第百五十六話 会えるときに、会っておこう
スターノームが姿を消したあとも、四堂悠太たちは、しばらく土の精霊の祠に残っていた。
先ほどまで少女の身体を覆っていた赤茶色の土は、すでに床へ崩れ落ちている。戦いの痕跡だけが残り、祠の中には再び静けさが戻っていた。
勝ったわけではない。浄化もしていない。
世界が本当に滅びるのかも、その理由が何なのかも、結局何一つ分からないままだった。
それでも。
(……今度は、自分で決めます、か)
ノームは、エレメントに命じられて戦っていたわけではない。困っているエレメントを助けたいと思い、自分から力になりたいと申し出たのだ。
けれど、世界を壊すことは怖かった。それでも、ほかの仲間たちはエレメントのために戦っている。自分も頑張らなければ、自分だけが逃げるわけにはいかないと、いつしか自分自身を追い詰めていたのかもしれない。
だからこそ今度は、最初に抱いた「エレメントを助けたい」という気持ちを大切にしながら、そのために自分に何ができるのか、改めて考えようとしている。
(……だったら、待たないとね)
今すぐ追いかけて答えを聞こうとは思わなかった。
自分で決めればいい。
そう言ったのは、四堂悠太自身なのだ。
(というか……)
もし祠のすぐ外で四人揃って待ち構え、今か今かとノームの返事を待っていたらどうなるだろう。
想像してみる。
(……「ノーム、決まった?」「まだ?」「そろそろ?」)
四人分の視線が、一斉に少女へ注がれる。
(……怖いな)
口では「ゆっくり決めていいよ」と言いながら、入口で待ち伏せしているようなものだ。
(圧が強すぎるよね……)
少し離れた方がいい。
そう考えたところで、ふと別のことを思い出した。
ここは、もうアルブリー王国だった。
昨日、サランセルゴ共和国との国境を越えたとき、リデルは馬車の窓から外を眺めながら、久しぶりの故郷だと懐かしそうに話していた。
その夜には、父親や城の者たち、この国で暮らす人々のことまで心配していた。
『父上も。城の者たちも。この国で暮らしておる皆も……何も知らぬのじゃな』
焚火を見つめながら呟いた声を、四堂悠太は覚えている。
(……リデルだって、家族に会いたいよね)
祠の少し離れた場所で、リデルが崩れた土を眺めている。
いつものように元気そうには見える。
けれど、昨日から時折見せる表情には、どこか影が残っていた。
「ねえ、リデル」
「なんじゃ?」
「アルブリー王に、会いに行かない?」
「……父上に?」
リデルの黄褐色の猫耳が、ぴくりと動いた。
一瞬だけ、本当に一瞬だけ、リデルの顔が明るくなる。
だが、すぐにその表情を引っ込めた。
「いや……我のためだけに、寄り道する必要はないぞ」
「え?」
「今は、この世界に何が起きようとしておるのか調べておる途中じゃろう。父上には……また全部終わってから会えばよい」
四堂悠太は、少し驚いた。
いつものリデルなら、もっと違う反応をしていた気がする。
『うむ! 久しぶりに父上へ、我の成長した姿を見せてやっても良いな!』
そう胸を張って、頼まれてもいない武勇伝を話し始めてもおかしくない。
それなのに今は、自分から遠慮している。
(……やっぱり、気にしてるんだ)
スターウンディーネは、この世界がもうすぐ滅びると言った。
本当にそうなるのかは、まだ分からない。
けれど、一度その言葉を聞いてしまえば、何も知らなかった頃と同じようにはいられない。
家族に会う。
たったそれだけのことさえ、「またいつでも会える」と思っていた頃とは意味が変わってしまう。
「リデルのためだけじゃないよ」
「む?」
「ノームにも、考える時間が必要だと思うんだ」
四堂悠太は、先ほどまでスターノームがいた場所へ視線を向けた。
「自分で決めていいって言ったのに、僕たちが祠の近くで待ってたら、それだけで急かしてるみたいになるでしょ?」
「……まあ、それはそうじゃな」
「だから、その間にアルブリー王に会いに行こうよ」
「…………」
「僕も、久しぶりに会いたいし」
リデルが、僅かに目を細めた。
「……本当か?」
「うん」
四堂悠太は素直に頷いた。
以前会ったときの、豪快な笑い声を思い出す。
アルブリー王が元気にしているのか、四堂悠太自身も気になっていた。
(……それに、会えるときに、会っておいた方がいいよね)
そんな考えが浮かんだ。
すぐに、少し縁起でもない気がして打ち消す。
まだ何も決まったわけではない。
けれど、だからといって「いつか」を当然のものとして先送りする必要もない。
「……そういうことなら」
リデルは少し考えたあと、黄褐色の猫耳を僅かに立てた。
「仕方ないのう! そこまで言うのであれば、父上に顔くらい見せてやってもよい!」
「うん」
返事をした瞬間、リデルの尻尾がぴんと持ち上がった。
先ほどまでほとんど動いていなかった尻尾が、今では隠しきれないように左右へ揺れている。
(……めちゃくちゃ嬉しそうだな)
四堂悠太は思わず頬を緩めた。
「じゃあ、行こうか」
「うむ!」
今度の返事には、迷いがなかった。
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