願いたい。魔王軍の使ったこの無属性魔法から、何か分かることはないだろうか?」


 アレクシアが悔しそうにぎゅっと拳を握って、すがるように尋ねた。


「……」


 どう説明しようか考えていたら、——突然爆風が吹いて、全員が吹っ飛んだ。


「……っ⁉」


 すぐさま立ち上がって前を見ると、そこに一人の男が立っていた。長身のイケメンで、長い銀髪に氷のように冷たい銀色の目をしている。


「見たことのない奴……。お主、誰じゃ、魔王軍の新手か⁉ 今まで戦ってきた『クライナー』とかいう怪物ではないな⁉」


 リデルが、全身の毛を逆立てながら聞いた。聞くまでもなく、獣人ゆえの鋭い勘が、理解しているようだった。人でも怪物でもない、悪意の塊のような存在だと。

 男はゆっくり振り返った。その動作一つ一つが、高貴な人のような、優雅な所作だった。


「クライナーなんかと一緒にされるのは、心外ですね。あれはただの駒です。

初めまして。戦う前に、お互い名乗りあうのは美しい。ゆえに名乗りたいところではあるけれど……、名乗る価値がないから名乗らない。だって、すぐにお別れすることになるのだからね……」

「そうなるかどうか、試してやろう!」


 言うや否や、アレクシアは男めがけて突っ込んでいった。

 息つく間もない剣戟を、男は軽く交わしながら、余裕の笑みを浮かべ続けた。

 アレクシアは、騎士にとって剣は飾りだと言っていたが、素人から見ても、かなり卓越した剣技の持ち主だった。これまで魔物と戦ったときも、常に急所を狙い、素早く力強い一撃で絶命させていた。

 今も、男の急所を何度も狙って、一発でも当たれば致命傷になる力を込めて斬りつけている。

 ——だが、一撃も当たらない。

 どころか、男の顔には驚きも焦りも浮かんでいない。アレクシアはいつも通り、全力を出している。つまり、男が圧倒的に強いのだ。


「へぇ……なかなか良い剣筋だ。醜い戦いをする者とは、戦う気にもなれないからね。その点、君は合格だよ。少しは楽しめそうかな。じゃあ次はこちらの番だね……」


 そう言ったと思ったら、男は周囲を見渡し、何かを探しているようだった。少しして、道端に生えていた草に目を留めた。


(いや、あれは草じゃない!)


 一見、草みたいに見えるけど、よく見るとちょこまかと動いている。ここまでの道すがら何度か遭遇してきた魔物マンドラゴラだ。こちらからしかけなければ、襲ってくることもない無害な魔物で、魔物の中ではかなり弱いとルティナが教えてくれた。

 男はそのマンドラゴラに手を伸ばし、


「出でよ、クライナー‼ 世界を闇に染めろ‼」


 と叫んだ。


 男の手から放たれた黒い光線みたいなのを浴びたマンドラゴラは、直後に巨大化し、


『クライナー』


 と一言喋った。


「何⁉ マンドラゴラが喋って巨大化しただと⁉ 魔物を使役できるという訳か……。だが所詮マンドラゴラ。私の相手ではない‼」


 四堂悠太は、すぐに斬りつけようとしたアレクシアを制した。


「待ってくれ、アレクシア‼ そいつはもうただのマンドラゴラじゃない。ダークエナジーを注がれた、クライナーという怪物だ。元の強さとは比較にならないほど強くなってる‼」


(ダークエナジー。——「魔法少女スターナイツ」の敵幹部が、ものに注ぐエネルギーだ。注がれたものは怪物になり、手がつけられなくなる)


「……どういうことだ?」


 怪訝そうな顔で振り返った一瞬の隙に、元マンドラゴラだったクライナーは、葉っぱを手のように動かし、アレクシア目がけて振り下ろした。

 アレクシアは咄嗟に盾で身を守ったが、それでも防ぎきれず、後方へ数メートル吹っ飛ばされた。

元の大きさが三十センチくらいだったマンドラゴラが、男からダークエナジーを注がれて、一メートルほどの大きさになっている。アレクシアはその変化を見て、威力は三倍増し程度と予測したのだろう。しかし実際は、——絶対防御の二つ名を持つアレクシアを、軽々と吹っ飛ばすくらい、凄まじい威力になっていた。

 アレクシアが吹っ飛ばされたのを見たルティナとリデルは、信じられない面持ちで固まった。


「ほらね……名乗る間もなく終わる。言った通りでしょう」


 男は薄笑いを浮かべて言った。

 吹っ飛ばされたアレクシアは、すぐ立ち上がった。怪我そのものは大したことないようだ。だが、精神的なダメージは別だった。

 アレクシアと言えば、絶対防御の二つ名を持つ騎士だ。これまでパーティメンバーはもちろん、本人すら傷一つ負ったことがない。その鉄壁の防御が、あっさり破られた。

 ダメージを受けていたは、アレクシアだけじゃない。リデルもルティナも、同じだった。マンドラゴラが得体の知れない力で強化され、操られている。その事実が、二人の顔にも動揺として滲みでていた。


(魔王軍とは何度か戦ってきたって言ってたけど、ダークエナジーを注がれた魔物は初めてなのかな。それとも今まで、敵がここまで本気を出してこなかったか。

どっちにしろ……、このままじゃまずい‼)


 男の言う通りに、あっという間にやられてしまう。とにかく、敵の動きを止めなければ。必死に頭を回しながら、アレクシアの前に飛び出し、男に向かって叫んだ。


「名乗る必要なんてないな! お前の名前はブリザードで、この世界レインボーランドを滅ぼそうとしている『漆黒の闇』の幹部だろ?」

「な、なぜそのことを……⁉ お前とは初対面のはず……。誰かから聞いたのか? ……いや、我々の存在を知る者は全て石になったはずだ……」


 ブリザードが目に見えて動揺した。名前だけじゃない、組織の名前まで言い当てられたんだ。無理もない。


「……いや待て、こんなことに動じる必要なんてない。計画を少し変更すればいいだけのこと。ちょうど原住民から情報も得ようと思っていたところだ。知っていることを洗いざらい吐いてもらってから、お別れするとしよう」


 やっぱり、すぐに立て直した。さすがに幹部クラスだと、そう簡単には崩れない。

 でも、それで十分だった。


「シドー、敵の事情を知っているようだな。詳しいことは無事に切り抜けた後で聞こう。

それよりも、助かった、礼を言う。お陰で冷静になれた。皆を守らねばならない騎士が、真っ先に心を折るところだった。……もう大丈夫だ」


 そう言ってアレクシアは、再びクライナーへ向かっていった。今度は違った。敵の攻撃をしっかり防いでいる。未知の敵への動揺が、騎士としての自覚によって、吹き飛んだようだった。


「全く……これしきのことで情けないぞ、アレクシア。クライナーじゃったら、何度か戦っておるではないか。まさか……魔物が化けたものじゃとは知らなんだがな。まぁ……何でも良いわ。我らの役目は相手が何者であろうと、叩き潰すのみ‼」


 背後から突っ込んできたリデルが、巨大なハンマーをクライナー目がけて振り下ろした。クライナーはアレクシアの陰で、リデルが見えなかったのか、避けることができず、まともに直撃を食らった。腕のような葉っぱで頭を押さえ、その場にへたり込む。


「リデルさん、良い攻撃です!」


 ルティナが、動けなくなったクライナーの足元の地面を隆起させ、土魔法で完全に拘束した。ハンマーの直撃でふらふらになったところを固められ、クライナーは絶体絶命だ。


「ルティナこそ、良い援護魔法じゃ‼ この隙に、全力をお見舞いしてやる‼」


 リデルが宣言通り、力を溜めてこんで、渾身の一撃を放った。クライナーは、その場に倒れ込んだ。


「やった、倒したぞ‼」

「まだだ、リデル! 油断するな‼」


 アレクシアがすぐに制した。

 確かに、リデルの攻撃をまともにくらって、二度と立てないほどのダメージを負ったように見えた。ルティナの土魔法で動けない状態で、じっくり的を絞った渾身の一撃だ。

 それでも、クライナーはすぐに立ち上がった。びりびりに破れた葉っぱが、みるみるうちに再生していき、また葉っぱを振り回す攻撃を始めた。

 アレクシアの忠告のお陰で、リデルは間一髪で避けた。


「なぜじゃ⁉ 我の全力を受けて、なぜ立ち上がれる⁉」

「分からない。だが、魔王軍には、私たちの常識が通用しないと思った方が良い」


 一度防御を破られたアレクシアの言葉には、説得力があった。


「まぁ……勝てないのはいつものことなんですけどね。……でも、負ける訳にはいきませんから。皆さん、さっきのアレをやります、呪文詠唱の間、援護をお願いします!」


 ルティナが、杖を高く掲げた。


(さっきのアレ……って、十五階層の魔法か)


 エコにこだわって散々渋っていたルティナが、あっさり使うと決めた。それだけクライナーが手ごわくて、ピンチだということだ。

 アレクシアとリデルもすぐに察して、クライナーの動きを封じるために動いた。


「炎の精霊との誓約に従い、深淵より来たれ、全てを焼き尽くす地獄の火焔インフェルノ。

空間は湾曲し、記憶の残響に在りしボルケーノフレイムは、灼熱の檻となる。

紅蓮の業火に包まれ、久遠の煉獄にて運命の審判を待て。

ブラッディクリムゾンは混沌を。カイザーフェニックスは破滅を。終末ラグナロクに終焉を。閃光のレクイエムを聴きながらうたかたに眠れ」


(何回聞いても痛いな、この呪文……)


 そんなことを思っている間に魔法が発動して、クライナーは巨大な炎に包まれた。

 あの十五階層の魔法を食らったら、さすがに丸焦げになるだろう。予想通りクライナーは、元がマンドラゴラだったとも分からない、ただの黒い消し炭になった。


「すごい、これなら……‼」


 勝ったと言おうとして、言葉を失った。

 完全に消し炭になったはずなのに、どこからかまた元の姿が出てきた。あっという間に元通りだ。

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